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スマートシティ大解剖 at 柏の葉

東大柏キャンパスが駅前サテライトで試みる社会実験体制

地元の商工会議所正会員となり市民・中小企業を主体にして新たな産業エネルギーを生む

柏の葉スマートシティが先端事例として多くの注目を集めるのは、“公・民・学”三位一体で進める課題解決型都市という壮大な構想に起因するということは第1回でレポートした通り。第3回の今回は“学”に取材し、この街を舞台とした社会実験体制についてレポートする。オープンイノベーション拠点『東京大学柏の葉キャンパス駅前サテライト』を訪ねた。

商工会議所への入会が社会実験の実現にとっても有効な一手に!

つくばエクスプレス「柏の葉キャンパス」駅を降りると、2014年オープンの「ゲートスクエア」入り口に立つ7階建てのビルが目に入る。

東京大学の看板を掲げるこのビルは『東京大学柏の葉キャンパス駅前サテライト(以下、駅前サテライト)』という施設で、1階に“公・民・学”が連携する街づくりを推進する「UDCK」(第1回参照)が入居するほか、イノベーションオフィスなど賃貸事務所としても運営されている。

この駅前サテライトの運営主体は、『東京大学フューチャーセンター推進機構(以下、東大FC)』。現在、機構長を務める保坂寛教授(新領域創成科学研究科)は、駅前サテライト建設の経緯について「柏キャンパスは駅から2kmも離れているので不便だったんですよ」と笑う。

「2009年に、高齢化社会への対応や低炭素化など課題先進国である日本にあって、その解決のために研究領域を超えて全学が協力し社会実験に取り組むことを目的に、東大FCが設立されました。

東大には駒場、本郷、柏、白金台、中野と5つのキャンパスがありますが、ここ柏の葉スマートシティは電力特区であり、ITS(高度道路交通システム)の実験も行っていたほか、研究機関が多かった。また、東大と柏市は包括協力協定を結んでいて、社会実証実験を行いやすい環境もあったということで柏キャンパスに設置されました。その後、2014年春に地理的に大学外との連携が取りやすい駅前サテライトが建設されたんです」

もともとUDCKの準備室が設置されていた跡地を取得し、そこに建設された駅前サテライトにて、東大は国立大学としてあまり例のないアクションを起こす。地元の商工会議所の正会員となったのだ。

東大FC機構長 保坂寛教授。柏キャンパスでは、新領域創成科学研究科に研究室も持つが、この駅前サテライトで教育を行うこともあるとか。「一人でやっているので融通が利いていいんですよ」と言う

この駅前サテライトは、補助金などはまったく入っておらず独立採算。まずは健全に運営していくために、テナントを埋めて家賃収入を得る必要があった。

そこで、経験のない不動産経営への運営アドバイスを得るべく商工会議所に入会することになったのだが、これはテーマである“社会実験の実現”にとっても有効な一手となった。

「駅前サテライト入居には、東大と共同研究を行っていることという条件があるのでほとんどが公的機関なのですが、社会実験のためには住民だけではなく、地元企業の協力も必要です。商工会議所が紹介者となって、共同研究のために動いていただけるような地元の優良企業とつながることができています」

現状では、ようやくテナントが埋まって運営が安定してきたばかり。社会実験はまだまだこれからということだが、例えば、ITS関連では2017年4月に柏キャンパスへ移転してきた東大生産技術研究所も駅前サテライトにオフィスを構えている。

「ITSの実証実験は東大FCがパイプ役となっています。東大FCが主体となった社会実験はまだ事例が少ないですが、東大柏キャンパスと地域との連携拠点としては機能しています」

社会実験とまではいかなくとも、地元企業との連携という意味では事例もある。

施設のPCやネットワークの設置は大学内ならば通常、専門の准教授が対応するが、駅前サテライトは業者に頼まねばならなかった。そこで商工会議所に相談したところ、地元のIT企業を紹介される。

