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冬季スポーツエネルギー論

勝敗を決めるカーリングのエネルギーコントロール

直進と回転を摩擦で操るストーン使いに学ぶ

現在開催中の冬季スポーツの祭典、平昌(ピョンチャン)大会。今回は、特集第2回に登場した桐蔭横浜大学の桜井智野風(とものぶ)教授が、数ある種目の中でも、「エネルギーという視点で見たとき、最も面白い競技ではないか」と話すカーリングについて、公益社団法人 日本カーリング協会の事務局長である倉本憲男氏に話を聞いた。

微細な氷粒がストーンを動かす

1600年代に屋外スポーツとしてスコットランドで生まれたカーリングは、ヨーロッパの移民がカナダに移り住む中で屋内のスポーツとして現在の形へと発展を遂げてきた。氷(シート)の表面をブラシで掃きながらストーンを滑らせ、相手のストーンを弾き飛ばしつつ、描かれた円(ハウス)の中心に近づけて得点を競う競技だ。

まず、カーリングのストーンが滑る仕組みについて、公益社団法人 日本カーリング協会の倉本憲男氏は説明してくれた。

「一般的にはほとんど知られていないのですが、カーリングのストーンと氷が接触しているのは、ストーンの裏側にあるわずか5mm幅のエッジだけなんです。また一見、真っ平らな氷の上には、実はペブルと呼ばれる小さな氷の粒がたくさん付いています。このストーンのエッジとペブルだけが接することで摩擦が少なくなり、ストーンが滑るようになるわけです。もしストーンと氷が真っ平らな面同士で接していたら、滑らせたところで1mも進まないでしょうね」

接地面積が大きいほど摩擦も大きくなるため、カーリングでは重さ約20kgものストーンがきれいに滑るよう制度設計されているが、このエッジを調整するメーカーはカナダにしかなく、日本では行われていないのだという。

重さ約20kg、直径約30cmのストーン。指している黒い縁がエッジ。素材は、花こう岩系の天然の岩石を用いる。大会ごとに運営サイドに指定された石を使うが、その個体差も競技に影響する

観客の熱量に左右される氷のコンディション

さらに、氷上の環境整備もカーリングにおける重要な要素だ。試合前に氷の上にジョウロのような器具で、水(ぬるま湯)をまくことで作る氷の粒・ペブルは、各国が定めた協会の資格を有したアイスメーカーの手によって作られている。氷温や湿度、観客の入り具合といったその日のコンディションを鑑みて、ペブルの大きさや面積を変化させるのだという。そして、選手たちはその日のストーンの滑り具合から氷上の環境を把握し、競技に臨む。

「日本の場合、全国の競技人口もまだまだ少なく、カーリング先進国に比べると観客動員数も少ないため、観客数が氷に影響するようなことはあまりありません。しかし、カーリング先進国であるカナダなどではゴールデンタイムにテレビで試合が放映されるほどの人気で、世界大会同様、何千人もの観客が入ります。そうした試合では、観客たちから出てくる湿気で湿度は常に変化し、氷の状態も時間がたつにつれて変化していきます。もちろん、その日の天気や開催地の気候、施設の環境や氷を作る水質などでも氷の質は違ってきますから、そういった氷の変化を早く読んで適応していくというのも、カーリング選手に必要な能力の一つなのです」

今回話を聞いた事務局長の倉本氏。自らもFREEDOM(東京)というカーリングチームで選手として活躍した経験を持つ

カーリングの代表チームが日頃海外遠征に出るのは、その日の観客のエネルギーによって左右される氷のコンディションの変化を一つでも多く経験し、適応能力を高めるためだと、倉本氏は続ける。

身体的な能力だけでなく、こうした環境を読み解く力が必要とされるカーリング。その能力は「選手の経験則によるところが大きい」という。

「カーリングでは、スタートラインから次のラインまでの一定区間にストーンが滑っていく時間を、選手がストップウォッチを持って計っています。試合中にもストーンの通過時間を報告しているんです。というのも、通過にかかった秒数が分かればストーンの初速も分かるので、ストーンの届く距離が予測できるようになるのです。

また、何度か投石しているうちに、同じ秒数でストーンが通過したのに届く距離が短くなっていたりすると、氷のコンディションが変わったことなども分かります。このように、カーリングでは常に運動エネルギーについて考えながら、選手全員が動いているのです」

試合中、「今何秒でライン通過。さっきより速度が落ちてるからスイープ(掃く動作)強めで」といったコミュニケーションが常に必要とされるため、能力の優れた個々の選手が集められる他の競技とは違い、カーリングの場合、常日頃共にするチーム単位で代表への選出が決まる。

