スポーツマネジメントの極意

体操界の“栄光の架け橋”に!男子体操日本代表監督が見据える未来

男子体操競技 強化本部長・日本代表監督 水鳥寿思【後編】

日本の“お家芸”であり、世界大会や五輪では常に金メダル獲得が期待される「体操」。リオデジャネイロ五輪(以下、リオ五輪)で日本代表チームを3大会ぶりの団体金メダルに導いた水鳥寿思氏は今、強化本部長として今後の“ポスト内村時代”を支える選手の育成にも力を注いでいる。期待に応え続ける勝利の方程式を支えるのは、30代という若さならではの柔軟な思考とフットワークの軽さ。前へと進むためのエネルギーの原点に迫った。

トップ選手を育てた現場コーチとの関係づくりを徹底

体操選手として五輪や世界選手権で数々のメダルを獲得し、引退後に史上最年少の32歳で日本体操協会の体操男子日本代表監督・強化本部長に抜擢された水鳥寿思氏。

日本代表チームのマネジメントを担って以降、2015年世界選手権では37年ぶりの団体金メダルに導き、リオ五輪では自身が選手として獲得したアテネ五輪以来12年ぶりの団体優勝を果たしている。前編では主に、東京五輪への課題や、過去の成功例にとらわれない柔軟な指導法を語ってもらった。
※【前編】の記事はこちら

トップダウンではなくボトムアップを重視するそのスタンスは、選手とのコミュニケーションに限った話ではない。日ごろ、各選手たちが所属するチームのコーチ陣からも積極的に意見をくみ取るようにしているという。

「体操協会から任命されて監督になったとはいえ、指導者としての経験は、もともと各チームの指導に当たっていたコーチの方が長いですし、先輩の意見はしっかり聞くことを大切にしています。選手の育成方針にしろ、合宿の頻度にしろ、僕が強引にこちらの考え方を通そうとするのは筋違い。日本代表として選手たちを見られる期間は短いので、各選手が所属しているチームになるべく足を運んで、一番長く関わっている現場のコーチたちから選手の状態や今後のビジョンを聞き取るようにしています。おかげで関係性を円滑に保てていると思っています」

現在37歳。落ち着いた口調で日本体操界の未来について語ってくれた水鳥寿思氏

水鳥氏が監督に就任する前は、実業団チームのコーチが日本代表監督を兼任することが当たり前だった。日本代表以外にチームを持っていない水鳥氏だからこそ、フットワークの軽さを生かしてコミュニケーションを深められているのだ。

「たとえコーチのビジョンが僕の考え方と違っても、『選手に金メダルを取らせたい』という思いは同じなのです。たどり着きたいゴールが同じなら、話し合いを重ねればすり合わせていくことができますよね。僕は各チームで育ってきた選手を預かってマネジメントしているだけで、本当にすごいのは各チームの指導者であり、選手たちです。リスペクトの気持ちを忘れたら、それぞれがエネルギーを向けるベクトルがそろいません。就任当初は、それを分かっていなかったような気がします(苦笑)」

昨今のニュースでも分かるように、時代は鬼監督が有無を言わさぬ圧力でチームを牛耳っているチームに未来はない、と示している。水鳥氏のような志を持つ監督が増えれば、異常なパワハラで世間を騒がせてしまうスポーツはなくなるかもしれない。

「必要とされていること」がエネルギーになる

ロンドン五輪最終予選を最後に現役から退いた水鳥氏。その半年後に指導実績がない状態で男子日本代表チームのトップに任命されたが、そもそも「指導者になりたいとは考えていなかった」という。

それでも監督として金メダル獲得という使命を果たす決心をした大きな理由は「必要としてもらえたから」。根底にあるのは、幼いころから感じていた周囲への劣等感だ。それが今、期待に応えようとするエネルギーになっているという。

「僕の両親は元体操選手で、体操クラブを経営しているんです。6人いるきょうだいのうち5人が体操をしていて、その中で僕はものすごく体が硬く、“落ちこぼれ”でした。練習は泣いて嫌がっていたし、最終的に父親に見放されてほとんど相手にされなくなりました。昔からそんな劣等感を味わっていたから、『認めてもらいたい』という気持ちは人一倍強い。アテネ五輪の代表に選ばれたときも、冨田洋之や鹿島丈博など、周りはスター選手ばかりでしたから、自分がチームに貢献できる道を必死で探していました。だから監督として推薦された段階で、必要とされたことが非常にうれしかったのを覚えています」