「国際情報ネットという企業なのですが、ここはIoTという言葉ができるずいぶん前から、センサーを活用して地域ICT(情報通信技術)に取り組みたいと考えていたんです。そこで、駅前サテライトに入居して東大柏キャンパスと2年前くらいから共同研究をしています。ここの設備の保守もしてもらいながら(笑)。

こういった中小企業との連携は、通常はなかなか向こうからは声が掛からないです。商工会議所の中で、東大FCとして共同研究のタネを示していった成果ですね」

東大FCは、大学の研究室で行われている研究を、駅前サテライトを拠点に街へ発信することで従来ではなかった街の中小企業との共同研究につなげている。

「今まで、東大は地元企業にあまり発注していなかったんです。そのノウハウもなかった。経済効果で申し上げると、東大全体の予算が約2400億円ですから柏キャンパスだけでも相当な額になる。その1%でも地元に落ちれば大きいですよね」

近隣の白井市の町工場、精技金型株式会社が3階に入居しており、保坂教授と共同研究を行っている。HDDと時計のメカを活用し、教授の専門であるジャイロ発電によるウエアラブル発電機に取り組む

情報処理しかできないからこその強み

社会実証実験は柏の葉スマートシティのテーマでもある。

この街では、ユビキタス技術による次世代デジタルサイネージサービスや公衆電源サービスなど、さまざまに実施されてきており事業化された事例もある。

東大FCでも、2005~2008年にかけて街とオンデマンドバスの社会実証実験を行った。これは実際にはタクシー車両とスマートフォンアプリを用い、住民の乗車履歴から生活パターンを解析して行動を予測、同じ生活パターンを取る人にメッセージを送って乗り合いを促すというもの。

「この街では最終的に、シャトルバスを運行することになって実証実験は終了しましたが、もともとは過疎地向けの取り組みで、今ではこの東大モデルが全国約40カ所に導入されています。

これらは補助金で走らせていますが、現代のAI技術を取り入れてソフトウエアを進化させれば、民間資金で市街での事業化もできるのではと考えていまして、現在、勉強会も始めています」

2030年の完成を目指すこの街の第2ステージの開発が完了すれば、住民は1万世帯となりさらに職学遊住のミクストユースが進むと想定されている。そうしてコミュニティーが複雑化してくれば、情報によって人を動かすオンデマンドバスの可能性も広がる。

「オンデマンドバスは実質会員制ですから、個人の行動履歴というビッグデータが蓄積されます。次年度中には、東大と産業技術総合研究所がAIセンターを東大柏キャンパス内に新設する計画となっていますが、準備室としてここにも入居しています。

この駅前サテライトは施設の特性上、バイオなどの“ウェット”な研究はできないのですが、結果、情報処理に特化しておりそれが強みにもなっているんです」

2017年4月、「東京大学生産技術研究所次世代モビリティ研究センター(ITSセンター)」のITS R&R実験フィールドが柏キャンパスに移転。写真(広島地区ITS公道実証実験)のような実験を行えるレールや走行試験路が完成している

画像提供:東京大学生産技術研究所 須田研究室

災害発生時のロボットテスト社会実証実験も敢行

東大FC主体の社会実証実験では、もう一つ注目したい事例がある。

駅前サテライトの7階にプロジェクト室を構え、災害対応歩行支援ロボットの開発を主導するロボットの権威・佐藤知正特任研究員(東京大学名誉教授)だ。

このプロジェクトは、福島県の復興支援「災害対応ロボット産業集積支援事業」で、同県の地元企業と連携して2016年度に開発が進められた。災害避難時に高齢者などの歩行を支援し、平常時には買い物などでの歩行器としても活用できるマシン作りを進めている。この開発にあたっては、柏市西山地区で実証実験が行われた。

「実は柏市の西山地区は、創意工夫を凝らした防災会が組織されていて全国的にも名の通った防災の先進地域なんです。その知見を取り込もうと柏市役所を通じて紹介いただき、ロボットのテストをお願いしました。西山地区の方々は非常に前向きに評価してくれるので、貴重なフィードバックが得られました」

