スポーツマネジメントの極意

東京でも金を!世界最強の男子体操チームを作り上げた“選手にまかせる”指導法

男子体操競技 強化本部長・日本代表監督 水鳥寿思【前編】

史上最年少の32歳で監督に就任し、リオデジャネイロ五輪(以下、リオ五輪)男子体操で日本チームを3大会ぶりの「団体金メダル」に導いた水鳥寿思氏。2年後に迫った東京五輪でのさらなる飛躍が期待される中、個が際立った選手たちのエネルギーをどんな方法で集約させようとしているのか。誰よりも一流選手の気持ちを知る“金メダリスト監督”のチームマネジメント術に迫る。

体操はルール変更への対応力が重要

リオ五輪に続き、2020年の東京五輪でも、男子体操日本代表の選手選考を担っている水鳥寿思氏。本番まで2年と時間が迫る中、「目標はメダルを量産できるチームを作ること」と柔和な表情で強く言葉を放つ。団体で再び金メダルを取るだけでなく、個人種目でも果敢にメダルを狙いにいくという。

「リオ五輪では団体と個人総合の金メダル(内村航平選手)は取れましたが、種目別では18個のメダル(6種目×3)がある中で、白井健三選手が跳馬で銅メダルを取っただけでした。目下、東京五輪を見据えて種目別でも勝てる選手を発掘していくことが大きな課題の一つです」

2004年アテネ五輪、体操男子団体戦でつり輪に出場。ロンドン五輪の最終予選を最後に引退した水鳥寿思氏

水鳥氏は、選手としてアテネ五輪で団体金メダルを獲得、世界選手権でも数々のメダルに輝いた過去を持つ。引退後に史上最年少の32歳で日本体操協会の男子代表監督と強化本部長に抜擢されると、瞬く間に最高の結果を出し、東京五輪でもチームをけん引することとなる。

しかし、何を隠そう、体操の日本代表チームをマネジメントするのは非常に難しい。チーム編成や採点基準などのルールが頻繁に変わるからだ。リオ五輪の王者であっても、選手の選考基準や指導方針をイチから練り直す必要があるという。

「まず、リオ五輪では5人だった団体種目のチーム人数が、東京五輪からは4人になります。人数が減るということは、特定の種目に長けていても苦手な種目がある“スペシャリスト”タイプの選手は穴になりやすい。つまり、6種目(ゆか・あん馬・つり輪・跳馬・平行棒・鉄棒)を安定してこなせるオールラウンダーをそろえた方が戦いやすいんです。ただ、それだと団体で勝つだけで終わってしまう可能性があるのも事実。こうしたルール改正の中で、その時々で日本のチーム力を見ながら、選手の選考基準を毎年見直している状況です」

東京五輪からルールが変わるのは団体チームの人数だけではない。種目別のみに出場する“個人枠”が新たに設けられ、最大2人の選手を選抜できるようになった。この「4+2=6人」の代表枠で勝てる組み合わせを考えるのが水鳥氏のミッションなのだが、近年のルール変更の流れは日本にとって“追い風”とは言い難い様子だ。

「それこそ日本では1964年の東京五輪の時代から『6種目全てできるのが一流』という伝統的な考え方があり、今でも内村選手のようなオールラウンダー型の選手が多いのが特徴です。ただ、いち早くスペシャリスト育成路線に切り替えた中国を筆頭に、ライバル国の選手が種目別でDスコア(難度点)の高い技をこなすようになりました。だから今は、個人総合のチャンピオンである内村選手であっても種目別でたくさんのメダルを取るのが難しい時代になっているのです」

東京五輪で「メダル量産」を狙うためには、“ひねり王子”ことゆか競技の超人である白井選手のように次世代のスペシャリストが必要となる。そんな新星の登場が期待されているのが、2018年6月30日から始まる種目別の全日本選手権だ。

「内村選手にはまだまだ、トップを走っていてほしいものの、彼を超えるほどの若手が台頭してきてほしいという気持ちも強いです。中国はリオ五輪の時期に世代交代の最中だったため苦戦していたのですが、今は若手が育ってチームがまとまりつつあります。そのサイクルを日本に当てはめると、東京五輪の直前に駒不足になってもおかしくありません。特に、今の日本には鉄棒とつり輪に強い選手が少なくなっています。理想は、僕と同い年の冨田洋之のような選手ですね。彼は鉄棒とつり輪だけでなく、平行棒とあん馬にも強かったし、それこそゆかと跳馬が武器の白井選手との組み合わせは最高。冨田は10年前に引退していますが、説得して復帰してもらいたいくらい(笑)。ただ、彼が指導を行う順天堂大学には優秀な選手が多い。ぜひ後継者を育ててもらいたいですね」

なかなかシビアな現実が語られたが、決して弱音を吐いているわけではない。今後結成される体操男子日本代表の選手たちをどうやって導くかによって、チームとしてエネルギーの総合量が上がっていく。水鳥氏には、その“実績”がある。

