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長寿時代の筋肉100%活用術

幼児期に運動することが老後の幸福度を決めるワケ

エネルギー効率の悪い人間が長生きするために必要なこと

長寿が一般的になるこれからの時代に向けて、“健康寿命”を延ばすための「筋肉」研究が進んでいる。特集第2回は、筋肉と運動エネルギーの関係について早稲田大学スポーツ科学学術院の川上泰雄教授に話を聞きながら、いかに効率的に筋肉を維持・向上させていくべきかを見ていく。

食べたもののほとんどは無駄になる

「身体運動は、力学的エネルギーの変換現象。人体はこの過程でのエネルギー効率が非常に悪いんです」

体形や顔の表情といった外見や、われわれが行うあらゆる動作は骨格筋が作り出していることについては特集第1回で述べた通りだが、川上教授が指摘する人体におけるエネルギー効率の悪さは、われわれにどのような影響をもたらしているのだろうか。

「筋肉の話をする前に、人の“運動”がどのように行われるのかについて説明しましょう。人は食物を摂取して“エネルギー通貨”といわれる化合物・ATP(アデノシン三リン酸)を作り出します。そして筋肉はATPをエネルギー源として収縮し、人体を運動させます。つまり、人体では、食物をATPにする『生理学的エネルギー』への変換と、ATPを運動にする『力学的エネルギー』への変換が行われているのです。

しかし、力学的エネルギーへの変換では、『運動動作に必要なエネルギー』と『運動以外の動作に必要なエネルギー』、『無駄なエネルギー』の3つに変換されます。つまり、生物学的エネルギーの全てが運動に使われているわけではないのです。

具体的な例を挙げれば、体重60kgの人が階段を使って5分間で50mの高さまで上がったときの位置エネルギーは2万9400J(ジュール)で、消費した運動エネルギーは12万6000Jとなります。ここから、階段上りのエネルギー効率は23%でしかなく、残りの77%は熱として放出されていることが分かるんです。平地歩行の場合はもっと効率が高くなります」

運動エネルギーの変換効率の計算式

特集第1回で示したが、筋肉は「第2の心臓」であると同時に、体温を維持するための熱源。そのことから、単純にエネルギー効率だけで割り切れない側面がある。だが、人間が発明した発電所のエネルギー効率が、水力は80%、火力(LNG複合)は55%と高効率であることと比較すれば、効率の悪さは否めない。

一方で川上教授は、人だからこそ行える、筋肉のエネルギー効率の悪さを補う方法があるという。

「運動で重要なのは筋肉だけではありません。例えば、ボールを蹴るときのエネルギー効率は、うまい人で3%、下手な人で1%ほど。大部分のエネルギーを無駄にしているように見えますが、効率の個人差は3倍もあります。しかし、この差を埋めるために筋力トレーニングをしても、筋量を3倍に増やすことは不可能です。この差を埋めるには、脳が筋肉に動作させる神経系を発達させる、つまり、キックの方法といった技術的なトレーニングを行う必要があります。

俗に運動神経が良いとされる人やスポーツ選手は、少ない筋肉で大きな効率を生み出す動作を身に付けた、神経系が発達した人です。そして、神経系が劇的に発達するのは“三つ子の魂百まで”ではありませんが、幼児期から未就学児期までの間なんですよ。この期間にどれだけ運動してきたかが、高齢に至るまでの長年の身体活動量の違いにつながっていくんです」

早稲田大学スポーツ科学学術院の川上泰雄教授。運動機能の加齢変化についても研究し、現在高齢者の筋力アップのためのプログラムを開発している

早く歩ければ長生きできる!

文部科学省は、1985年ごろから子供の体力・運動能力の低下傾向が続くとともに、肥満などの生活習慣病の増加が深刻な社会問題になったことを背景として、2002年に「子どもの体力向上のための総合的な方策について」 を中央教育審議会において答申した。また最近では、運動やスポーツが嫌いな中学生が微増傾向にあることを踏まえて、スポーツ庁が5年かけてその数値を半減させるという目標を打ち出している。

まさに川上教授の「幼児期から未就学児期までに神経系が発達し、その後の身体運動量の違いにもつながる」という指摘通り、幼少期に運動しない、よって運動ができなくて運動嫌いになり、さらに運動しなくなる…という悪循環に陥っているというのが、現代日本の状況ではないだろうか。

立ち幅跳び動作を比較した年齢別の運動能力の伸び率について。3.5歳以降、運動能力の伸び率にはほとんど変化がないことが分かる

資料提供:川上泰雄(「跳ぶ科学」深代千之著、大修館書店に加筆)

それが進んだ結果、長年の身体運動量の少なさが、健康寿命を引き下げる要因となっている「ロコモティブシンドローム(運動器症候群、略称:ロコモ)」を引き起こす要因にもなっている。

「『速く歩ける人は長生きする』という言葉がありますが、これは加齢による筋量の減少は上肢より下肢が顕著であることを比喩(ひゆ)した言葉です。速く歩けるということは大腿(だいたい)部、つまり太ももの筋肉が多いということ。この大腿部の筋肉は骨格筋の中で最大の筋量ですが、使わないことによる減少も大きいんです。起居動作(日常的な姿勢変換のための動作)を含めて日常生活で多用する大腿部の筋肉が減少するということは、要介護の危険ラインに近づいているということを意味します。

また、筋量の個人差に大きな差が出てくるのは、男性は50代以降、女性は40代以降です。そして、青年期には2倍でしかなかった筋量の個人差も、高齢者では人によって20倍にもなってくる。これは、中年に差し掛かるころから意識して運動していかないと老後に影響し、その影響は元気に走り回っている老人と寝たきりの老人ぐらいの差になって表れるということなんです」

最近では一時に比べて下火になったが、人気ゲームアプリケーション「Pokémon GO(ポケモン ゴー)」を片手にウォーキングする中年層はいまだに多い。とりあえずはウォーキングぐらいの軽い運動でもロコモ予防につながるのだろうか。

「歩行は身体運動の中でも比較的エネルギー効率がいい運動なので、実はほとんど筋肉を使ってないんですよ。歩行で最も使う筋肉はふくらはぎのヒラメ筋で、腹筋や背筋、大腿筋のようなコアとなる筋肉(=体幹)をほとんど使っていません。ですから、最大筋力の30%以上の負荷がかかるような運動、例えば通勤や移動時に階段を利用するなどを取り入れる必要があります。骨格筋は適応能力が高いので、高齢者であってもトレーニングによって筋肥大します。そして、トレーニングによって神経系の改善も起こるので、トータルとしての筋力はもっとアップするんです」

前述の答申で文部科学省は、子供の体力が低下した最大の原因として、「人を知識の量で評価しがちな国民意識」と指摘した。しかし、世界に目を向ければ、筋力トレーニングなどのエクササイズを自己管理に取り入れているビジネスエリートたちも多い。中国古典『史記』の「文事ある者は必ず武備あり」にさかのぼる文武両道を見直すことに、幸せな余生の鍵が隠されているのかもしれない。

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