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冬季スポーツエネルギー論

フィギュアスケート選手が空中で回転できるワケ

ジャンプ、スピン、ステップで使われるエネルギー

2月9日からスタートした冬季スポーツの平昌(ピョンチャン)大会。数ある種目の中でも、日本において特に大きな関心を集めているのがフィギュアスケートだ。空中で回転するなどの驚異的な動きは、果たしてどのようなエネルギーを駆使して生み出されているのか。今回、スポーツ生理学を専門分野とする桐蔭横浜大学の桜井智野風(とものぶ)教授に詳しく解説してもらった。

ジャンプ、スピン、ステップを交えながら滑りの華麗さを競うフィギュアスケート。今大会では2月9日の団体予選から、23日(金)の女子シングル決勝まで競技が開催され、金メダル最有力候補の羽生結弦選手をはじめ、宇野昌磨、田中刑事、宮原知子、坂元花織、須﨑海羽-木原龍一(ペア)、村本哉中-クリス・リード(アイスダンス)選手ら、日本勢の活躍が大いに期待されている。

フィギュアスケートのエネルギーを考える上でまず気になるのは、同競技の華とも言われる「ジャンプ」の仕組みではないだろうか。日本スケート連盟のホームページでも「ジャンプは成功と失敗を見分けやすい大技で、総合評価を大きく左右する重要な要素」とされている。

ジャンプには、「アクセル」「ルッツ」「フリップ」「ループ」「サルコウ」「トゥループ」などさまざまな技のバリエーションがあるが、スポーツ生理学を専門とする桐蔭横浜大学の桜井智野風教授は、「共通しているのは、高さではなく距離を稼いでいる選手が難易度・成功率ともに高い傾向がある」と説明する。

「フィギュアスケートのジャンプに関して、一般的には高さが成功のカギだと思われています。しかし運動エネルギーの観点に立つと、跳ぶ距離の方が大事だと思います。例えば、羽生結弦選手のジャンプをデジタルデータで解析すると、高さは60cmくらいしか跳んでいません。

一方、距離で言うと4m程度跳んでいる。これは驚くべき数字です。距離、すなわち滞空時間となり、その間に回転数を担保してジャンプの技を決めるという流れになりますね。そう考えると、重要なのは距離を担保するための速さ、ジャンプする前のスピードになるのです。

そもそもジャンプのエネルギーを生み出しているのは大腿(もも)。羽生選手の強さの秘訣は、彼の極限まで鍛えられた、パワーにもエネルギー効率にも優れた大腿にあると思います」

桜井先生の専門は陸上競技。冬季スポーツにおけるエネルギーについて、陸上競技に例えながら分かりやすく解説してくれた

氷上なので全く同じ原理とは言えないものの、桜井教授は「フィギュアのジャンプは、陸上の走り幅跳びの原理に似ている」と話す。走り幅跳びに優れた選手は、短距離走が速く、水平方向のスピードエネルギーを垂直方向にうまく変えることで距離を稼ぐという。

そこでもう一つ重要なポイントが出てくる。踏み切りの角度だ。物理的には45度の角度で跳ぶことが最も距離を稼ぐ秘訣だそうだが、それはあくまでも風など外部環境の影響が何もないとき。「実際は、35~36度の角度で跳ぶのがベスト」(桜井教授)だそうだ。これまでの話を整理すると、優れたフィギュア選手は、高速でジャンプ体勢に入り、最適な角度で踏み切り、距離=滞空時間を保つ間にジャンプを決めていることになる。

「フィギュアスケートのジャンプの場合、そこにプラスαで足を振り込んで回転エネルギーを付けるという運動があります。ジャンプには、前向きに踏み切る技と、後ろ向きで踏み切る技がありますが、実は後ろ向きの方がスピードを生かせるので回りやすい。前向きだと、足を振り込んだ際にスピードを殺さなければなりません。おそらくそのような理由から、前向きの姿勢から跳ぶジャンプの難易度が高く設定されているのでしょう」

回転エネルギーをフルに使うスピン

次に、「スピン」はどうだろうか。スピンは、ゆっくりとした回転から徐々にスピードを上げることで、観衆を演技の世界に没頭させる美しい表現技術だ。

「基本的にスピンの技は、回転半径を大きくとって安定的に回り始め、その後、体を屈めて小さくすることでスピードをつけていきます。円運動は半径が小さくなるとスピードが上がるという特徴があり、専門用語では角速度と呼びますが、コマを想像してもらうと分かりやすいかもしれません。円の外側と内側では、スピードが異なります。そうして、徐々にスピードを上げていきつつ、最後に体を開いて抵抗によって回転を止めるというのがスピンの原理です」

スピンは低い姿勢になることで回転は安定するものの、足への負担は大きくなる

digi009 / PIXTA(ピクスタ)

なお一度回り始めると、回転速度を上げるためには、体の半径を小さくしていく以外に方法はないという。ただし、氷上では選手の足(スケートシューズ)と接面にほとんど抵抗が発生しないため、普通の地面に比べて長く回転することが可能だそうだ。

この原理については、ヒップホップダンスの「ヘッドスピン」ととても似ている。ヘッドスピンは、滑らかな板の上で帽子を被って回転するが、これは地面と回転する頭部分の抵抗をなくすためだ。そしてヘッドスピンをよく見てみると、足を開いて大きな半径を取りながら回り始め、最終的に足を閉じながらスピードを上げていく形がとられていることが分かる。

