特集

脳科学最前線~脳の解明とともに進化する人工知能~

人工知能研究の現状、未来を語る

脳のメカニズムを解明しようとする研究が進む一方で、その機能をコンピューターで再現しようという人工知能(AI)の開発も進んでいる。脳エネルギー特集の最終回は、知的情報処理システム、人工知能の研究に従事する産業技術総合研究所(産総研)内の人工知能研究センターにおいて副研究センター長を務める麻生英樹氏を訪ね、「人間の脳と人工知能」について聞いた。

インターネットの進化と普及で日進月歩の人工知能

国立研究開発法人の一つにして公的研究機関の産業技術総合研究所(産総研)内に、人工知能研究センターというセクションが設けられたのは今から約2年前。

ここでは人工知能(artificial intelligenceの頭文字からAIとも言われる)の研究を行っている各機関と連携し、先進的な研究開発が推し進められている。つまり、人工知能の現状と未来について、最もリアルな回答が得られるということだ。

そこで、副研究センター長の麻生英樹氏を訪ねた。

東京・青海にある、産総研 臨海副都心センター本館。別館もあり、本館は日本科学未来館に隣接している

「そもそも“脳”って不思議ですよね。世の中には、例えば“宇宙の果てってどこ?”というような、いまだ解明しきれていない不思議がいくつもありますが、脳も同じ。“不思議な存在”であることが最も興味深いんです」

麻生氏が脳の情報処理に興味を持ったのは大学在学中のこと。情報幾何学の創始者といわれ、この分野では高名な理化学研究所脳科学総合研究センターの特別顧問・甘利俊一博士の講演を聞いたことがきっかけだった。

その後、ニューラルネットワークによる情報処理(脳の構造や仕組みにヒントを得た並列・分散・学習的な情報処理)の研究に携わり、さらに、人工知能へと研究対象を発展させていった。

今では、日本を代表するスペシャリストの一人である。

麻生氏の研究室、人工知能研究センターがあるのは産総研臨海副都心センター別館。こことつくば市にある研究所が人工知能研究センターの拠点となっている

人工知能──今でこそよく耳にする言葉だが、その研究は古く、実は1950年代から行われている。

「コンピューターが生まれた50年代には、機械に人間のような賢いことができるのか、という研究が始まっていました。そして、それを進めることは人間の脳の機能を解明することにもつながるだろうということだったんです」

1950年代から始まった研究は、もちろんトライ&エラーの連続。脳全体を理解しようとして挫折し、脳の機能を細分化(エキスパートシステムなどと呼ぶ)し、それぞれを人工的に再現しようとして、成功したと思っては失望することを繰り返してきた。

そんな中、研究を一気に加速させるきっかけとなったのが、2000年代に入ってからの急速なインターネットの進化と普及だ。

人間が賢いふるまいをする、その源は“知識”である。そして専門的な知識の根底には、誰でも持っている当たり前の情報(経験や学習によって得たもの)が膨大にある。

人工知能を人間の脳に近づけるためには、そうした知識をすべてコンピュータにインプットしなければならない。その作業が、インターネットの進化と普及によって促進された。

例えば、インターネット上の情報を検索したり、SNSなどすら活用したりすることで莫大な情報が集められるようになった。そして、その情報から、コンピュータが自ら知識を学習するための技術(機械学習)の進化が、人工知能の発展に大きく寄与することになったのだ。

特に、大量のデータを使って、深い階層的な構造を持つニューラルネットワークを学習させる「ディープラーニング(深層学習)」の技術は、画像の識別や音声認識、さらには、テキストの翻訳やゲームなどにも応用されて大きなブレークスルーを引き起こした。

人工知能によってわれわれの生活が激変

人工知能は、すでにわれわれの身近にあり、その恩恵を被っている。

「まずはインターネットのサービスですね。いろいろな面で以前と比べると使いやすくなっているとは思いませんか?

