特集
生物エネルギーの真価

牛から生まれるエネルギーの新たな可能性

牛の糞尿バイオガス発電で温暖化・地下水汚染対策に新たな一手を

地球温暖化の原因の一つであり、有害ともされてきた牛のゲップや糞尿(ふんにょう)が今、再利用され、新たなエネルギーとして注目されている。彼らが排出するメタンガスはどう活用されていくのか——。日本で最も良質と言われる牛乳の産地、静岡県の朝霧高原でも、新たな試みが始まっているという。本特集第1回は、富士開拓農業協同組合環境省モデル事業推進室室長の川島芳郎氏の話を基に、牛から生まれるエネルギーについて考察する。

牛のゲップ・糞尿が環境を汚染していた

再生可能エネルギー活用の目的の一つに地球温暖化の防止があることは周知の通りだが、温暖化の原因の一つとして、「牛」が挙げられていることはあまり知られていないのではないだろうか。

地球温暖化は温室効果ガスである二酸化炭素やメタンの濃度が高まったことが主因であるとされているが、牛の「ゲップ」にはこのメタンが多く含まれているのだ。

たかだか“ゲップ”といえど、侮ることはできない。例えば、アメリカで発生する温室効果ガスの26%は、牛のゲップによるものだといわれている。しかも、メタンによって引き起こされる温室効果は、二酸化炭素の約25倍となる(※全国地球温暖化防止活動推進センター発表より)。このため、各国では牛のゲップ対策として、メタンの発生が少なくなる飼料の開発などが行われてきた。

一方で、飼育頭数が少ない日本では、発生する温室効果ガスのうち、牛のゲップが占める割合はわずか0.5%。このためか、日本ではもう一つのメタン発生源である「糞尿」の処理に力を入れている。現在、その事業が、富士山を望む朝霧高原で行われている、乳牛の糞尿を利用したバイオガス発電(富士宮モデル)だ。

温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」によるメタンの年間収支量。発表資料によれば、メタンは「水田や湿地帯、家畜、森林火災や化石燃料消費」で放出される。アジアは世界のメタン排出量の3割を占める

出典:「「いぶき」(GOSAT)の観測データを用いた 全球の月別メタン収支の推定結果について」(平成26年3月27日発表、宇宙航空研究開発機構、国立環境研究所、環境省)

しかし、富士開拓農業協同組合(開拓農協)の川島氏は、この富士宮モデルの目的について、「温暖化防止だけでなく、地下水の水質悪化防止の目的があった」と説明する。

「朝霧高原の起源は、終戦直後の1946年に食糧増産と雇用拡大を目的として国が行った緊急開拓事業にあります。これに旧満州から帰還した人たちを含む現在の長野県阿南町出身者を中心に、15~20歳の青年が集団入植したのです。

しかし、富士山の火山灰が堆積した大地は水はけが良すぎて、作物を実らせることができませんでした。そこで、次善の策として畜産農業への転換を図り、現在の酪農地帯へ発展したという歴史があります」

富士開拓農業協同組合環境省モデル事業推進室室長の川島芳郎氏

富士山の湧き水がピンチ!

朝霧高原といえば、富士山をバックとする広大な牧草地に放し飼いされたホルスタインというのどかな風景が思い浮かぶ。そんな朝霧高原の地下水の水質悪化防止とバイオガス発電の富士宮モデルに、一体どんな関係があるというのだろうか?

「われわれが環境省のモデル事業に応募したきっかけは、2011~12年に行われた静岡県環境衛生科学研究所の水質調査で、源頼朝が富士の巻狩り(鷹狩り)の際に陣を敷いたことに由来する『陣馬の滝』に“藻”の発生が認められたことです。藻の発生を探った結果、その調査では、朝霧高原で飼育される“乳牛”が水質悪化の原因と名指しされたのです。

朝霧高原では約50戸の酪農家が5000頭近い乳牛を飼育しているので、排出される糞尿の量は1日に約330tにもなります。これら糞尿は牧草地に堆肥として施肥(せひ)していたのですが、その量が過剰となったために、リン酸や窒素が地下水に浸透して、水質の悪化を招いたのです。

朝霧高原が存在する静岡県富士宮市は、白糸ノ滝や富士浅間大社の湧き水など富士山の地下水が全国的に知られていますので、このまま糞尿を施肥し続ければ地元に大ダメージを与えてしまうと、早急に対策を取ることにしました」

