特集
地中にうごめくエネルギー

ダムの治水能力を高める!日本最大級の「トンネル式放流設備」建設が進行中

水害対策はもちろんエネルギー活用もできる巨大トンネル

1964(昭和39)年に完成した、京都府宇治市の天ヶ瀬ダム。近年、異常気象による集中豪雨などで思いも寄らない水害が発生する可能性が指摘されている。そんな危機を回避するべく、国の河川整備事業として、天ヶ瀬ダムに日本最大規模のトンネル式放流設備を新設予定だ。治水・利水機能の増強を目的としたこの大規模な再開発工事に携わる、天ヶ瀬減勢池部JV工事事務所の村上正一所長に話を伺った。

計画から着工まで18年の月日を要した一大プロジェクト

今回の再開発事業を語る上で、そもそもの天ヶ瀬ダムの成り立ちをひもとく必要がある。

1953(昭和28)年、台風13号によって宇治川の堤防が決壊。宇治市をはじめ、下流域の枚方市(大阪府)などに多大な損害を与えた。これを機に、翌年、淀川水系改修基本計画が決定され、1955(昭和30)年から天ヶ瀬ダムの建設工事がスタート。東海道新幹線開業、五輪東京大会開催の年である1964年に無事、完成となった。しかし翌年には台風24号の影響で、またしても宇治市を中心に大きな被害を被ることになる。“ダム機能の強化の必要性”という課題は、このころからすでに議論されていたのだ。村上所長は語る。

「天ヶ瀬ダムにバイパストンネルを造って洪水防御の要とする、という具体的なプロジェクトの話自体は1975(昭和50)年ごろ、ダム周辺の地質調査の開始から始まっています。一方で、1969(昭和44)年の京都府営水道事業から供給する水の容量拡大要請、さらに1972(昭和47)年には関西電力からも喜撰山(きせんやま)発電所への水の供給増量の要請がありました。これは同発電所が天ヶ瀬ダム湖に注ぐ寒谷川に設置された喜撰山ダムを利用しており、その発電量を増やすためです。

つまり治水だけではなく利水の必要性もありました。そこで天ヶ瀬ダムに課せられた使命は大きく2つ。まず第一に放流能力の増強。自然エネルギーにおけるダムの治水容量をより効率的に活用することで、洪水調節機能を強化することです。そして2つ目が安定した電力作り。洪水の起こりやすい夏季も、より多くの水を喜撰山発電所に送ります。その上で貯水池運用の効率化を図り、洪水対策や発電に影響を与えることなく水道用水を取水する。天ヶ瀬ダムにできるエネルギー効率の向上を目指したわけです」

「天ヶ瀬ダム再開発トンネル減勢池部建設工事 大林・飛島特定建設工事共同企業体」における天ヶ瀬減勢池部JV工事事務所 所長として現場の指揮を執る村上所長

こうして天ヶ瀬ダムの“使命”を全うするべく、⽇本最⼤規模のトンネル式放流設備工事のプロジェクトが動き始めることとなった。

現在の天ヶ瀬ダムは、3基のゲートから放流される水量が最大で900m3/s(秒)とされているが、今回の工事で600m3/s増え、最大で1500m3/sを流せる状態になるという。また、電力に関しても新たに約11万kWの供給が可能に。そして、水道用水も1日当たり約5200m3(約17万人分)を確保できるとのことだ。

この数値を見ただけでも“エネルギー効率の向上”がなされていることが理解できる。

「1995年に基本計画を策定し、そこからトンネル式放流設備を作るルートの選定、施工方法などの検討を行い、実際に工事が始まったのが2013年……結局18年もの歳月を要しました。ほとんどが地質の調査にかかる時間でしたが、今回のプロジェクトで造るタテ約26m、ヨコ約23mという日本最大規模の空洞(トンネル)は、例えば地下発電所とか、ガスや石油の地下備蓄の設備に匹敵するほど巨大なものなんです。水路としてのトンネルでこのような規模は非常に珍しい。

最終的にこの規模に決定となったのは、模型を造って実験を繰り返し、断面の大きさであるとか、どれくらいの放流能力にしようなどをシミュレーションした結果です。ただ、今回は宇治川沿岸のすぐ脇に施設を造らなければならない。いざ着工した後も、問題は山積みでした」

写真中央の橋のたもとで作業が行われている。完成時には、一般的な道路トンネルの7~8倍もの断面積を誇る水路トンネルとなる

写真提供:国土交通省 近畿地方整備局 琵琶湖河川事務所

ダム貯水池から水路トンネル、今回工事を行っている減勢池部を通り宇治川へ。貯水量の効率的な調整が可能となる

イメージ図提供:国土交通省 近畿地方整備局 琵琶湖河川事務所

困難な状況を知恵と技術で乗り越える

その問題の一つが、「F0破砕帯」と呼ばれる非常にもろい地層の想定以上の広がりだった。

「地質の調査にはあらゆる分野のスペシャリストが担当します。調査報告書だけでも相当なボリュームでした。その中で、F0破砕帯があるということは分かっていました。普通はそこを避けて工事を行うものなのですが、今回に関しては、先ほども申しました通り、造る場所、掘る場所に“宇治川沿岸”という制限があります。さらに、実際に掘ってみると、F0破砕帯が事前調査での想定より1.5倍ほどさらに大きかったんです。このことがきっかけで、そもそものトンネルの設計や計画を見直さざるを得なくなり、結果、工程終了の時期も延びてしまいました」

