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波と潮を観る新技術で海洋再エネの未来を築く

東京大学 生産技術研究所 海中観測実装工学研究センター 林 昌奎

地球温暖化や災害への備え、再生可能エネルギーの開発に役立つ、海の表面を観測する技術「リモートセンシング」。十数年来の研究が実を結び、一般社会に普及する日が迫っている。この研究を進める東京大学生産技術研究所・林研究室の林 昌奎(リム・チャンキュ)教授に話を聞いた。

離れた場所から海の状態が手に取るように分かる

波の高さや潮位、海上に吹く風向きなど、海の状態を知ることは漁業や海運関係者、マリンスポーツを楽しむ人たちにとって有効なだけでなく、沿岸で暮らす人々が津波や高潮などの災害から身を守るための手段にもなる。

「最近では、波力や潮汐(ちょうせき)力から再生可能エネルギーを得る方法が模索されており、海面観測を行う技術は、今後の安全やエネルギー対策にとって、重要なカギとなってくるはずです」

こう語るのは、海面を対象としたリモートセンシング技術を駆使して、波力、潮流発電の研究を行っている東京大学生産技術研究所の林 昌奎教授。

林研究室の主な研究テーマは“リモートセンシング”と“海洋再生可能エネルギー開発”の2つ。地球温暖化対策の目的に連なる技術でもある

リモートセンシングとは、離れた場所から対象を測定する技術で、人工衛星や航空機から地表面の測量、観察などを行う手段として使われていることが多い。

この技術を海面の観測に応用し、林研究所では独自に開発した「マイクロ波パルスドップラーレーダー」を用いた海洋波浪観測を行っている。

「例えば、救急車が近づいてくるときにはサイレンの音が高く、遠ざかる時には低く聞こえますよね。その原理と同様にドップラー効果を利用しています。海上に設置したプラットフォームなどから電磁波を照射して、海面に当たって後方散乱した電磁波をレーダーで計測、解析することで、波の高さや周期、向き、海面高さの変動(潮位・津波)などを捉えます」

リモートセンシングは沿岸などに固定するだけでなく、移動しながら運用することも可能。将来的には人工衛星や飛行機、船舶などに搭載することも考えられている

地表などとは異なり、海面の形状は絶え間なく変動する。観測機器の基礎となる技術は他の分野からある程度応用できたが、得られたデータを解析し、実際の波の大きさや動きを分析するアルゴリズム開発は未開拓の分野だった。

だからこそ、林教授はチャレンジする意義があると信じ、これまで研究を続けてきた。

リモートセンシングがもたらすメリットは、遠隔地から精密な観測ができることの他にもある。

海上を漂うブイにGPSを内蔵する方式などに比べて、海岸に近い浅瀬でも観測でき、さらに計測機器が海水に触れないため、メンテナンスに掛かるコストが安い。また、従来の潮位計に比べて耐久性が高く、津波などに強いことも挙げられる。

林研究室では、相模湾の沖合1kmにある海洋実験プラットフォーム「平塚沖総合実験タワー」のほか、岩手県釜石市、久慈市などに波浪観測レーダーを設置して実際に運用。

技術が確立した現在では、目視できる海域の海面に起きている現象のほぼ全てを把握できる精度にあるという。

林研究室が実海域実験を行っている平塚沖総合実験タワー。タワー上部に見えるアンテナが「マイクロ波パルスドップラーレーダー」

十数年前に開始されたマイクロ波パルスドップラーレーダーの開発。今では実用化のめどがつき、今後はいかにして社会に普及させるのかが課題となる。

現状では1機につき3000万円程度掛かってしまう導入費用を、コスト削減によって1000万円程度にまで抑えるのが目標だ。もし実現できれば、官公庁や海運業者など、興味を示すところは少なくないだろう。

海洋では一つの地点で観測したデータを比較的広い範囲で適用できるため、レーダーを数百個程度、海岸に沿って数十mおきに設置すれば日本沿岸をくまなくカバーでき、波や潮位などを観測できるはずだという。

レーダーでは波だけでなく、流氷や船舶など固形の物質も観測できる。画像は北海道紋別市・オホーツクタワーで観測された流氷

地球温暖化を食い止め、多くの人命を救う可能性を持った技術

では、海面の状態を細かく観測できるようになると、われわれの生活にはどのような恩恵があるのだろうか?