個人競技だからこそチームワークが勝利へのカギ

そもそも、体操は個人競技のイメージが強く、「外から見るとチームワークって、そんなに必要ないのでは?」と思ってしまいがち。そんな愚直な意見を伝えたところ、水鳥氏は共感してくれた。

「体操は1人の選手が舞台に出ていって、1から10まで全てをこなしてくる競技です。団体戦もその繰り返しなので、チーム力が見えにくいかもしれませんね」

新体操やアーティスティックスイミングのように複数の選手が同時に演技を披露するわけではないし、陸上や水泳のリレーのようにスムーズな連係が必要なわけでもない。紛れもなく、体操は個人競技だ。だからこそ、マネジメント側は代表選手たちが“チーム”を意識するように仕向けることが大切だと説く。

「体操選手にとって、例えば練習の場で情報交換をすることが非常に大事なことなんです。現役の一流選手にしか体現できない今の高難度な技のアドバイスは、たとえ元メダリストだとしても、一線を退いた僕たち指導者には難しい。だから全体のレベルを底上げできるかどうかは、普段は違うチームに所属している選手たちが細かな技の感覚を教え合えるかどうかにかかっているんです。とはいえ、日本代表では仲間でも、大会が終わればライバル。“企業秘密”とも言える技術は、できれば教えたくない。でも、チーム全員が目標をしっかりと共有できていれば不可能ではありません」

インタビューは味の素ナショナルトレーニングセンターの体育館内で。多くの選手が日々トレーニングに励んでいる

各選手が種目別のために個人的に伸ばしたい技術と、団体で勝つために必要な技術がマッチするとは限らない。しかし、監督が強引に目標を押し付けて練習課題を与えればチームがまとまるわけでもない。そこで水鳥氏は、リオ五輪でチームを引っ張る役目を主将である内村選手に託した。

「選手たちに声を掛けてアドバイスしたり、選手からの意見をくみ取ったりすることを内村選手に任せたんです。僕は練習方法などにもなるべく口を出さず、一歩引いて全体を見ることにしました。内村選手の目標は団体で金メダルを取ることでしたし、“世界で一番すごい選手”である彼がチームのために頑張る姿を見せてくれたので、自然と結束力が高まっていきました」

そして、リオ五輪の団体戦は始まった。予選4位だったものの、決勝で日本は見違えるような演技を見せて金メダルを獲得。自らは一歩引き、チームマネジメントに徹したからこそ、一丸となって劣勢を逆転するチームができた。

しかし、水鳥氏がここまで語ってくれたマネジメントのビジョンは、監督に就任した当初から固まっていたわけではないという。選手主導の方針は、悩んだ末に導き出したものだったのだ。

過去の経験に頼った“トップダウン”では成功しない

「アテネ五輪の団体で金メダルを取った僕が監督に指名されたということは、再び団体で金メダルを取ることが期待されている。そう感じ、就任当初は、代表チームで“自分流”を打ち出していきたい思いはありました」

自らの成功体験をベースにしたいのは指導者として自然な欲求だ。水鳥氏も、練習の頻度やメニューにおいて“アテネ流”をチームに浸透させようとした。しかし、なかなかうまくいかなかった。

「その時々で技の難易度やルールが変わるのが体操の特徴なのに、昔と同じやり方では現役選手にしっくりこなかったのかもしれません。指導者としての知識も経験も全くなかった僕は、自分の体験からしか指導法を考えられなかったので、それが理解されないことに悩みましたね。ただ、よくよく考えればアテネ五輪のときも監督が1から10まで指導をしていたわけではなくて、キャプテンの米田(功)さんを中心に選手主導でチーム作りをしていたことを思い出したんです。だから、僕自身は一歩引いて、選手たちがのびのびと練習できる雰囲気作りに徹することが大事だと気付いたんです」

アテネ五輪当時の日本代表チームでは、米田選手のキャプテンシーがメダル獲得に大きく貢献していたという

過去の栄光に固執して“自分流”を貫こうとするのはエネルギーの無駄遣いかもしれない。急速にルールやシステムが変わっていくのは体操の世界に限った話ではなく、時代に合わせて柔軟に方針を変えるスタンスはビジネスマンも参考にしたいところ。

「もちろん、リオ五輪で成功したからといって、東京五輪で同じやり方が通用するわけではありません。キャプテンを介して選手の意見を吸い上げながら進めるのは変わらないと思いますが、リオ五輪のようなレベルで見守っていたら勝てない可能性もあります。これまで以上に代表として集まる機会を増やしたり、選手たちにもチーム内での役割や目指してほしい技術レベルを明確に伝えたり、選手自身やコーチとコミュニケーションを密にしながら理想の形を探っていきたいと思っています」



<2018年6月22日(金)配信の【後編】に続く>
原動力は「必要とされていること」への感謝。世界最強チームを作る具体策とは?

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