そして、あくまで対戦競技であるカーリングにおいては、相手チームのストーンにどう当てるのか、自チームのストーンを防御するといった場面でも、選手たちの意識は変わらない。ストーンの当たる場所や角度、弾き方によって、最終的な盤面は大きく変わってくる。

「なので、カーリング初心者のころにはよくビリヤードへ行き、球の当たる角度とその弾かれ方を勉強しましたね」と、倉本氏も振り返る。カーリングは頭脳戦の様相も強く、「氷上のチェス」と呼ばれるゆえんはこうしたところにあるのだろう。そのため、「カーリングは身体能力を練度で補えるスポーツでもあります。海外では40代で活躍している選手も珍しくありません」という。

ストーンを誘導する摩擦力

一方で、ブルームと呼ばれるブラシを使ったスイーピングはハードな運動だ。そもそもスイーピングとは、ストーンの進行を調整するために行われている。

「ブラシの先には布が張ってあり、これを擦ることで摩擦熱を起こし、ペブルを溶かしています。そうすると瞬間的に水の膜ができるので、ストーンは進みやすくなります。基本的にスイープを使うのは、ストーンを真っすぐ進めたいときと大きく曲げたいとき。真っすぐ進めたいときには、少し強めにストーンを離し、最初からスイープし続けますが、大きく曲げたい場合はストーンを離す瞬間に曲げたい方向に回転をかけて、ストーンの直進する力よりも曲がる力が働く場所、つまりストーンが曲がり始める“ブレイクポイント”から掃き始めます。そうすると曲がる力のベクトルが伸びて、ストーンは大きく曲がることになります」

ブルームのヘッド部分は、ナイロンのような合成繊維か、豚か馬の毛などで作られている。世界大会における基準では、ここに使用される布も統一で決められている

ストーンは、射出から停止までに3回半から5回ほど回転する力をかけて放たれる。ストーンを曲げたい場合には、直進するエネルギーと回転するエネルギーの折衝点を見極めた上で、狙ったところに届くようスイープを行っていくわけだ。

この話を聞いただけでも、カーリングにおいてどれだけ運動エネルギーへの理解が必要なのかが分かるだろう。

「スイーピングは1試合あたりで、合計約2kmもの距離を掃いている計算になります。全速力で掃く動作は有酸素運動なので、とても消耗します。以前、テレビ番組で取り上げていただいたときには、バレーボールの5セットマッチと同じくらいのカロリー消費量と言われました。

なので、他の競技と同様、体力づくりのために走り込みなどを行っています。カーリングの試合は1試合3時間と長いので、長期的な持久力と短期的な瞬発力の両方が必要となってくるのです。必然的に二の腕に筋肉がついてしまうので、女性選手は『着たい服が着られない』と嘆いていたりもします(笑)」

肉体に加えて、頭脳もフル稼働させるカーリングは、選手自身のエネルギー消費も激しいスポーツといえる。試合中の5分間のハーフタイムには、栄養補給として果物を摂取することも多いのだという。

最後に、現在開催中の平昌大会における、男子日本代表(SC軽井沢クラブ)、女子日本代表(ロコ・ソラーレ北見)の見どころについても聞いた。

女子日本代表チームとして平昌で戦っているロコ・ソラーレ北見(LS北見)。左から本橋麻里選手、吉田夕梨花選手、吉田知那美選手

写真協力:公益社団法人 日本カーリング協会(第34回 全農 日本カーリング選手権大会より)

「男女共にチームとしての進化を遂げていて、特に2016年の世界選手権で2位になった女子チームは結果がすごく楽しみですね。また、男子については1998年の長野大会以来の出場となります。なので、ぜひ女子とは違ったパワフルなカーリングを見ていただきたいです。カナダでゴールデンタイムに放送されているカーリングの試合では、男子の方が圧倒的に視聴率が高い。というのも、男子の試合はリスクを承知で大量点を狙いに行って局面が大きく変わるなど、見ていて非常に面白いんです。そういった男子のパワフルさも一つの注目ポイントだと思います。試合の解説を聞きながら真剣に1試合を見れば、カーリングのルールは分かるはずなので、ぜひ楽しんでください」

20年ぶりに出場を決めた男子の日本代表の試合で、女子とは違うストーンのスピード感も楽しんでほしいと語る倉本氏

2月18日の日程終了時点で、男子は3勝3敗で4位タイ、女子は4勝1敗で2位タイ。2月24日(土)の男子決勝、2月25日(日)の女子決勝まで韓国・平昌の氷上で熱戦が繰り広げられる。日本カーリング史上初のメダル獲得なるか、期待が高まる。

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