特集
冬季スポーツエネルギー論

空気抵抗と摩擦抵抗を最小限に!スピードスケートのもう一つの戦い

余分な抵抗にとられるエネルギーを減らし運動エネルギーに変換させるスーツと靴のカラクリ

本特集でも触れたスキージャンプでは高梨沙羅選手が銅メダル、フィギュアスケートの羽生結弦選手が金メダル、カーリングは女子代表チームが銅メダルと、見事な好成績を収めた平昌(ピョンチャン)大会。中でも女子スピードスケートは、3つの金メダルを含む合計6個のメダルを獲得し、多くの感動の声が集まった。特集最後の本稿では、そんなスピードスケートとエネルギーについて、“道具”の視点から見ていきたい。

外的エネルギーの70%は空気抵抗に使われる

2月25日に全日程が終了した冬季スポーツの祭典、平昌大会。今大会で日本勢は、20年前の長野大会を超える、獲得メダル数13個という過去最高の結果を残し、フィナーレを迎えた。そんな中、特にその“飛躍”が目覚ましかったのは、女子スピードスケートではないだろうか。

これまで男子優勢と言われ、女子は1992年に橋本聖子選手、94年に山本宏美選手、そして98年に岡崎朋美選手がそれぞれ冬季大会でメダルを獲得したが、いずれも銅メダル(パシュートではバンクーバー大会で銀メダルを獲得)。しかし、平昌大会では、髙木美帆選手が1500mで銀メダル、1000mで銅メダルを、小平奈緒選手が1000mで銀メダル、500mで金メダルを、団体パシュート(髙木美帆、高木菜那、佐藤綾乃、菊池彩花)では金メダル、大会最終日にも高木菜那選手が今大会の新種目であるマススタートで金メダルを獲得する快挙を達成した。

もちろん選手が日々鍛錬し、培ってきた能力がもたらした結果ではあるのだが、これだけの“飛躍”には、何か別の理由もあるのではないだろうか。選手たちが練習を積み重ねていたその背後では、1秒以下のタイムを極限まで詰めていくための裏の戦いも繰り広げられてきていた。選手の能力のみでは削りきることはできない、抵抗との戦いである。

スピードスケートの場合、選手たちが着る競技用スーツが担う役割は非常に重要である。「スピードスケート競技は、滑走中の外的エネルギーの70%以上が空気抵抗のために使われるといわれていますので、酸素分圧の低いことによるエネルギー出力の低下より、空気抵抗の小さいことの方が、記録を生む大きな要素となる」(日本体育協会「ガイドラインとそのスポーツ医科学的背景」/前嶋孝より)といい、日本でも空気抵抗を抑えるための開発がされてきた。しかし、4年前のソチ大会で日本はメダルを取ることができなかった。

「今回の好成績は、選手たちの日々の努力やチーム・トレーニングの改革と、開発したスーツがうまくリンクしたのだと思います。レーシングスーツを公益財団法人 日本スケート連盟と共同開発し、一緒に研究を進めてまいりました。その開発過程で、結果、コーチからも『トレーニングも変えたし、選手自身が変わったことが大きいけれど、新しいスーツと4年前のスーツではタイムに差が出ている』という声を掛けていただきました」

そう語るのは、今大会でスピードスケートの日本代表が着用した「レーシングスーツ」を開発したミズノの辻中克弥氏だ。屋内で管理されたリンクで滑る以上、スピードスケートの結果はタイムに全てが出る。

「今回のモデルではまず、生地にウレタンのフィルムを貼り合わせた『ウレタンラミネート素材』の面積と形状を変えました。この素材は、伸ばすのに強い力が必要で、縮もうとする力が強い。イメージでいうとゴムのような伸縮性があります。これによって、選手の体幹を安定させ、姿勢のサポートを強化しようと考えたのです。

さらに前頭部、前腕部、膝、下腿部に、2種類の異なる凹凸表面のニット素材を使用し、空気抵抗の低減を維持しようと考えました。スピードスケートは、低い前傾姿勢で体重を移動させながら、氷を押すようにして脚を斜め後ろに動かし、前に進む力(推進力)を得て速く進む競技です。そのため、空気抵抗は少ない方が推進力が増すんです」(同)

写真提供:ミズノ

今大会で採用され、日本代表選手が着用したレーシングスーツ。腕や膝周りなど、凹凸のある素材であることが分かる

写真提供:ミズノ

抵抗には、表面摩擦抵抗と形状(圧力)抵抗がある。ウレタンラミネート素材の表面は、ツルツルとしていて表面摩擦抵抗が小さいため、スーツ表面の多くに使えば抵抗が下がるように思うが、実は大部分を占めるのは形状(圧力)抵抗なのだ。となれば、形状抵抗を徹底的に研究する必要があった。

「バスとレーシングカーの形で、どちらが抵抗が小さいかといえば、レーシングカーですよね。理由は、形が違うからです。それが形状抵抗なんです。風をうまく後ろに流すことによって、前の圧力と後ろの圧力差を小さくすると、後ろに押される力(抵抗)を抑えられます。流線形が理想ですが、人間の体を変えることはできない。なので、うまく体になじませながらも、風が流れるようにするためには、体の部位によってつるつるした素材よりも凹凸のある素材の方が有効な場合があるんです。

