トップランナー

若きAIビジネスマンが集う梁山泊を作りたい

電力効率化で世界一を目指す国家ITプロジェクト・ABCI/関口智嗣

AI(人工知能)分野に特化した“世界最速”のコンピューターを日本が作る――。2016年末に報道され話題を呼んだプロジェクトがある。国家間に大きな格差を生み出すとまで言われるAI分野において、国家プロジェクトとして世界と戦える環境を作ろうと奮闘し、「限られた予算で世界と戦うには、徹底的に機能と電力を効率化するしかない」と不敵に笑う男性。未来を創るトップランナーを取材する連載第1回は、このプロジェクトの指揮を執る、産業技術総合研究所の関口智嗣さんを訪ねた。

本格的なAI戦争の幕開け

1月5日からアメリカ・ラスベガスで開催された「CES2017」。「その年の家電のトレンドが全て分かる」と言われる世界最大の家電見本市で、主役を務めたのは「AI」だった。
 
特に2017年は世界の有名自動車メーカーがAI技術を取り入れた次世代モータリゼーションをこぞって発表しており、いよいよ高度なAIを利用したサービスの到来を予測させた。
 
AIの利用方法が国の経済成長率を左右し、国家間の格差すら生む――。AIエンジンとそれを動かすスーパーコンピューターなどの環境の整備。競争はすでに熾烈を極めているが、アメリカなどと比べ、日本は予算も人材も豊富とは言えない状況だ。そんな中、独特のアプローチで日本のAIビジネスを下支えしようと取り組む男がいる。
 
30年以上前からスーパーコンピューターの開発やグリッド・コンピューティングの研究・開発を手掛けてきた、関口智嗣さんだ。

わが国における、コンピューター研究および開発の第一人者

日本が戦うためのAIの“環境”作り

現在、関口さんが進めているのが『人工知能処理向け大規模・省電力クラウド基盤(AI Bridging Cloud Infrastructure:ABCI)』という整備事業だ。
 
「AIは、世界最先端の研究成果が、タイムラグなしにクラウドやソフトウェアを介して実用化・商用化されることに特徴があります。しかし、それを実践することができるディープ・ラーニングには、圧倒的な計算力とストレージ環境が必要です」
 
だが、その環境を自社で構築できる企業は世界でも限られる。乗り遅れないようにするためには、これを国の事業として世界トップレベルのインフラを作り、それを使いながら技術力を向上させていかなければならない。
 
「現在のAIをリードしているのは、残念ながら日本ではありません。世界の一部企業に、無限に広がるAIの可能性を独占されることなく、そうした環境を作って若いビジネスマンや研究者に利用してもらい、日本が世界に肩を並べられるよう、今回のプロジェクトはスタートしたんです」

ABCIの拠点の一つとなる、産業技術総合研究所臨海副都心センター

AIとスーパーコンピューター

そもそも、高度なAIを活用したサービスを生み出すためには、AIエンジンを動かすため膨大なデータを高速処理できるコンピューターが不可欠だ。
 
「それがいわゆる“スパコン”です。現在世界最高レベルのスーパーコンピューターの速度は125ペタフロップスほど。これは1秒間に 125,000,000,000,000,000回(12京回)の計算ができる処理能力を指します。ただ、当然運用コストも高いわけで、例えばこの性能を動かそうとすると15メガワットほどが必要となり、日本の平均的電気料金で計算すると年間30億円ほどかかるんです」
 
当然、コンピューターの規模も巨大になり、施設的な制約や投資も必要となってくる。

「これを、AIに特化したデザインにして3メガワットほどの消費電力で130ペタフロップス相当の速度を持たせようと考えています」
 
なぜこのようなことが可能なのか?
 
それは、今回の“環境作り”が従来のスーパーコンピューターとは異なる発想で行われているからだ。
 
「今回、僕らはスーパーコンピューターを作るのではなく、スーパーコンピューターで培われた技術を使ってAIに特化した新しい仕組みを作るんです」
 
従来のスーパーコンピューターは、『方程式ありき』の考え方だと関口さんは言う。
 
「これは、方程式を計算機に乗せ、可能性のあるデータをどんどん入れて可能な限りスピーディーに答えを導き出そうというものです。これだと可能性を徹底的につぶしていくわけで、膨大な計算量が必要になります。でも、世の中には『方程式は分かっていないけれど答えが出ている』というものはあるでしょう?」
 