「トンネル工事というのは、地質調査を丹念に行ったとしても実際に掘ってみないとどんな地層が出てくるのか分からないという側面もあります」と村上所長は言う

出典:大林・飛島特定建設工事共同企業体パンフレットより

また、困難は自然界だけではなかった。

「今回の現場が非常に閑静なところでして…騒音・振動の関係で22時以降の発破(火薬類の爆発力を利用して岩などを破砕する作業)ができなかったんです。例えば『今から作業をしても、発破をかけられるようになるころには22時を過ぎてしまう』となると、掘削作業がストップしてしまう。当初の計画は、24時間いつでも発破をかけられる状態で計算されていたので、そこにも悩まされました」

しかし、村上所長には困難に打ち勝つ“知恵”があった。

「『4tブレーカ』という掘削機を導入しました。これは、トンネル工事では最大級のものです。検討した結果、この掘削機は岩盤をたたいて砕く十分なエネルギーを持ちながら、発破ほどの振動にはなりません。これで、夜間の破砕作業もなんとかできるようになったんです。苦慮の結果でしたが、功を奏しましたね」

さらに活躍した重機もあった。それが「ドリルジャンボ3ブーム」だ。この機械の導入にも、村上所長ならではのこだわりとアイデアがあった。

「これは発破のための削孔・装薬とロックボルト(岩盤内の削孔に差し込んで使用するボルト)の打設に使用する機械で、トンネル工事では一般的に導入される重機です。今回はフィンランド製のものにこだわりました。この現場で使用することを考えると、日本製のものに比べ、あらゆる面でエネルギー効率が良いのです。ヨーロッパは硬い地盤の山が多いという特性があるのですが、掘るスピードとパワーがこの現場なら優位と判断しました。また、日本製のものよりブームの届く範囲が広いのも大きなメリットです。今回のような広大な穴の中での作業ですと、日本製のものは重機自体の移動が必須になります。それだけでエネルギーロスが発生してしまいます。フィンランド製だと、高い場所にもアームが簡単に届いてくれる。かなり作業の効率化につながったと思います」

「ドリルジャンボ3ブーム」は、穴が小さいときはブームを2本にして作業ができるなど汎用性も高い

写真提供:大林組

具体的な施工フローは14段階に分けられており、取材時はちょうど「8段階目」の工程が行われている真っ最中。簡単に記すと以下のようになる。

1.側壁導坑掘削
2.中央導坑掘削~シュート部上半掘削
3.側壁導坑拡幅掘削
4.RC円柱支保工(F0破砕帯対策工)
5.側壁導坑コンクリート
6.アーチ部掘削
7.1段ベンチ部掘削
8.アーチ部覆工コンクリート
9.2段ベンチ部掘削
10.3段ベンチ部掘削
11.シュート部覆工コンクリート
12.4~7段ベンチ部掘削
13.低版コンクリート
14.側壁コンクリート

「工事にはたくさんの工程があります。一気に大きな穴を掘ることはできないので、最初は小さい穴から掘っていきます。工事の方法としては1950年代にオーストリアで考案された『NATM(ナトム)』を採用しています。ヨーロッパで生まれたということで、もともとは硬い岩盤に適したものでしたが、今ではさまざまな地質に適合し、トンネル工事の主流となっています。簡単に言うと、吹き付けコンクリート(すぐに固まる特殊なコンクリート)とロックボルトで、地山が掘られたところを支えるという工法です」

取材時の工事現場。上部のドーム部に防水シートを施している。ここからさらに約18mも下まで地盤を掘り下げる作業が今後行われる

この巨大な空洞に身を置くと、異世界に紛れ込んだかのような錯覚に陥る。まるでSF映画のワンシーンのようだ

使命は天ヶ瀬発電所の運転を邪魔することなく終えること

現在作業中の工程「8」は2019年2月末まで続く予定。その後も、さらに地盤を掘り下げて、コンクリートを打設していくという途方もない作業が待ち構えている。すでに現在までで作業時間は33万時間を超え、関わった労働者の延べ人数は約4万人という。文字通り“日本最大級のトンネル式放流設備”の建設。最後に、村上所長にプロジェクトに関わった感想を聞いた。

「これほどの規模の工事に関わることはなかなかありませんので、非常にやりがいを感じています。土木のプロであるわれわれでも、なかなか見ることのできない重厚な設計がなされています。例えば、耐震の照査をしてもかなりのレベルの振動エネルギーに耐え得る構造になっているのも誇りに思います。どうやって進めればいいのかと迷うときもありますが、発注者の方々や多くのスタッフと対話しながらこれまでやってきました。とても貴重な体験をさせてもらっています。工事が難しい分、やり終えたときの達成感はきっと何物にも代えがたいものになるでしょうね。また、すぐ脇に天ヶ瀬発電所が常時運転しています。そこに迷惑をかけやすい位置の工事であるにもかかわらず、今のところ幸いありません。最後まで天ヶ瀬発電所の運転に影響を及ぼすことなく工事を終えるというのが、われわれの使命でもあります」

そして、さらに襟を正すように座り直し、こう続けた。

「喜撰山発電所での約11万kWの発電量増大というのもモチベーションの一つです。昨今は、化石燃料を使わない再生可能エネルギーというものにスポットライトが当たっていますね。私自身はトンネルを掘ることを生業にする土木の人間ですが、今回携わることのできた“水力”というものが見直され、再生可能なエネルギーが活用される世の中になっていけば、と願っています」

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