凹凸素材を使うことで抵抗低減に効果があるのは、円柱や球体形状である前頭部・前腕・膝・すね・ふくらはぎ。ここに凹凸の大きさを変えた素材を配置しました。逆に、平らで大きな背中には、凹凸素材を使用すると抵抗を大きくしてしまいます。体の部位による素材の使い分けが難しい点ですね。実際、何度も条件を変えて実験を繰り返しました。姿勢保持や動作サポートも考えつつ、抵抗をどれだけ低いままで維持できるのかが非常に難しいんです」(同)

2分53秒89の大会レコードで金メダルを獲得した女子団体パシュートは、スピードスケート競技の中でも、特に空気抵抗が関わる種目となっている。3人が縦1列になって進むパシュートは、常に一番前の選手が最も大きな空気抵抗を受けるため、後ろにいる間は抵抗に対する力を温存することが可能となる。ただし、2人が前に進んでいるにもかかわらず1人が遅れた場合、その1人に対しても空気抵抗が直接発生するため、バランスが崩れてしまう。

パシュートの性質からも分かる通り、選手自身の運動エネルギーを空気抵抗に対してではなく、少しでもスピードを上げる方に使えるようにできるかが、勝負の鍵となるのだ。

レーシングスーツは体の部位ごとに、動きやすさや空気抵抗を考慮し、使用する素材を使い分けている

1000分の1mm単位の精度

では、その選手の運動エネルギーをダイレクトに受け止めることになる、スケート靴についてはどうか。今大会のパシュート、マススタートで2つの金メダルを手にした高木菜那選手が所属する「日本電産サンキョー」スケート部の用具技術サポート担当である小澤竜一氏に聞いた。

「まず、スピードスケート靴は大きく分けて3つのパーツから構成されています。足を入れる『靴』の部分、中間部分となる『スラップ(靴とブレードをつなげる部分)』、そして氷に接触する『ブレード(刃)』です。長野大会のころ、弊社ではその精密部品加工技術を生かしてスラップスケートの開発を行っていましたが、現在ではブレードの調整部分で技術サポートを行っています。このブレードを選手の要望に合わせて1000分の1mm単位で調整することで、1秒以下のタイム差に影響が出てくるのです」

オルゴール製造に始まった精密部品加工技術は今、日本のスピードスケートにも大きく還元されている

写真提供:日本電産サンキョー

大きく分けると、ブレードには2種類の調整が必要だという。

一つは、「ロック」。一見すると、氷と接している面が真っすぐになっているように見えるブレードだが、ミクロン単位で計測すると、実は弧を描いていて、ブレードのある1点だけが氷と接する状態になっている。これを業界では「ロック」と呼んでおり、摩擦抵抗を考えた場合、氷と接する部分が少なければ少ないほど滑走時の抵抗が減ってスピードが出るため、1000分の1mm単位で削りをかけているのだ。しかし、ただ氷と接する面を小さくしただけでは、推進力を氷に伝える面も小さくなってしまう。この絶妙なバランスの調整は、手作業でしか行えないという。

もう一つは、「曲げ」と呼ばれる調整だ。ブレードを上から見た場合、カーブと同じ方向に弧を描くように曲がっている。選手がコーナーを曲がる際、今度は低抵抗を意識した「点」ではなく、安定性を重視したサイドの「面」で氷を捉える必要があり、ここでもまた、1000分の1mm単位の調整が必要となるのだ。

ブレードにおける「ロック」と「曲げ」。ブレードがそれぞれの矢印の方向にわずかに曲がっている。肉眼ではなかなか分からないが、このわずかなバランスの調整が結果を左右する

写真提供:日本電産サンキョー

「1000分の1mm台で調整をするので、選手のブレードをいじるときには同じ温度環境で行うことも気をつけています。金属も膨張するので、リンク上のマイナス温度の場所と、暖かいホテルの中では、全然違うんです。

同じ40cmの長さのブレードでも、土踏まずのところに違和感があるとか、氷の引っかかりが悪いとか、普通の人では気付かないような違いにも、選手は敏感です。むしろ1000分の1mm単位の誤差に気付ける選手だからこそ、メダルが取れるのかもしれません」(同)

ミズノの辻中氏も、日本電産サンキョーの小澤氏も、何より大事なのは、「選手が違和感を覚えず、安心して競技に臨めること」だという。

「フード一つとっても、頭の大きさ選手ごとに違います。フィットしていなければ、風を受けてフードがパタパタしてしまい、そこに余分な空気抵抗がかかってしまう。なので、ギリギリまで調整が必要な場合があるんです」(辻中氏)

選手たちの血のにじむような努力の裏で、こうした戦いが行われていたことも、忘れてはならないのではないだろうか。また4年後、さらなる飛躍を見せてくれることを期待したい。

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