それをコンピューターで対応できるようにしようというのが、いわゆるディープ・ラーニングだ。
 
「物事の入口(原因)データと出口(結果)データが分かっていれば、方程式に当たる部分は予想できます。ディープ・ラーニングとは、その入口と出口をコンピューターにたくさん学習させて、方程式にあたる中身の部分に対する仮説が立てられるようにすること。これができると、別のデータを入口から入力したときに、答えにあたる出口が想定できるようになる。簡単に言ってしまうと、そのロジックが今のAIです。今回僕たちはこれに特化した環境を作ろうとしているわけで、通常のスーパーコンピューターと比べると大幅に効率化しつつ、世界と戦うための環境が作れると考えています」

使う人がいかにストレスなく使いこなせるようになるか…グリッド・コンピューティングでもクラウドでも目指すところは同じだ

「グリーンIT」による省エネ化

これらを可能にしているのが、関口さんのこれまでの研究だ。
 
一つはグリッド・コンピューティング。
 
「2000年代の初頭に手掛けていました。コンピューターを必要な時に必要なだけ使うためのシステムです。現在では同じ思想でクラウドとして商用化されていますよね。このことも、今回のプロジェクトの仕組みを考える上で役立っていますね」
 
もう一つが、2006年ごろからアメリカで言われはじめた「グリーンIT」。
 
「グリッド・コンピューティングの後は、IT機器の高密度化によって増加し続ける消費電力や排熱の量の対策プロジェクトを推進していました。当時のコンピューターは、作動していないときでも電気を使っていました。つまり、何もしないコンピューターが100台あれば、それだけ電気を食うわけです」
 
そこで生まれたのが、「100台のコンピューターを満遍なく作動させるのではなく、必要な50台に作業を寄せて、残りの50台は止めてしまう」という発想だ。
 
「その結果、50台がフルパワーで稼働することになっても、トータルの消費エネルギーは少なくて済みました。冷却の方法、電力の供給方式なども工夫するのがIT機器の省エネ化であり、グリーンITの基本的な考え方です。今回のプロジェクトには高効率なコンピューターが不可欠。AIに特化することで使わない機能を削ぎ落とすことなど省エネとハイ・パフォーマンスの両立にこのノウハウが生かされています」

関口氏が説く、「アルゴリズム」「ビッグデータ」「コンピューターインフラ」の概念図。「プロジェクト名のABCIには、名称本来の意味のほかに、もう一つの意味が込められています。Aはアルゴリズム、Bはビッグデータ、そしてCIはコンピューターインフラ。この3つがパッケージにならないと、AIはできないんですよ」

ABCIは何を生み出そうとしているのか?

「もちろん、これだけで全てが解決すると思っているわけではありません。ただ、世界のレベルに追い付くための突破口にはなると思う」
 
そのために必要な要素とは何かといえば、それは「人のエネルギーだ」と関口さんは強く説く。
 
だからABCIはAI専用クラウドとして、広くAI研究者やAIビジネスマンに門戸を開く。必要なときに、必要なだけの計算パワーを提供したい。
 
「現在のITをリードするのは一部の海外企業。多くの人はその手のひらの上で仕事をしている感覚があると思います。でも、中にはそこから飛び出したい人もいるはず。問題は、飛び出した先の受け皿がないことなんです」
 
だからこそABCIが必要だ。関口さんは力説する。
 
「僕は、ここを日本のAI研究者やAIビジネスマンのたまり場にしたい。僕は環境を用意する人間だから、その先にどんな未来が待っているかは、あまり先のことは言えません。でも、ここから世界と戦う有望な人材が生まれ、イノベーションのうねりが起こり、そしてまだ現在では予想もつかないような未来を創り出していってくれると信じています。そんな“AIの梁山泊”にしたいですね」
 
さまざまな知恵が集まり、新しいものを生み出し、それがたまっていくことで、次の時代を、未来を切り開いていく。
 
「そのときのキーワードとなるのは、量ではなく質。スーパーコンピューターが“全ての問いかけ”に対応しようとしたのに対し、ABCIはAIに特化したコンピューター。ぎりぎりまで無駄をそぎ落としたその質において世界一を目指している。その思想に基づいていくからこそ、効果的なものが生み出せると思うんです」
 
つまり『量のAIから質のAIへ』すでに最先端のAIは次のステージに入っているということだ。
 
「そこで大切なのがエネルギーです。計算にかけるエネルギーが、未来を切り開いていくためには必要なんですよ。その大切なエネルギーを徹底的に効率化し、最高のパフォーマンスが引き出せる環境を作ることが、日本のAIの未来につながっていくはずです」
 
アメリカ、ヨーロッパ、そしてアジア・中国。世界のITをリードする人たちとの交流も頻繁に行っている関口さん。肌感覚で危機感を感じているからこそ、「海外と日本の間に懸け橋をつくりたい」という思いが強いという。その思いは、はたしてどのような果実を育てるのだろうか? 結果を最も楽しみにしているのは、関口さん自身かもしれない。

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