特集
異常気象と温暖化の相関性

3年で予測スピードが1/10に!ゲリラ豪雨研究の最前線

カギは雨雲の高さ!早く的確に予測するための最新レーダが実証実験中

さかのぼることちょうど10年前(2008年)、気象を伝える新しい言葉が生まれた。その年の新語・流行語大賞トップ10にも選ばれた「ゲリラ豪雨」だ。前触れなく突然降りだすことが命名理由の一つとも言われ、現在ではすっかりおなじみの気候現象になっている。そんな「ゲリラ豪雨」を1秒でも早くキャッチアップするための実験がスタートしている。プロジェクトの一翼を担うレーダ気象学のスペシャリスト、岩波 越(こゆる)先生に「ゲリラ豪雨」予測の現状を聞いた。

雨の正体を一刻も早く捉えるために

ことし7月、内閣府のSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)「レジリエントな防災・減災機能の強化」の施策として、世界初の実用型「マルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダ『MP-PAWR』」を使った実証実験がスタートした。

この実験は情報通信研究機構、首都大学東京、東芝インフラシステムズなど産学官が一体となった研究グループによって進められているが、防災科学技術研究所 レジリエント防災・減災研究推進センターで観測予測技術開発チームを率いる岩波研究統括も、そのメンバーの一人だ。

「MP-PAWRを設置している場所は埼玉大学です。MP-PAWRが観測できるのは半径60~80km圏内なので、ほぼ首都圏エリアをカバーできるんです。対象は、いわゆるゲリラ豪雨と強風、竜巻です」

埼玉大学に設置され、実証実験に使われているマルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダ(MP-PAWR)

MP-PAWRとこれまでのレーダの違いについて岩波研究統括はこう語る。

「現在、気象観測用に使われているレーダは、パラボラアンテナから細い電波のビームを出して水平方向にぐるっと回転させることで“面”として情報を得ます。そして少しずつアンテナの角度を上げていくことで、ようやく3次元的な情報をつかむことができるのです。1周20秒ほどかかりますので、雨雲の全体を観測するためには、5分以上かかってしまいます」

そんなに時間がかかっては、突然降るゲリラ豪雨には対応できない。この課題をクリアするために2012年に開発されたのが、電子的にビーム方向を変更できるフェーズドアレイ気象レーダ(PAWR)だ。

「こちらは上下方向に広がった電波を発射し、複数の鋭いビームで受信します。したがって、アンテナを1周するだけで、雨雲全体のデータをすき間なく収集できるようになりました。5分以上かかっていたものが30秒ほどで済むようになったのです」

パラボラアンテナとフェーズドアレイアンテナの違いを示す概念イラスト。パラボラアンテナで3次元的な情報を得るためには、アンテナの向きを段階的に上げていくしかないため、どうしても時間を要する

画像提供:首都大学東京提供

これで“時間”という課題はクリアできたが、残る問題もあった。

それは“雨量”の正確な計測だ。

「雨粒に当たって返ってくる電波の強さと雨の強さの関係は変動が激しく、また電波は強い雨に当たると、そこで弱められてしまいます。そのため、電波の強さからだけでは雨量を正確に見積もることができません。雨量計測については二重偏波観測機能を持つ、XバンドMP(マルチパラメータ)レーダの方が優れていました。そこで生まれたのが、両者のハイブリッドであるMP-PAWRなのです」

MP-PAWRは水平偏波と垂直偏波(電界の振動方向が水平方向、垂直方向の電磁波)を同時に送受信できる二重偏波(マルチパラメータ)機能を装備。これによって高速で3次元観測できる機能を持ちつつ、雨量の計測精度を向上させることが可能になった。

※詳細は、実証試験開始を発表した2017年秋時点の記事を参照。詳細はこちら

岩波研究統括はそのメリットについて「例えば、雨雲の発達過程が非常に詳しく分かるようになりました」と言う。

そして、このMP-PAWRの実際の効果を測定しようというのが、この夏に行われた「豪雨直前予測情報」実証実験だ。

2000人の協力で進められた実験

今回の実証実験には、公募によって集められた2000人の一般の方が参加している。

「参加者には事前に予測雨量を知りたい最大2地点と、基準雨量の設定をしてもらいます。さらに配信期限やメール受信間隔なども設定できて、登録地点で現時点から30分先までに設定値以上の雨が予測された場合、メールでその情報を受信できるようになるわけです」

配信情報の前提となる雨の予測の仕方について、岩波研究統括はこう説明する。

「雨域が観測時の強さと動きを変えないと仮定し、そのまま移動させて未来の雨量予測を行う、ナウキャストという手法があります。従来は地面付近の雨の分布だけが利用されていましたが、未来に降ってくる上空の雨水(VIL=鉛直積算雨水量)の変化も加えて利用するVILナウキャスト手法を開発しました。上空の雨の情報を使うことで、より早く検知して、従来は難しかった雨雲の発達・衰弱もある程度考慮できるようになるのです」

なぜ、高さ方向を見ることが必要なのだろうか?

