特集
ウイルス感染予防論

アルツハイマー病や肥満の予防にも!ワクチンが秘める可能性とは

ウイルス退治はワクチンだけの仕事じゃない?進むアジュバント研究の今

特集第2回でも触れたとおり、インフルエンザウイルスは間違いなくことしもやって来る。そして、予防のためのワクチンを人々は接種する。この「ウイルス」と「ワクチン」は、そもそもどのようにせめぎ合っているのか? ワクチンとその効用に大きく関わる因子「アジュバント」の研究開発を専門とする、国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 ワクチン・アジュバント研究センター センター長の石井健氏に、抗ウイルスの現在、そしてこれからを聞いた。

ワクチンはウイルスからつくられる

「例えばインフルエンザのワクチンは何からできているかというと、“無害化した”インフルエンザウイルスからできています。ウイルスを一度バラバラにして、そこから熱の原因などになるものを取り除き、人の免疫システムが認識できるHA(ヘマグルチニン)というタンパク質にしているのです」

まずそう教えてくれたのは、ワクチン・アジュバント研究センターでセンター長を務める石井健氏だ。

ウイルスによる感染症にはいろいろあるが、多くの場合、一度かかるとそのウイルスに対して体が強くなり、二度はかからないと言われている。それと原理はほぼ同じで、ワクチンとは簡単に言うと、体にウイルスを覚えさせるためのもの。ワクチンを体に入れることで、ウイルスに“感染するマネ”を体に認識させる。するとそのワクチンのもとになったウイルスに対して免疫ができるため、病気になる原因を持ったウイルスが体に入ってきても、やっつけたり、弱めたりできるというわけだ。

現在、特殊な配列のDNAを用いたアジュバント開発を手掛けているワクチン・アジュバント研究センター センター長の石井氏

「現在ワクチンで予防できる疾患というのは世界中で27種類あり、インフルエンザ、天然痘、破傷風などがそこに含まれます。新しいワクチンもどんどん登場していて、帯状疱疹(たいじょうほうしん)のワクチンもことし日本で認可されたので、来年には世の中に登場するのではないでしょうか」

帯状発疹とは、ヘルペスウイルスの一種、水痘(すいとう)・帯状疱疹ウイルスによって発症する。子供のころに水疱瘡(みずぼうそう)にかかった場合、大人になって免疫力が低下してくることで、体内に残っていた水痘・帯状疱疹ウイルスが再び活発化してしまうのだ。「大人の水疱瘡」として話題になった帯状疱疹だが、このワクチンにより、水痘・帯状疱疹ウイルスの再始動を予防することができるという。

ちなみにワクチンには、ウイルスの毒性を弱めた生ワクチン、不活性化および消毒した不活化ワクチン、毒性をなくしたトキソイドがある。生ワクチンはウイルスが弱いものの生きていて、体内で増えながら免疫力を高めていくため、免疫ができるまでに時間がかかるが、接種は1回で済む。不活化ワクチンとトキソイドはウイルスの能力をなくしているので、免疫ができても力は強くなく、複数回接種することで免疫力を維持する。

これらワクチンの開発には実に20年近い歳月を要するそう。数え切れない実験を行い、人間の体に入れても安全だというお墨付きが得られて初めて認可される。だから世界中で日々研究・実証が行われているが、何がいつ認可されるかはその進捗(しんちょく)次第。ただし、常に進化しているということは言えそうだ。

日本で接種できるワクチンの種類一覧(2018年9月1日現在)

出典:国立感染症研究所

ワクチンの効果を高めるアジュバントの存在

ところで、実はワクチンだけを投与しても、その効果は持続しない。ワクチンの効果を高め、持続性をよくするために、ほとんどのワクチンには「アジュバント」と呼ばれるものが含まれている。

「アジュバントとは、ひと言で言うと“ワクチンの効き目を高めるもの”です。特定の物質名ではなく、効果を増強する因子の総称。一般的には耳慣れない言葉ですが、開発の歴史は80年以上もあるんですよ。アルミニウム塩をベースにつくられるものが現在は主ですが、他に人間の体内にもともと存在する核酸などでもアジュバントはつくられています。アジュバントを含んだワクチンを投与すると、含んでいない場合に比べて免疫反応は早く起き、その効果も高く、しかも免疫力が長く持続する。そして現在の研究は、この免疫力をどこまで長くできるかという点に重点を置いています」

