特集

日本の宇宙事業の本丸が小型ロケットに託す未来

JAXAが「イプシロンロケットプロジェクト」で提示した固体燃料ロケットによる可能性

昨年末の12月20日、宇宙開発事業においてまた新しい一歩を踏み出すニュースに日本が沸いた。日本の宇宙開発事業の本丸ともいえるJAXAによる、小型の固体燃料ロケット「イプシロン」2号機のプロジェクトに込められた想いとは? そこから見据える宇宙開発の未来は? JAXAイプシロンプロジェクトマネージャの森田泰弘教授を直撃した!

M-Vロケットの挫折から再起

森田教授がイプシロンロケットプロジェクトを正式にスタートさせたのは2010年から。その前には、トップの写真の背景に写る固体燃料ロケット「M-V(ミューファイブ)」の開発に携わっていた。M-Vは、あの小惑星探査機「はやぶさ」を宇宙へと送り届けたことでも知られ、最高水準の小型ロケットであると世界に認知されていた。

にも関わらず2006年、M-Vは引退が決まってしまう。

開発を推し進めてきた森田教授は、ここで大きな挫折を味わったという。

「M-Vは最先端だけれどコストが高かった。これからのロケット開発は『運用コスト』を下げるべきだと廃止になったんです。今後どうしていいのか、しばらく悩みました」

だが、ある「気付き」が森田教授の背中を押した。

「これまで積み上げたM-Vのプロジェクトが“消滅”したことでまっさらになった。過去にこだわる必要がなくなったんです。…となると、全く新しいコンセプトも提案できるじゃないか、とそう思い至ったんです。だからM-Vの引退勧告がなければイプシロンのコンセプトは生まれていなかったんです」

2010年6月13日の地球帰還が大きな話題を呼んだ小惑星探査機「はやぶさ」は、森田教授が「私の青春だった」というM-Vロケットによって2003年に打ち上げられた

©池下章裕

搭載する人工衛星にとって“優しい造り”に

これからの宇宙開発の未来を考え抜いた末、森田教授がたどり着いたのは明確なコンセプトだった。

それは「ロケットのユニバーサルデザイン化」というもの。

「高性能で低コストというコンセプトが出発点には違いないが、それを超えた付加価値を含めた総合力が、これからの宇宙開発に重要だと気付くことができました」

「ユニバーサルデザイン」という言葉は、近年福祉などの分野で使われるようになっているが、老若男女、ハンディキャップのあるなしに関わらず「誰でも使いやすい設計」のことを指す。その考え方をロケットでも取り入れようというのだ。

「M-Vロケットの時代までは、ロケットは一般人からはかけ離れた特殊な存在だった。性能は抜群だけど、高いし、使い勝手も乗り心地も悪いといったもので、自動車で言うとF1カーだったんです。使いやすく、乗り心地もよくして、もっと身近にしないとロケットに未来はありません。せめてF1を高級乗用車ぐらいにしなければ…。その思いを前面に押し出したのがイプシロンロケットです」

イプシロンロケットは人工衛星を搭載する無人ロケットだ。それがなぜ乗り心地を追求する必要があるのか? 実は、宇宙空間へと運ばれる人工衛星にとっても、“乗り心地”が重要なのだという。

そもそも固体燃料ロケットは推進力が大きいというメリットがある反面、その分、飛行時の振動や発射時の音響などが大きいという特徴を持つ。デリケートな作りの人工衛星では壊れてしまう懸念があるのだ。そのため、構造設計を入念に行わなければならなかったのだが、これらを低減できれば構造は簡単なもので済む。

森田教授いわく、「自動車のトランクに荷物を積むような感覚で」ロケットに人工衛星を搭載できるようになるのが目標だ。

そのために活躍したのが、発射時のエンジン噴射の環境などをコンピューターで解析する流体シミュレーション技術だ。

大きな推進力を発生させる固体燃料ロケットの発射時の振動、衝撃音を緩和するために、パソコンでのシミュレーションに基づいて発射台を12m嵩上げし、噴射ガスをスムーズに逃がす煙道(トンネル)を設置した。従来のNASA基準では、大規模な煙道が必要になり巨額の費用が必要なところを、シミュレーション技術により5千万円で実現。

結果、発射時の衝撃は従来の10分の1程度と、液体燃料のロケットと比較しても遜色のない「世界一マイルドなロケットになった」と森田教授は笑う。ちなみに、人工衛星を搭載する“部屋”(フェアリング)にも、衝撃を緩和するバンパーのような装備を追加できる設計となっている。

