特集

平均寿命100歳時代の到来に必要な肉体鍛錬

健康寿命延伸のための「筋肉」研究はどんな未来をもたらすのか?

近年、筋力トレーニングに注目が集まっている。社会問題となっている超高齢化に向けて、健康と寿命を気遣う向きは確実に増加しているのだろう。その中で、筋肉に関する研究もまた、着実に歩みを進めている。本特集第1回では、今なぜ「筋肉」に注目が集まるのか、その研究内容とともに見ていきたい。

人生の3分の1は高齢者

「人間五十年」——これは織田信長が桶狭間の戦いに際して謡った「敦盛」の一句として知られている。それから457年後の現在、日本人の平均寿命は男性がおよそ80歳、女性がおよそ87歳となり、日本は世界有数の長寿国となった。

そして、2016年10月に発売された『LIFE SHIFT——100年時代の人生戦略』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著/東洋経済新報社)は、人の平均寿命が100歳を超えるという“センテナリアン時代”が到来すると指摘し、世界に衝撃を与えた。

「これからの寿命100年時代に、どんな変化が起こり、どんな人生戦略を取るべきか」について書かれた同書は、人生の3分の1以上を占める高齢者としての時間を、従来の穏やかに余生を楽しむ老後から、目的を持って新たなステージとして楽しむ老後になると予測している。

この新たなステージに立つ上で重要になってくるのが、「健康寿命」の問題だ。そして、そのためのエネルギーを維持するために欠かせないものこそ、ズバリ「筋肉」なのである。

主な年齢の平均余命

厚生労働省 平成27年簡易生命表の概況 より

“ロコモ”予防が老後の肉体を変える!

そもそも健康寿命とは、健康上の問題がない状態で日常生活を送ることができる期間のことで、公益社団法人日本整形外科学会によれば、「平均寿命と健康寿命の間には男性で9年、女性で13年の差がある」という。

つまり、平均寿命が80歳の日本人男性が健康に生活を送れるのは71歳まで。60歳で定年退職したとすれば、第2の人生を楽しく有意義に過ごせる時間は、たったの11年しかないという計算になる。

では、健康寿命を延ばすためには、どのようにすればよいのか。その答えは、健康寿命を引き下げている原因から導き出すことができる。

日本整形外科学会によれば、健康寿命を引き下げている最大の要因は自立度の低下や寝たきり、つまり要支援・要介護状態になることで、その原因のトップは「運動器の障害(25%)」であるという。これに「高齢による衰弱(13%)」を加えれば、実に原因の約4割が運動器に起因するそう。

運動器とは、呼吸器や循環器、消化器と並んで人体を構成する器官で、骨と関節、筋肉や神経で構成される。自動車に例えればボディーとタイヤのような存在。当然だが、運動器のパーツのどれかに不具合が生じれば、体はうまく動かなくなってしまうのだ。

要支援・要介護になった原因

参照:日本整形外科学会公認ロコモティブシンドローム予防啓発公式サイト「ロコモチャレンジ!」

このため日本整形外科学会は、運動器の障害のために「立つ」「歩く」といった移動機能が低下した状態を「ロコモティブシンドローム(運動器症候群、略称:ロコモ)」と名付け、ロコモを予防して健康寿命を延ばしていくことを提唱している。運動器の中でも、体重比で成人男性の42%、同女性の36%を占める筋肉は、ロコモ予防の柱だといえる。


ロコモ度テスト(日本整形外科学会公認ロコモティブシンドローム予防啓発公式サイト「ロコモチャレンジ!」より)

キーワードは「骨格筋」

「立つ」「歩く」といった機能が低下するロコモについて厚生労働省は、2012(平成24)年から「ロコモを認知している国民の割合」を調査している。当初、17.3%(平成24年度)でしかなかった認知度は、現在では47.3%(平成28年度)にまで向上しており、ロコモの認識が高まっているのは確か。

しかし、ロコモ予防のために最も重要な筋肉の維持方法、いわゆる筋力トレーニングについて正確な知識を持っている層は、この数値を大幅に下回ると思われる。なぜなら、筋肉は人体の中で最も誤解されている器官といえるからだ。

筋力とは、筋肉が収縮することによって発生する力のことで、力の大きさは収縮する筋肉の断面積に比例する。言い換えれば、筋力は筋肉の大きさに比例するといえるのだ。

そして、この筋肉は骨格に付随して体を構成し、姿勢を制御する骨格筋と、内臓器を作っている内臓筋に区分される。このうち骨格筋は心筋や内臓筋と異なって意識的に動かすことができるという点で、随意筋ともいわれる。