体操男子日本代表としてアテネ五輪に出場し、見事に金メダルを獲得したのち、父親がようやく認めてくれたそう

一般的に見ればエリート街道を歩んできたように見えるが、栄光の裏側ではいつも自分の存在価値を見いだすために苦心してきた。その経験が指導者としても生きているという。

「下から滑り込みでアテネ五輪の日本代表に入れたと思っているので、選手のころから、『他の選手に才能で劣る自分が、どうすれば少しでも評価されるようになるのか?』と、生き残るための戦略を考えるのが好きなタイプだったんです。それは内村選手のような天才と呼ばれる人間も同じかもしれませんが、彼らは人を魅了する美しい体操といった理想を追求したい欲求の方が強いと思います。一方で、僕は代表の中で苦手な選手が多かったつり輪を頑張るなど、自分のスタイルにこだわるタイプではありませんでした。今でも、そうやって勝つ方法をシミュレーションすることは好きですし、自分の考えや行動によってチームの結果がダイレクトに変わるのがとても面白い。それを実現できる立場にいることは、本当に幸せですね」

監督は、結果を出さなければ責任を問われる可能性がある立場。プレッシャーに押しつぶされそうになることはないのだろうか。

「そういった質問は非常に多いのですが、プレッシャーを感じないように心掛けています。もちろん、メダルという結果が出なかったら、自分の責任だとは思っています。ただ、実際に演技をするのは選手ですし、その後押しに最大限の力を尽くすことが僕の仕事です。僕自身がプレッシャーを感じ過ぎてつぶれてしまったら、元も子もない。自分はやれることをやって、あとは選手が頑張るだけ。そうやって割り切ることも、正常なメンタルを保つために大事だと思っています」

日本全体を強化!未来を担うジュニア世代の育成

水鳥氏の役割は、男子体操日本代表チームのマネジメントだけではない。協会の強化本部長として、ジュニア世代を含めた若手の育成にもエネルギーを注いでいる。

「僕が今の立場に就任してから、ジュニアの有望な選手を集める合宿の頻度が倍増したはずです。やはり未来の体操界を支える土台となるのはジュニア世代。ある程度完成されているシニア(大学生~)の選手よりも、ジュニアの方が僕らの指導で大きな影響を与えられます。大切なのは、ベーシックな技術をきちんと身に着けさせること。体操は頻繁にルールが変わっていくので、どんな変化にも対応できる選手を育成していきたいですね」

体操はいつ才能が開花するか分からない競技だ。国内の個人総合で前人未到の10連覇を達成した内村選手も、中学時代は目立った活躍をしていなかったという。そんな“原石”をしっかり見つけ、育てるためにも、今後は体操に専念できる施設を増やすなど、環境づくりを進めていくプランも持っている。強化本部長・日本代表監督としての最終ミッションは、「もっと体操を普及させること」なのだ。

過去にも“天才”と呼ばれたジュニア世代の選手はいたが、成長過程で伸び悩んでしまい、やめてしまうこともあったそう。「才能を大事に育てることが重要」と水鳥氏は言う

「僕は親が体操クラブをやっていてたまたま体操に出合うことができたし、それは内村選手も白井選手ら日本代表の選手たちも同じです。そういう意味で、体操はまだまだとても狭い世界。でも、そんな限られた中でも、オリンピックで金メダルを取れるすごい選手になれる。体操を教える施設が増えればもっともっと素晴らしい結果が出せるはずなんです。体操の普及に対する強い思いは、現役を引退する前からありました。ジュニアの普及や指導に力を入れ、その思いをつなげていくのも僕の役割です」

水鳥氏の目は、2020年の東京五輪だけでなく、もっと先の未来を見ている。数々のレジェンドが紡ぎ、注いできた体操へのエネルギーを絶やすことなく、新たな伝統を築いて次の世代へ受け継いでいくために。選手時代も今も、彼は「栄光の架け橋」となることに使命感を燃やしているのだ。

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