特集

“瞬間を切り取る”ことの限界を突破するレーザー

超高速の電子の動きをも捉える『アト秒レーザー』

これまで分子の回転や振動という超高速の動きを捉えてきたレーザーは、ついに『アト秒』(100京分の1秒)単位での瞬間を捉え、電子の動きまでも解明しようとしている。刹那と呼ぶにも短か過ぎるその領域へどうたどり着いたのか?これによって何が分かるのか?理化学研究所の光量子工学研究領域長を務める緑川克美博士を直撃した。

極めて短い一瞬の光で物理現象を見る!

極限まで瞬間的な動きを捉える──そんな研究分野がある。

例えば、サッカーの得点シーンでは、スローモーション再生あるいは瞬間を止めて見ることによって、ボールにどんな回転がかかったのかまで確認することができる。

基礎科学の分野では、サッカーボールよりはるかに速いスピードで動いている物理現象を見るため、極めて短い一瞬だけ光る「パルスレーザー」光源で計測が行われる。

「科学の世界では小さいものをいかに見るかということも重要ですが、われわれは速いものをいかに見るかという研究をしています。パルスレーザーを使うことで、極端に短い時間を切り取って見ることが可能になります」

レーザーがなかった時代、せいぜいマイクロ秒(100万分の1秒)程度の動きを捉えるのが限界だった。

しかし1960(昭和35)年にレーザーが発明されると、ナノ秒(10億分の1秒)の世界が見えてきた。その技術が発達するにつれ、ピコ秒(1兆分の1秒)、さらにはフェムト秒(1000兆分の1秒)までに精度が上がっていく。

ピコ秒の世界が見えた1980年代には、分子の回転している様子を捉えることができた。さらにフェムト秒では分子の振動する様子まで分かった。わずか40年足らずで驚異的な進歩だ。

「次はいよいよ、電子を見たいということになります。化学反応やエレクトロニクスにおいては、電子がいろんな働きを担いますから。ただ、電子は非常に軽く動きが速い。それはアト秒(100京分の1秒)でなければ見ることができません」

だが、アト秒の領域に到達するには、大きな壁が立ちはだかった。

「光は1回の振動、つまり1波長がないと定義できません。可視光では1回の振動が約2フェムト秒という値。可視光レーザーの限界がフェムト秒の世界なのです。これより周期の短いアト秒単位で振動するレーザーを作るには、少し時間がかかりました」

パルスレーザーは、1960年代のレーザーの発見から80年代の中盤まで急速に高速化し、一挙にフェムト秒まで達するが、そこから2000年代まで足踏みが続いた。『アト秒パルスレーザー』は今まさに、研究が進んでいる最中だ

画像提供:理化学研究所

高出力の『アト秒パルスレーザー』を自身で開発

『アト秒パルスレーザー』を得るために必要な短い波長のレーザーを作る方法は、フランスとアメリカの研究者によって偶然見つけられた。

それは、フェムト秒レーザーを原子や分子に当てると出てくる電子が、振動により戻ってきて元の原子と衝突するとき、非常に短い波長のパルスが出るという発見だった。この短波長のパルスを使うと、これまで難しかったアト秒が出せるのではないか。

「しかし『アト秒パルスレーザー』を作れると言っても、それを測れないと作ったことになりません。その計測方法が問題でした」

世界の研究者が『アト秒パルスレーザー』を測る方法を研究した。その方法として主流だったのは「ストリーク」という手法。

簡単に説明すると、光を電子に変換して電場(電荷を置いた際に静電気力を発生させる空間)をスキャンするというものだ。ところがこの方法は、光と電子の相互作用などを説明しなければならず、結果が分かりにくかった。

緑川博士は「自己相関法(オートコリレーション)」という方法にこだわった。

1つのパルスレーザーをビームスプリッタで半分に分け、それぞれのレーザーをミラーで反射させる際に、一方のミラーの位置を少しずつずらして走行距離を変えながら、再び一点に重ね合わせたときに生じる信号を計測するというもの。