つまり、がっちり型や痩せ型など、体型から顔の表情に至るまでの外見や、われわれが行うあらゆる動きは、骨格筋が作り出していると言っても過言ではない。このため、健康寿命を延伸させるためには、骨格筋を維持・向上させること(=筋力トレーニングの実践)が必要になる。

東京大学大学院新領域創成科学研究科で筋生理学と身体運動科学を研究し、自身もボディービルダーである石井直方教授は、著書『石井直方の筋肉まるわかり大事典』(ベースボール・マガジン社)の中で、「筋肉全体は第二の心臓」と言っている。筋肉は収縮することで、心臓と同じように全身に血液を流しているためだ。また、筋肉は体の最大の熱源でもあり、筋肉が熱を出しているからこそ体温が保たれているとも述べている。

しかし、筋肉は使わなければ1日0.5%ずつ減少し、1カ月寝たきりになると3割以上が減少するという。そのため、意識しなければ減少する一方である筋肉を効率的に向上させるトレーニングとして知られているのが、ウェイトトレーニングなのだ。

今ではウェイトトレーニングを行うことはアスリートの常識となっているが、ひと昔前までは「筋肉を硬くする」「動きが遅くなる」という非科学的な理由で導入を拒むトレーナーが多くを占めていたのはスポーツ界では有名な話だ。

このような歴史的背景やトレーニングに専門的な器具や知識が必要なことから、日本では日常的なトレーニングとして取り入れている人は人口の1%にも満たないといわれる。

とはいえ、石井教授が「筋トレは科学」と表現しているように、筋肉に対する研究も日進月歩。同教授が提唱する、ゆっくりとした動作で筋肉に負荷をかけることで、基礎代謝率を高め、体脂肪を効果的に燃焼させるスロートレーニング(スロトレ)など、健康寿命の延伸のためにわれわれにもできることがある。

出典:図書館で体を動かそう!石井直方先生が教える疲れにくく元気な体を作るスロトレエクササイズ

東大TV

疲れない体をつくる未来のサプリメント

社会の高齢化は、先進国共通の悩み。そこで対策の大きな柱となっているのが、これまで説明してきたロコモ予防だ。「ここ15年くらいの間に筋肉というのは人の健康にとって非常に重要なものであるという見方が定着してきた」(東大TVより)と石井教授も話すように、近年では筋肉についての研究が加速度的に深まり、新たな事実が次々と明らかになっているという。

例えば、九州大学大学院農学研究院の辰巳隆一准教授らの研究グループは2017年5月、疲労しにくい筋肉(抗疲労性筋線維)がどのように形成されるのか、その仕組みを発見したことを発表している。

「これまでにも、茶抽出物(カテキン)および多量のビタミンB3などを摂取すると筋持久力(あるいは全身持久力)が向上することが報告されていますが、それらは抗疲労性筋線維の形成を誘導するものではありませんでした。そうした中、私たちの研究グループは、ある果物の果皮に含まれるポリフェノール(種々のポリフェノールの混合物)を摂取すると筋肉の疲労耐性が向上するということを観察しました。そのポリフェノール中には抗疲労性筋線維の形成を誘導する成分があることを示す実験結果を得ることができたのです」(辰巳准教授)

辰巳准教授らは、年内にこの実験データを精査し、論文を発表する予定だという。これが形になれば、その食品成分(サプリメント)を摂取することで疲労しにくい筋肉を増やすことができると期待されている。

「サプリメントで摂取するという食品機能学的方法が確立できれば、今後は加齢や寝たきりなどの“不活動”に伴う筋持久力低下の抑制方法への適用も期待されます。現在は、適度な運動や分岐鎖アミノ酸(BCAA)の摂取が推奨されていますが、私たちの研究が実用化されれば、作用機構に裏付けられた初めての本格的な栄養機能学的方策となることでしょう。また、脂肪酸をエネルギー源とする抗疲労性筋線維の増加は脂肪の燃焼も促進するので、肥満や糖尿病などの成人病の予防にもつながり、高齢化社会における健康寿命の延伸にも貢献できます」(同)

摂取するだけで疲れにくい筋肉が増やせるだけでなく、成人病も防げるとは…まさに“未来のサプリメント”だろう。

さらに、2013年7月には、東京大学医学部附属病院 22世紀医療センター抗加齢医学講座の井上聡特任教授、埼玉医科大学ゲノム医学研究センターの池田和博講師らの研究によって、筋肉運動の持続力を高めることが期待されるCOX7RPというタンパク質も発見。このタンパク質は体温維持にも重要で、内分泌や代謝の異常による病気の治療につながるのではないかと期待されている。

肉体の運動や熱をつかさどり、健康維持の支柱となる器官、筋肉。これらの研究が躍進し、広く一般に浸透すれば、人間の寿命との付き合い方は大きく方向転換することだろう。

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