この事例ではロボットそのものも意義のある社会実証実験であったが、さらなる知見が得られた。

「ロボットの社会実証実験に協力いただく代わりに、こちらで防災会のホームページをつくることにしました。そこで西山地区モデルとして、なぜ西山地区で防災会の取り組みがうまくいっているのかを解明することにしたんです。防災組織というのはどうあらねばならないのか、具体的にどうまとめていくのか、そこには私が最後の締めくくりとして取り組んでいる社会実装学につながる大事なテーマがありました」

40年以上にわたってロボットの研究を続けてきた佐藤氏にとって、ロボット=工学は人の役に立たなければ意味がない学問なのだという。

それには、技術だけではなく産業化することが必要。社会実験そのものが発端になって産業化していくというプロセスを踏まなければならない。

「その際に、地方創成と中小ベンチャーがキーワードになるんです。地域にはその地特有のニーズや要求があり、そこに対して知を集積させるメリットが出る。シリコンバレーのような例ですね。さらに、イノベーションには冒険をしづらい大企業ではなく、中小に投資すべきなんです。

日本は“イノベーション”を“技術革新”と訳したので、“良い技術があれば社会が変わる”と思ってしまった。しかし、技術で勝っても産業化で負けるんです。イノベーションとは、“科学技術による社会変革”と訳すべきで、それはつまり社会づくり。そこにはグランドデザインが必要なんです」

社会づくりというと、今までは文系の領域だったが、これに工学的にアプローチする。それが佐藤氏のいう社会実装学だ。どのような社会をつくりたいかというグランドデザインがあり、そこに社会実験を通じて資本主義の世の中で産業化するためのビジネスモデルをすり合わせ(インテグレーション)する。

「そうやってユーザーの啓発・宣伝をして、必要であれば特区の指定を取るなど法律も調整する。そして、産業化のためには中小企業までバリューチェーンを広げないと育たない。産業化では潜在市場の掘り起こしが必要ですから。

例えば、町工場にまで先端ロボットを入れていくというように。そのためには、地方銀行や商工会議所のような徹底的に潜在市場を掘り起こせる地域に根ざした存在が必要です」

このように社会変革の取り組みを、グランドデザイン=研究企画のもとプロセスや研究・産業化段階をマトリクスにしてひもといてみせる。佐藤氏は柏の葉スマートシティの全体構想には関与していないが、聞くほどに社会実装学はこの街の成り立ちとリンクしているように思われる。

日本ロボット学会会長も務めたロボットの権威・佐藤知正特任研究員(東京大学名誉教授)。部屋がロボットとなるロボティックルームや、街全体がロボットとなるロボティックシティを提唱

もう一つ、面白い話を伺った。

「現在、『ワールドロボットサミット(WRS)』の実行委員長も務めているのですが、WRSでは展示会と共に4つの競技会も行います。科学技術の促進手法としてコンテストやアワードは非常に大事なんです。

アメリカで大ブームとなったクルマの自動運転技術も、DARPA(アメリカ国防高等研究計画局)が軍用車の自動化を確立するために2004年に開催した、優勝賞金100万ドルのロボットカーレース『グランドチャレンジ』がきっかけです。古くは航空機や、民間による有人ロケット開発も同じですね」

WRSは2018年10月にプレ大会が東京ビッグサイトで行われ、2020年10月に愛知県国際展示場で本大会が開催される(2020年には福島ロボットテストフィールドでも一部カテゴリーの競技を実施)。

柏の葉スマートシティでもまた、『アジア・アントレプレナーシップ・アワード(AEA)』という国内最大級の技術的な国際ビジネスコンテストを2012年に創設するといったリンクをみせる。

次回、本特集の最終回で、そのAEA2017の模様をレポートする。

佐藤氏が主導した、災害対応歩行支援ロボットのプロトタイプ。防災の先進的地区として全国的に知られる柏市西山地区での社会実験によるフィードバックが開発に生かされた

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