「ゲリラ豪雨の予測に関して、MP-PAWRが優れている点は、すき間の無い3次元観測が高速で行えることです。未来に降ってくる上空の雨をいち早く捉えて予測を行うVILナウキャスト手法は、この特徴を生かした予測手法といえます」

従来のナウキャスト手法では、地表付近(水色のライン)を監視しているため、雨が降り始めなければ予測につながらなかった。MP-PAWRによる高さ方向の観測が可能になると、上空で雨粒が発生した段階(赤枠)から予測できるので、より早い情報発信が可能となる

岩波研究統括らは、2015年にXバンドMPレーダを使って同様の実証実験を行っている。しかし、そのときは3次元観測に約5分かかっていた。さらに情報を準備する作業もあり、配信までおよそ7分を要した。それほど時間がかかるようでは、ゲリラ豪雨に対応するのは難しい。

「それが今回は30秒でデータが取れるようになり、データを処理する速度も早めて、1分間隔で予測情報を配信できるようになりました。ゲリラ豪雨は突然降りだしたり、強くなったりしますよね。対応するには情報の迅速な更新性が大事なのです」

では、その実力はどのようなものなのだろうか。

上の画像は7月24日の実証実験時のものだ。

左端の画像は同日20時19分の雨の分布。この弱い雨が降っている段階での10分後、20分後、30分後の予測が上の3枚の画像だ。黄色の部分が30mm/時以上のどしゃ降りの雨の範囲を示し、さらに中心部の強い雨(橙から紫の部分)が予測されている。

これに対し、下半分の3枚は実際の観測結果。

強雨の広がり方に多少の違いはあるものの、予測とほぼ同じ傾向で強い雨が降っていたことが見て取れる。

「現時点での感触としては、やはり“早さ”が印象的です。3年前は7分以上かかっていたものが、今は1分で出すことが可能になりました。しかも、精度も従来の手法より高くなっています。この差は歴然ですよね」

実験の先に見据えているものは?

そもそもゲリラ豪雨とは何か──。

これに定義はなく、気象庁では「局地的大雨」と呼んでいる。

「急に強く降ってきて、降水時間が1時間になるかならないかくらいの短い時間に、狭い範囲に数十ミリ程度の雨量をもたらすものが、いわゆる“ゲリラ豪雨”と呼ばれるものです。そしてこのゲリラ豪雨に対応する短時間の強い雨は、事実として増加傾向にあります」

埼玉大学に設置されているMP-PAWRから届く3D画像を見ると、雨雲の高さがリアルに分かる。青→黄→赤と雨が高くなっていることを示す

画像提供:東芝インフラシステムズ

増加している原因に温暖化を疑う声は多い。

本特集においてこれまで触れてきたように、温かくなれば空気に含まれる水蒸気の量が多くなり得るからだ。

「確かに、その傾向によって“現象としてのゲリラ豪雨が増えている”ということはできるかもしれません。加えて言うなら、『都市型の水害が増えている』というインパクトが、ゲリラ豪雨という言葉が浸透した理由でもあると思います」

ゲリラ豪雨が流行語となった2008年に印象的な水難事故があった。8月、東京都豊島区の下水道内で工事作業をしていた人たちが、突然の豪雨・増水により流されて命を失うという悲惨な事故が起きた。

「たいていの下水道は1時間に50mmの雨に耐えられるように設計されています。それを超えると排水が追いつかず、われわれの社会生活に対する影響がとても大きくなります。それを可能な限り未然に防ぐためにも、このプロジェクトがあるのです」

MP-PAWRの導入によって、天気予報の精度が格段に向上すると手応えを感じている岩波研究統括だが、次の課題はそれを“どのように伝えるか”だと考えている。

「この実証実験では、予測雨量をEメールで文字情報として配信しています。問題は、受け取る側に“どれくらい切迫感をもって捉えてもらえるか、行動につなげてもらえるか”だと思っています。ですので、文字がいいのか?文字だとしても表現をどうするのか?それとも3Dアニメのようなもののほうが良いのか?

今回、既存のスマホ・アプリを活用して、“現在地”に対する雨の予測情報をイラストを含めたり、飲食店で使えるギフト券を付けたりして届けた上、受け手の行動を追跡させてもらう実験も部分的にですが行っています。伝え方については、まだ議論が必要ですね」

今夏の実証実験で配信された「豪雨直前予測メール」の例

実証実験は今年度で終了。以降、実用化に向けて本格的に動きだす。

その先には2年後に迫る夏季五輪東京大会がある。世界中から観戦に訪れた人に対して、いかにして分かりやすい天気予報を伝えるかということは、非常に大きな課題になるだろう。

「ゲリラ豪雨のように急に、しかも強く降る雨に対しては、MP-PAWRで得た情報を少しでも早くお知らせすることで、さまざまな対策が取れると思っています。先の例では、下水道工事をしていた人たちに地上に上がれと指示できたかもしれないし、川辺で遊んでいる人たちを増水した川から遠ざけることができたかもしれません。

得た情報を、いかにして伝え、役立てていくか──。そこをこれからもっと考えていかなければなりません」

岩波研究統括の視線のその先は、未来の気象予測の形がしっかりと映し出されている。

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