現在急ピッチで建設が進められている富士宮のバイオガスプラント。富士山の麓で運営される

こうして、富士宮モデルの事業者である開拓農協は、2014年6月には「ふん尿処理の具体的取組み」をビジョンとして掲げ、16年9月に環境省のモデル事業として採択された。開拓農協は現在、18年3月まで富士宮モデルの実証実験(350頭分の糞尿20t/日)などに取り組んでいる。

乳牛より肉牛の方が発電できる

この富士宮モデルは、出資者である国(環境省)と事業者(開拓農協)との間に、良い意味での同床異夢がみられる。開拓農協が「地下水の水質悪化防止」を目的としているのに対して、環境省は冒頭で述べた通り地球温暖化対策が目的であり、「CO2削減」を最優先課題とする地球温暖化対策課が担当している。

「糞尿の処理方法は、大きく2通りです。下水処理施設で浄化するか、堆肥として施料するか。富士宮モデルでは、この両方を行っています。

順序としては、最初に発酵した糞尿から発生したメタンガスにより発電し、これを市の浄化センター(下水処理施設)に依託送電します。次に、消化液と呼ばれる発酵した糞尿を2つに分けて、一方はそのまま堆肥として利用し、もう一方は脱水して液体と固形物に分離する。この液体部分を浄化センターに送って浄化しますが、この際に必要とする電力の一部をメタンガスで発電した電力でまかなうのです。

つまり、開拓農協としては糞尿を処理することで地下水の水質悪化を防止でき、環境省としてはバイオガス発電を行うことで二酸化炭素の排出を削減できるというわけです」

(左)バイオマス発電の仕組み、(右)バイオガス発電の仕組み。バイオマス発電が家畜の糞尿、食品廃棄物、木質廃材などの有機ゴミを直接燃焼し、発生する熱を利用して蒸気でタービンを回す仕組みになっているのに対し、バイオガス発電は、家畜の糞尿、食品廃棄物、下水道・汚水などの有機ゴミを発酵させて可燃性のバイオガスを取り出すことでガスエンジン発電機を回す。なお、バイオガスの場合、ガスを作ったバイオ原料の残り(消化液)は、雑草種子や病原菌が含まれない安全な肥料として二次利用可能

出展:バイオマス発電とバイオガス発電の違い(株式会社アクアス)

このように富士宮モデルは環境省と開拓農協の思惑は異なるものの、結果としてそれぞれの目的が達成されるという一石二鳥の事業モデルとなった。この環境省モデル事業には、熊本市が事業者となる同様のバイオガス発電事業も採用されている。

「家畜の糞尿を活用した事業モデルで最先端を走っているのは、北海道の十勝地方だと思います。十勝地方では、家畜の糞尿を堆肥化して、それを施肥した畑で農作物を栽培する。そして、収穫した農作物を処理・加工して販売するという『6次産業化』という地域の循環モデルがすでに出来上がっているんです。この循環モデルの一環として、1日に1320頭分の糞尿を処理できるバイオガス発電・堆肥化プラント(鹿追町プラント)が建設されています。

富士宮のプラントでは草を飼料とした乳牛の糞尿しか使いませんが、北海道ではカロリーが高い配合飼料を与えられた肉牛の糞尿も使っているそうです。国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構の方から聞いた話では、飼料のカロリーが高いと糞尿のカロリーも高くなり、発電量も増えるそうです」

摂取する食物の熱量が高ければ、排せつ物の熱量、つまりカロリーが高くなることは昔から知られていた。東京都武蔵野市史によれば、江戸時代に吉祥寺の農民が江戸の武家屋敷や町人長屋を訪れて糞尿を買い取っていたが、買い取り価格は武家屋敷の糞尿が年21両2分であるのに対して、町人長屋の糞尿は5両だったという。

現在、全世界の牛の飼育頭数は10億頭を超えている。“温暖化の原因”とやり玉に挙げられた牛だが、最近では牛のゲップや体温を利用した発電の研究も進められているという話もある。

昔から堆肥として活用されてきた糞尿を再生可能エネルギーとして活用できる道筋がつけば、富士宮モデルの技術は温暖化防止と水質悪化防止の分野でも世界に貢献できるだろう。

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