アジュバントの有無によってワクチンの効果は大きく変わる

画像協力:石井健

先述したワクチンの種類のうち、生ワクチン以外は全てアジュバントを含んでいる。具体的な病名で言うと、ジフテリア毒素や破傷風、百日咳、B型肝炎、肺炎球菌など、よく知られる感染症のワクチンのほとんどに含まれているのだ。つまり効果があると言われているワクチンには必ずと言っていいほどアジュバントが含まれており、逆にアジュバントなしのワクチンは効き目が低い、と言えるそうだ。

また、アジュバントには効き目を高める以外にも、メリットがある。

「アジュバントはワクチンの効き目を高めるものなので、ワクチンの中にある不活性化・無毒化したウイルスなどの抗原(免疫反応を発生させる物質)の効き目を高めた上で、そもそもの含有量を減らすことも可能になります。例えばインフルエンザが大流行し、より多くのワクチンが必要になったときには、アジュバントを含むことによってワクチン1つあたりに使う抗原量を減らすことができるので、より多くのワクチンを作り出せることになります。それに、効き目が高ければ、ワクチン摂取量を減らすこともできるでしょう」

仮に「抗原15マイクログラム:アジュバントなし」のワクチンがあったとしよう。ワクチンの効きをよくするアジュバントを入れれば、同種のワクチンが大量に必要となった場合、理論上では抗原を半分から10分の1にしても、効果がさほど変わらないワクチンをつくることができるという。

ちなみに、アルミニウム塩をもとにつくられているアジュバントは、約90年前に偶然その効果が発見された。製造方法が確立して保存性も優れているため、1932年にジフテリアワクチンに用いられてからというもの、現在世界で最も普及しているアジュバントだ。

「ただ、現在のアジュバントにも限界点はあります」

ワクチンとアジュバント研究が未来の医療を変える!?

現在主流のアルミニウム塩アジュバントが抱える問題、それは「ワクチンの効き目を高めてウイルスの活動を抑えることはできたが、ウイルスが感染している細胞をやっつけるような免疫力までは引き出せていない」ということ。また、発熱やアレルギー反応を起こす可能性もあるそうだ。そのため、“次世代アジュバント”の研究開発が急ピッチで進んでいる。

「ワクチンは万能ではありません。他のどのような物質からアジュバントをつくり出せば、より多くのウイルスに効果を発揮できるのか研究していかなければならないのです。それで、核酸や脂質の分子からアジュバント開発が進められていて、私は『CpGDNA』という、ウイルスや細菌のDNAに多くある配列(CpG配列)を組み込んだDNA断片をアジュバントとして研究開発しています」

ヒトで臨床試験中の新しいアジュバント「CpGDNA(コードネーム:K3)」

画像協力:石井健

ワクチンにアルミニウム塩からつくり出したアジュバントを加えていくという従来の方法から一歩進んで、今後は対象となる疾患に合わせたワクチン+アジュバントをつくることが求められていくという。

では、その研究開発は、これからどうなっていくのだろう?

「日本ではすでに、ミネラルオイルと植物由来界面活性剤をもとにしたアジュバントの臨床研究が行われるなど、さまざまな種類のアジュバント開発が進んでいます。今後は予防医学の観点から、アルツハイマー病をはじめ、高血圧や動脈硬化、肥満などの生活習慣病を予防するためのワクチン開発も期待されています。といってもすぐに完成するわけではなく、まだ開発段階なので、実現するのは近未来ですね」

アジュバントの種類と開発の状況

画像協力:石井健

他にも、世界では熱帯地域における寄生虫が原因のウイルス性疾患など、緊急の対策が必要な感染症をはじめとする病気が50近くあるそう。「これらはワクチン開発、実用化を急がなければなりません」

感染症への対応でいえば、ワクチンができたことで、例えば天然痘ウイルスは1980年にWHOが世界根絶宣言を行っていて、以後の患者の発生はないと発表されているし、ポリオウイルスも近い将来根絶できると言われているそうだ。そうなれば、先述の50近い病気の原因を含むいろいろなウイルスを根絶できる時代が来るのかと考えてしまうが、「ワクチンはウイルスを消し去るものではない」と石井氏は続ける。

「ワクチンによって一つのウイルスをやっつけるというのは、体内からウイルスを排除することではありません。私たちの体は、ウイルスとバランスよく共生していて、その中の一つが悪さをしたときに、ワクチンで抑えるのです。仮に、ある特定のウイルスを排除してしまうと、その際に良いウイルスまで排除してしまう可能性もありますし、そのことが原因で他のウイルスが悪さをしてしまうことだって考えられます」

これを大前提の出発点として、ワクチン開発は進む。いずれワクチン、そしてアジュバントが医療を大きく変える日が来るのだろう。

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