さらにイプシロン2号機には、画期的な取り組みがあった。わずか8名の管制官、2台のパソコンで打ち上げられたのだ。

「ロケットを身近なものにするためには、簡単に打ち上げられることも条件です。今でもロケット打ち上げというと多くのお客さんが応援に駆け付けてくれます。イプシロン2号機の打ち上げでも6千人が集まってくれました。それはうれしいけれども、いつまでもそれでは困ります。ロケットを打ち上げることが、飛行機を飛ばすくらい簡単で日常的なものにしていかなければなりません」

イプシロンの打ち上げ成功は、日常的にロケットが打ち上げられる未来への第一歩という意義を持っているのだ。

イプシロン2号機のイメージCG。「フェアリング」と呼ばれる先端部に人工衛星を搭載する。現在、小型の人工衛星では主流の500kg程度の人工衛星に対応するロケットでこのコンパクトさはライバルがいないという

©JAXA

民間企業の参入も大歓迎!

小型ロケットを安価で簡単に飛ばせるイプシロンロケットの技術、それは民間で宇宙ビジネスを行う企業にとっても魅力的であるはずだ。これからはロケットでも民間が参入して宇宙ビジネスを活性化するのだろうか。

「それが我々の狙いです。宇宙ロケットを身近な存在にしたいという思いが第一なので、民間がライバルとは思っていません。それを実行するのがJAXAであろうと民間であろうと構いません」

宇宙開発はリスクが大きい。急成長してきているベンチャー企業にとって、最も必要なものは経験や知識の蓄積だろう。

「JAXAは時間をかけてそれをやってきましたし、今後も新たな開発を進めていきます。そこで培われた技術は民間に提供したり、移管したりして、民間企業がそれをベースに次の開発を進めていく。安定した技術をカスタマイズしてビジネス化してもらうのが早道ですから。今まで宇宙(事業)に参加してこなかった人も巻き込んでいくことも必要だと思っています」

このオープンマインドの森田教授が率いるイプシロンロケットプロジェクトでさらに面白いのは、「民間で培われた技術をJAXAでも使う」という試みが検討されていることだ。

「ロケット開発はこれまで『信頼性』が最優先だったので、材料や部品は『ロケットのためだけに作られた非常に頑丈なもの』を使用してきました。それは当然高価になる。でもこれでは、ロケットは『日常的なもの』にはなりません」

そこで森田教授が望むのが、汎用性のある民間企業の技術や部品の利用だ。

「異分野のアイデアや、最新の部品を上手に使う工夫が求められます。例えば今なら、スマートフォンの技術。今やロケットに搭載されている電子機器は、技術的にはスマホ1個で済すんでしまうんです。最新のものには最新の使い方がある。その技術を熟知している技術者にも、ロケット開発に参入してもらいたいんです」

イプシロンロケットでは、発射前にオペレーターが半日〜丸一日がかりで行っていた点検を、自動点検する仕組みが導入されている。開発自体はこれまでもロケットを手がけてきたメーカーがあたったが、この自動点検は自動車のエアバッグの点検技術を参考に開発されたものだ。

また、これは将来に向けた研究の段階だが、燃料の製造性を良くしてコストを下げるために、燃料に含まれる樹脂の性質を変える技術として、なんと日本の自転車メーカーが培ってきたパンクレスチューブの技術を応用して採用したいという。

開発スピードを上げ、コストを下げるために、JAXAも民間の技術を柔軟に取り入れるスタンスだ。このあたりは、本特集の第二回で取り上げたベンチャー、インターステラテクノロジズのアプローチとも通ずるものがある。

イプシロン2号機は、2016年12月20日20時ちょうどに内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられた

©JAXA

宇宙が身近になることで見える未来の姿

全てはロケットを身近にするため。では身近になったら世の中はどう変わるのか?

「普通の人が普通に宇宙に行ける未来ができると思います。ロケットの発射が飛行機を飛ばすくらい簡単で日常的なものになれば、海外旅行の延長線上に宇宙旅行も視野に入るのでは。資材もどんどん宇宙に運ばれていき、宇宙ステーションももっと淡々と造られるようになるし、月や火星にも基地ができます。それらを踏み台にして、木星や土星にも行ける。宇宙に行ったら太陽光というエネルギーが無限に存在する世界ですし、重力に逆らって急いで加速する必要もありません。よりスピードアップして宇宙開発が進むと思います」

森田教授がM-Vロケットの挫折後に味わった迷いはもうない。イプシロンロケットは宇宙をさらに身近な距離に引き寄せるべく、現在3号機が開発中である。

フェアリングが分離された際の実際の写真

©JAXA

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