この方式は得られる結果が分かりやすい一方、信号を得るためには非常に強い『アト秒パルスレーザー』が必要と、技術的なハードルが高かった。

「そのハードルをクリアするために見つけ出した方法は、フェムト秒レーザーを最初に集光する“ガスジェット”を延ばすこと。通常は1mm程度の長さだったものを、一気に10cmまで長くしました。その中でゆっくり集光するような光学経路を作ることで、強いレーザーが出るという仕組みです。これにより、一気に100~1000倍まで『アト秒パルスレーザー』を強くすることに成功したのです」

緑川博士らは、この強い『アト秒パルスレーザー』を出すための方法を2002年に発表。今やスタンダードとして世界中で使われている。

実験棟に設置されている、強い『アト秒パルスレーザー』を発生させる決め手となった“ガスセル”(手前の筒状の金属)。奥に設置されている装置で個体結晶により発振されたフェムト秒パルスレーザーが増幅されてこのガスジェットに送られ、この中でアト秒パルスレーザーを生み出す

自転車をこぎながら思い付いた画期的な測定器

この自己相関法にはもう一つ問題があった。

使用するビームスプリッタやミラーは、従来のものでは反射率などの性能がアト秒のレーザーを測るのに要求されるレベルでない。

また、『アト秒パルスレーザー』を発生させる際に一緒に出てくるフェムト秒パルスレーザーを吸収するためのフィルターも、高出力化したレーザーによりすぐに破れてしまい、うまくいかなかった。

「どうすればこの測定器を作れるか、最初は困り果てました。ずっと考え続けていたのですが、あるときにふと思い付いたシンプルな方法が全部解決してくれました。それは、僕は自転車が趣味なのですが、サイクリングをしていたときに思い付いたんです」

緑川博士らは、ビームスプリッタの素材と構造を工夫することで、フィルターも兼ねて反射を1回にできるという装置を一から設計した。

素材はシリコンやシリコンカーバイド。この直方体の基板を上下に2つ、少しだけずらして重ねレーザーを入射する。この素材であれば、フェムト秒の波長のレーザーは吸収してアト秒のレーザーは効率よく反射させることができる。さらにビームスプリッタのずれを調整することで光の走行距離のずれを生み出し、それを湾曲したミラーで再び一点に集光すれば反射は1回ですむ。

2005年に発表されたこの「アトコリレーター」は、高精度の測定器として世界の注目を集めた。

緑川博士らが開発したアト秒パルスレーザー測定器「アトコリレーター」の概念図

画像提供:理化学研究所

アト秒の世界で新たに見えるもの

パルスレーザーを用いて電子の動きまでを見ることによって、新たに分かることがある。

例えば、光化学反応では従来、電子の動きは瞬間的とされてきた。しかし、その過程において電子がどんな時間や軌道で動いていくのか、電子同士がどう相互作用しているのかということが分かれば、化学反応の見方も違ってくる。

さまざまな現象を電子の動きで解明することは、もちろんエレクトロニクスなどの産業利用にも有用だ。コンピューターのCPUやメモリの速度もさらに3桁上がるのではと期待されている。

体に害があるとされる放射線も、今はその結果だけが注目されている。

しかし、放射線が当たった瞬間から電子の動きを観測することにより、どんな作用があるのか、細胞にどう影響するのかを詳しく解明できる。放射線を利用した医療機器なども、大きな発達を遂げるのではないだろうか。

緑川博士はさらに、エネルギー分野への貢献も指摘する。

「化学反応や光合成というのは、エネルギーをできるだけ消費しないように行うことが大切です。エレクトロニクスの分野においては、光を当てると絶縁体が導電体になったり、導電体が絶縁体になったりという現象があります。『アト秒パルスレーザー』でそのメカニズムを解明すれば、材料探しなどの糸口になるでしょう。これらによって、大きなエネルギーをロスなく生み出したり伝えたりすることができるのでは」

小さな小さな世界で起こっている、極めて短い瞬間。それを解明することは、未来において非常に大きなパラダイムシフトを起こすポテンシャルを秘めている。その瞬間に文字通り光を当てるレーザーによって、未来の道筋が照らし出されようとしている。

現在、第2世代『アト秒パルスレーザー』の開発が進行中。波長の異なる3つのレーザーを混ぜる装置で、「光のシンセサイザー」と呼ばれている。現在実現している10nm(ナノメートル)の測定から、2~5nmの測定を目指しており、実現すれば生きた細胞中のたんぱく質などの観察が可能になるという

画像提供:理化学研究所

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