例えば、ある情報を検索しようとした場合、細かな条件を入力しなくても想定したものと近いものが出てくるとか。それも人工知能の機能を使い、進化した事例の一つです。

また、顔認識の性能の向上など、画像も以前より正確に分類されるようになってきています。言葉に関しては、SNSの中などからいろんなキーワードを抜き出してきて、世の中のトレンドを把握することもできるようになっていますね」

同じくインターネットの分野で今、飛躍的に性能が向上しているのが翻訳サイトだ。英語はもちろん、さまざまな言語の翻訳機能の精度が年々向上していることにお気付きの人も多いだろう。

また、将棋や囲碁、チェスといったゲームでは、すでに人工知能が人間に勝ったというニュースを耳にしたこともあるはずだ。

そんなところから人工知能がわれわれの生活を変える可能性を感じている人も多いと思う。その思いは、麻生氏の話を聞けば聞くほど現実味を帯びてくる。

「クルマの自動運転は実現できる形になってきています。実用化されればクルマの使い方に革命が起きるでしょうね。また、ドローンの自動操縦もかなり現実的なところまできています。

人工知能は現時点では主にインターネットで応用されていますが、今後はもっと実世界の中のリアルなデータを生かして、生産システムや流通システムなどの効率を上げたり、健康医療に関しても活用ができるようになったりすると思いますよ」

健康医療の分野はそもそも膨大なデータがあるにもかかわらず、これまで十分に活用されていなかったという。それが人工知能を使うことで、病気の予防や治療方法の選択など、患者に対するケアの精度が上がっていくと予想される。

麻生氏が開発に携わった人工知能を搭載するロボット。人間との対話を通じた学習経験を積ませることで、自分のいるオフィスについての事情通になることを目指した

麻生氏が開発に関わったロボットは画像のような機能を持つ

やはり脳は“永遠に不思議”な存在

人工知能の進化が、われわれの生活にもたらすメリットは計り知れない。

しかしその一方で、“いずれ人工知能に取って代わられて、人間のやることがなくなってしまうのでは”と危惧する面もある。

そうなれば、それこそわれわれの生活は根底から変わってしまう。延いてはどこかのSF映画のように、人間が人工知能に支配されてしまうという懸念も──。

「いやいや、そんなことにはなりませんよ(笑)。人工知能はあくまで道具。人間の生産性をより高め、生活をより良くしようというスタンスに変わりはありません」

その心配は杞憂(きゆう)に終わるということか。

「私個人の思いとしては、今、世界的にさまざまな資源が不足している状況なので、その問題に対処する過程で人工知能が果たす役割は大きいと思っています。

例えば、世界で起きている紛争を終結させる手助けを人工知能がするとかね。より良い社会を作っていくための人工知能であること。それが理想ですね」

そう語る麻生氏だが、研究者にとっての研究対象は何かに活用するだけのものではない。

「人工知能の研究には二つの目的があると思います。一つは、これまで話してきたように、われわれの社会をより良くするための機能性の追求。そしてもう一つは、脳そのものを解明するためのモデルであるということです」

冒頭でも触れたように、人間の脳のメカニズムの多くは解明されていない。それが分かれば人工知能も完成となるのだろうが、“宇宙の果て”と同様に“到達点は果てしない場所”にある。

「脳についてどこまで理解できているのかと聞かれても、私でも答えられません。目から入った情報を理解する仕組みなど、かなり分かってきている部分もありますが、分かっていないものの方が多いですからね。それに、今、分かっていると考えられている部分についても、実は全然違う仕組みだったということもあると思います。

しかし、“脳とエネルギー”ということで、一つ面白い話をしましょう。人間の脳は、すごく効率良くエネルギーを使っていることは分かっています。

例えば、囲碁をするといった知的な情報処理をコンピューターと人間の脳が行った場合、圧倒的に省エネルギーなのは人間の脳なんですよ。そのことからも、脳がいかに優れた器官であるか、お分かりになりますよね」

“解明できていない部分が多くて謎だらけ”と言いながらも、脳について語る麻生氏はなんだかとてもうれしそうだ。恐らくそれが“研究者の研究者たるゆえん”というものなのだろう。

「人工知能はあくまで人間をサポートするもの。脳よりも進化することはありえません」と語る麻生氏

前述のとおり、人工知能によるクルマの自動運転など、その進化ぶりをニュースで見て、肌で感じている人も多いのではないだろうか。事故を起こすことなく、渋滞を避け、目的地までスムーズに人を運んでくれる──そんな自動運転システムを搭載したクルマを、日本のメーカーは2020年の実用化を目指し、開発を進めているという。

脳と同様に、今はまだ目に見えない部分が多い人工知能。しかし、劇的な変化はすぐそこまで迫ってきている。

EMIRAが今回特集した脳の働きや使い方などのメカニズムを理解することで、その変化を“脳でより感じる”ことができるはずだ。

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