トップランナー

ランナーに朗報!“足のつり”が予防できる世界初のスポーツウエア

近畿大学生物理工学部人間環境デザイン工学科准教授 谷本道哉

近年の健康志向の広がりからブームが続くランニング。その中で長距離を走るランナーに付きまとうのが足のつりや筋肉の痙攣(けいれん)の悩みだろう。それを解消する画期的なスポーツウエア「MAGURO GEAR(マグロギア)」が、2016年に発表された。開発に尽力し、その効果を世界で初めて実証した近畿大学の谷本道哉准教授に、誕生までの軌跡を聞いた。

実質的効果にこだわったコンプレッションウエア

近畿大学生物理工学部人間環境デザイン工学科の谷本道哉准教授。筋生理学やトレーニング科学を専門とし、筋活動レベルや酸素摂取量など運動における生理応答やスポーツ動作、日常動作分析などの研究を行ってきた筋肉のエキスパートだ。

谷本准教授が開発に携わり、昨年一般発売された「MAGURO GEAR」は、筋クランプ、いわゆる足のつりや筋肉の痙攣(けいれん)に対する予防効果を、世界で初めて実証したスポーツウェア。筋クランプを起こしやすいももの裏側の筋肉の部分(ハムストリング)とふくらはぎに限定して圧力をかける構造で、その部位を支えるように、しなやかな弾力と強靭(きょうじん)さを併せ持つ高分子化合物・TPU(熱可塑性ポリウレタン)という素材が張り付けられている。

近畿大学の谷本道哉准教授。「筋トレまるわかり大事典」(ベースボール・マガジン社)などトレーニングに関する著書多数

開発に関わるきっかけとなったのは、スポーツ用品メーカー・BODYMAKER(ボディメーカー)からの新製品開発の相談と、その効果を実証するための研究依頼だった。

「今までにない製品を作りたい」という同社の熱い想いに心を動かされ、ほぼ白紙の状態からの共同開発はスタートした。

「まず思い浮かんだのは、コンプレッションウエアでした。適度に体を圧迫することで、筋疲労の軽減や動作の快適性が経験的によく知られていたからです」

コンプレッションウエアとは、体の一部に圧力をかけることで筋肉の動きをサポートするとされる機能性ウェア。野球用のアンダーシャツとして取り入れられたことを機に爆発的に広まり、ここ十数年でさまざまなスポーツシーンで着用され、今やアスリートにとって欠かせないインナーウェアだ。谷本准教授自身も、空手や筋トレをする際に着用し、その効果は実感していたという。

しかし、長い間こうした現場での主観的な高評価がある一方で、実際に研究で効果を実証した例はほとんどないそう。

「例えば、ピッチャーが全力で球を投げた時の球速は毎回違いますよね。パフォーマンスを行うごとに結果にばらつきがあります。対して、もしウエアによるパフォーマンスアップの効果があったとしても、それで劇的に数字が変わるほどのもではありませんので、試技ごとのばらつきに埋もれてしまい、明確に効果を数値化するのは難しいんです。疲労感の評価に関しても主観的に楽になったという感想は取れますが、客観的に数値化するのは困難なんです」

この難題に打開策を見いだしたいという思いを抱いていた谷本准教授は、今回の共同開発がチャンスだと感じた。

着用時の変化を数値として明確にしやすい方法を模索し、そこで目を付けたのが筋クランプ予防だった。従来のコンプレッションウエアが持つ筋疲労の軽減から着想を得て、改良を加えれば十分実現可能であると考えたのだ。

BODYMAKERと近畿大学がコラボレーションして誕生した「MAGURO GEAR」¥10,584(税込)。BODYMAKERのHP(http://www.bodymaker.jp/)から購入可能

筋クランプ予防を検証した世界初の試み

MAGURO GEARがテーマに据えた筋クランプ。谷本准教授によると、明確なデータが観察しやすいという。

「筋肉は、運動をするとその収縮に伴い筋放電が発生します。その値は、筋電図上に振幅として明確に表示することができます。そして筋肉がつった状態になると、本人は脱力しているつもりでも強い筋放電が起こります。場合によっては全力の筋力発揮時の3~4割程度もの筋放電量になることもあるんです。しかも、筋クランプは実験でその状態に誘導する方法も確立されているんですよ」

つまり、新たなコンプレッションウエアを着用した状態と何も着用していない状態、また従来のコンプレッションウエアを着用した状態でそれぞれの筋放電量を比較すれば、筋クランプの予防効果が実証できるというわけである。

筋肉を動かし、測定器を用いて筋放電量を測定する

こうして筋クランプの予防効果に焦点が定まると同時に「MAGURO GEAR」の構造設計も決まり、BODYMAKERが谷本准教授のアドバイスを忠実に再現して、2015年5月に試作品が完成。そして、世界初の試みとなる筋クランプの予防効果を検証する実証実験が始まった。

「実験方法は、被験者をうつぶせに寝かせ、足を曲げた状態でハムストリングに負荷をかけます。そして何も着ていない状態とMAGUROGEAR着用時、さらに従来のコンプレッションウエア着用時で筋放電量を測定し比較します。しかし意外にも測定指標となる筋クランプの誘導に苦労しました。当初は、被験者の3~4割しかつらせることができず、次にあらかじめ筋肉を疲労させてから実験を試みましたが、それでもやっと半数が筋クランプを引き起こしただけでした。そのため、つりやすい人を厳選しなければならず、測定データの収集に思ったよりも時間がかかってしまいました」

思いがけない苦労がありながらも、結果、MAGURO GEAR着用時は、未着用時を比べて負荷をかけてから3~6秒と6~9秒後に、筋放電量が低値を示し、0~3秒では低値傾向を測定した。つまりハムストリングがつりにくくなったということである。

研究者の誠実な情報発信が未来をつくる

「MAGURO GEAR」は現在、一般販売され、カンボジア代表としてリオ五輪のマラソンに出場したタレントの猫ひろしさんや、障害者の伴走者やランニングコーチなどで活躍する松井一矢さんらが着用している。

また、ハムストリングやふくらはぎに加え、ランニングにより疲労がたまりやすいもう一つの部位、中臀筋(ちゅうでんきん、臀部の筋肉)をサポートする改良型の試作品を製作中だという。

谷本准教授は「MAGURO GEAR」の開発だけにとどまらず、今後もさまざまな企業やアスリートなどにアドバイスを続けていきたいと話す。

「悲しいことに一部のメディアでは、正しくない情報も発信されてしまっているのが現状です。特にダイエットや筋力トレーニングについては、伝言ゲームのようにあるところで解釈の誤謬(ごびゅう)が起こり、本気で痩せたい人や強くなりたい人に本当の情報が届かないといった弊害が起こっています」

情報発信を精力的に行う研究者の一人として、実験結果や正しい理論を誠実に発信し続けることが第一の責務であり、信念だという。

「われわれは情報を提供する上で、何があっても恣意(しい)的、作為的であってはいけないと思っています。実験で得られた結果をありのままに公表して、常に正しい情報を伝えるべきなんです。私はそれを率先して、積極的に情報発信し、より豊かな未来の社会を作るためのエネルギー源になれるよう努めていきたいです」

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

Twitterでフォローしよう

この記事をシェア

  • Facebook
  • Twitter
  • はてぶ!
  • LINE