「海水面の変化をいち早く捉えることで津波や高潮の発生を察知し、避難指示を出すべきか否か、それを解除すべきタイミングはいつか?といったことをより正確に判断できるようになります。レーダーを沖合に設置すれば津波や高潮が到達するまでの時間を稼げるので、避難も余裕を持って行えるはずです」

林教授はこのように語り、続けてさらなる運用方法について言及してくれた。

「また、海だけでなく河川で運用する構想もあります。最近は『線状降水帯』と呼ばれる発達した帯状の雲により、記録的な大雨の被害が日本各地で起こっていますよね?でも、これが実現すれば、洪水に備えて水門を閉じるなどの対策をより迅速に行うことができるのです」

平塚沖総合実験タワーのマイクロ波パルスドップラーレーダーで観測した平塚沖の波観測データ(写真上)と、津波観測データ(写真下)の一例

また、海面観測を行うのは災害対策だけではない。地球温暖化による海水面の上昇などを捉えるのも目的の一つだという。

さらに、波を観測する技術は、地球温暖化を緩和する再生可能エネルギーの開発にも生かされている。

2014年に日本初、世界的にも珍しい潮流を利用した発電所の実海域試験をスタート。これまで培ってきた技術は効率的な設置場所の探索や発電機の開発、その制御、耐久性の検証など多岐にわたり携わっている。

また、2016年には、日本で初めての波力発電所が岩手県久慈市で稼働を始めたが、その開発プロジェクトで中心的な役割を担ったのが他ならぬ林研究室だった。

この応用は、地球温暖化対策という大きなテーマこそリモートセンシングと共通するが、研究対象としてはまったく新しい分野へのチャレンジといえる。

波力発電所は海上に設置した建屋から海面に波受け板を伸ばし、それを波の力で振り子のように前後させることで発電する仕組み。一方で、潮流発電所は海面に向けて垂直に設置したローターを海流で回し発電する、いずれもシンプルな構造だ。

岩手県久慈市にある日本初の波力発電所。防波堤近くに設置され、実際に陸上への配電を行っている

こちらも日本初となった宮城県塩竈市の潮流発電所。ローターを垂直に立てる方式を採用した理由は、潮流の方向に影響を受けにくいためだ

波力発電所の定格出力は43kW、潮流発電所は最大出力5kWと現段階では小規模だが、何より実際に運用を始めた功績は大きい。化石燃料や地下資源を消費しない、CO2も排出しない、新たな発電の一手段として期待されている。

海洋由来のエネルギーは、「周期が決まっているため発電量の予測がしやすい」「天候や時間帯による発電量のムラが少ない」「面積あたりの発電量が大きい」などの特徴がある。それ以外にも以下のような長所があると教授は力説する。

「波は放っておくと岸に当たって消えてしまいます。加えて、もともとのエネルギー量が膨大なので、そこから多少拝借したとしても環境への影響が少ないと考えられるのです」

海のエネルギーが役立つ時代は必ず来る

海洋再生可能エネルギー開発は、1970年代にごく一部で研究が開始されたものの、その他のさまざまなエネルギー開発が行われたことなどから、長年手つかずとなっていた分野。

自らがパイオニアとなって道を切り開くことで、海洋発電の可能性を社会に広めることも、新たな分野に挑戦した理由だった。

もちろん、波力発電にしても潮流発電にしても現段階では実証運転が始まったばかり。目下、最大の課題は、発電量あたりのコストが高いことだ。

「エネルギー開発は有望なものであっても、一つの分野に頼ってはいけません。今はコストの高いエネルギーでも、使わざるを得なくなる時代が必ず来ます。波力・潮流発電が太陽光や風力と同じ電力固定価格買取制度の対象になれば、いっそうニーズが高まることでしょう」

その意義について林教授は次のように語る。

「今の時点では実用化の可能性が低くても、環境が整ったらいつでも使えるよう、技術開発を進めておくことが大切だと考えています。将来は送電網が整備され、波の高いところで発電した電力を遠隔地まで送ることができるようになるかもしれません。波力や潮流を利用した発電方法は、将来におけるエネルギー需要の一翼を担えると確信しています」

現在進めている研究は、近い将来研究者の手を離れ、企業が引き継いでいくことになるだろうと林教授は見据えている。そうであれば林教授を研究に駆り立てるものは一体なんなのだろうか?

「自分の研究が将来広く利用され、人々の暮らしに役立つ。それがうれしいんです」と語る林教授

「現時点では採算が合わず、企業が取り組まない分野だからこそ、大学で研究する価値があるのです。電力の価値は今後ますます高まっていく。そうなれば発電全体の数%を担える可能性があるだけで、十分に研究する価値のあるエネルギー源といえます。

遠い将来まで見据えたビジョン。これが研究に対する私のモチベーションですね」。

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