「補足するなら、フィギュアスケート選手のすごいところは、三半規管の強さにもあります。もともと人間の体は、“回転する”という動作を本能的にプログラミングされていません。ぐるぐる回っても平然といるためには、三半規管を強化する専門的なトレーニングが必要でしょう。この部分を陸上競技に置き換えると、円盤投げの選手に近い能力を持っていると言えそうです」

ジャンプやスピンもさることながら、フィギュアスケートにおいては「ステップ」の華麗さや正確さも、競技の結果を左右する重要なファクターとなる。桜井教授は「氷に足を取られる中で、あえて無理な体勢をすることや、バランスを崩していくことが美しさにつながっている」と分析しながら、重要なのは「脚と体幹」ではないかと指摘する。

「これは、ジャンプやスピンにも共通していますが、フィギュアスケート選手の優秀さを判断する重要な肉体的素質の一つは脚だと思います。例えば、ジャンプの際は爪先に200kgほどのエネルギーがかかると計算できますが、それを力に変えるのは大腿四頭筋など脚部分の強さです。ステップの際も、バランスを支えるのはやはり脚。複雑なステップの成功も、脚の筋肉に大きく依存しているでしょう」

糖を蓄えられる筋肉を作る

これまで、ジャンプやスピン、ステップなどの技を支えるエネルギーや体の使い方につい見てきたが、フィギュアスケート選手にとってそれらを実行に至らせる理想の肉体とはどのようなものなのだろうか。桜井教授は「太過ぎず、バランスの取れた筋肉。陸上で例えると、十種競技の選手に近い体かもしれない」という。

「まず前提として、人間の運動エネルギーを生み出すのは筋肉以外にありません。そして、筋肉にエネルギーを供給するのは糖です。人間が摂取した糖のうち、最も消費量が多いのは脳なんですね。全体の9割以上を脳で消費します。アスリートは、そのほかに筋肉中にためておいた糖を消費することで運動を行うことになるのですが、そもそもためておける量には限界があります。一般的には、70kgの男性で筋肉に300g、肝臓に100gほどと言われています。筋肉が大きくなればなるほどためておける糖の量は増えますが、あまり筋肉を付け過ぎるとフィギュアスケートでは跳べなくなるので不利になるでしょう。

一方で、4分以上も演技するためには、糖をうまくコントロールできないとスタミナが切れてしまう。しかも、フィギュアスケートは後半にジャンプを決めると加点される仕組みがある。そう考えると、いかに体内にエネルギーを蓄えつつ放出するか、またそれに適した体をトレーニングや食事でつくっていくかが、勝負を左右するはずです。陸上の十種競技だと、円盤投げ、砲丸投げなどでは質量保存の法則があるので大きい筋肉が有利ですが、幅跳びなどでは筋肉が大きすぎると不利になる。スタミナという観点で考えると1500m走もあり、“競技に最適な体”という意味ではフィギュアスケートと似ていると思います」

フィギュアスケートに限らず多くのトップアスリートは、「カーボローディング」や「グリコーゲンローディング」と呼ばれる食事法を取り入れている。これは、「筋肉の中になるべく糖を蓄えるための食事法」(桜井教授)だそうだ。また、運動すると脂肪が燃焼されてエネルギーになるとも一般的に言われているが、こちらも糖がないことには使われず、エネルギーになることはない。

「そういえば、過去に羽生選手が頭部を3針ほど縫うケガをしたのにもかかわらず、大会(2014年グランプリシリーズ第3戦)に出場して、好成績を収めたことがありましたよね。競技中、羽生選手の顔面が蒼白だったことを記憶されている方も多いと思います。当時、緊張や体調不良によるものだろうと言われていましたが、私個人的にはまったく逆の見解を持っていました。実はアドレナリンがばんばん出て、臨戦態勢だったのではないかと思うんです。

人間は本当に興奮すると顔が白くなります。皮膚の血管が収縮して、エネルギーをたくさん作り出せという脳の指令が全身を駆け巡るんです。心臓の拍動が強くなり、筋肉にどんどん血液を送るので、周りの血管は収縮する。そして筋肉がパフォーマンスを発揮できるように糖が送り込まれるのです。羽生選手はメンタルも強いとされていますが、あの大会はそれを見て取れたような事例だったと思います」

桜井教授は当時、羽生選手がグランプリシリーズ第3戦で見せた顔色から、一般とは逆の見解を持っていた

フィギュアスケートには、筋肉など選手個人の資質以外にも優劣を決める重要な要素がある。「筋肉のエネルギーをアウトプットするスケートシューズの精度」だ。ただこの点に関しては、各選手個人との相性や、各企業の開発機密が多いので、どのようなシューズがベストかは「現状ではまだまだ分からず、今後の科学的な分析が待たれている」(桜井教授)という。

「人間の筋力エネルギーの約6~8割は熱として消費されます。その点では、人間の体は非効率的と言えるのかもしれませんが、残された2割をどうアウトプットするか、いかにロスをなくすかというのは、シューズやウェアなど道具にも依存してきます。陸上ならば靴全体、スケートであればシューズのエッジの精度がパフォーマンスに直結するということです。

ただ陸上とスケートを比較したとき、道具に求められる精度はスケートの方が断然高いでしょう。スケート競技には、風などの外的要因もありませんし、地表との接点が靴に比べて細く繊細だからです。その点、日本の技術は高いので選手の成績にも表れているのかもしれませんね。他国で言えば、オランダも手工業が発展しているので冬季種目が強いのではないでしょうか」

ジャンプなど華麗な技の仕組みや、選手たちの筋肉の質とエネルギーの使い方、そしてまだまだ未知の領域が多いシューズなど道具にまで視線を向ければ、これまでとは一味違ったフィギュアスケートの楽しみが見つかるかもしれない。

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