スポーツマネジメントの極意

打倒王者オランダ!日本の競技レベルをさらなる高みへと導く科学的分析とコミュニケーション力

日本スケート連盟 スピードスケート強化部長 湯田 淳【後編】

平昌五輪で数多くのメダルを獲得したスピードスケート日本代表。その背景には、前編で記載したナショナルチームの創設をはじめとする構造改革に加え、科学的分析による選手の強化も重要な役割を果たした。後編ではそうしたトレーニングの裏側と、来る2022年北京五輪に向けた目標について、前編に引き続き湯田 淳スピードスケート強化部長に話を伺った。

実力だけでなく理論でも世界のトップに

現代スポーツにおける科学的分析の重要性を、今さら強調する必要はないだろう。あらゆるスポーツにおいて選手個々のトレーニング法から戦術に至るまで、先進的な計測機器や最新のスポーツ理論が活用されている。もちろんスピードスケートも例外ではない。

湯田氏はもともと、スポーツ科学の一分野であるスポーツバイオメカニクスの専門家だった。

「私自身、選手として現役引退(1999年)後はジュニアの指導などをやりつつ、体力トレーニング論で修士号も取ったのですが、次第に研究の方が面白くなっていき、その世界にのめり込んでいきました。

バイオメカニクスの中でも私の研究は動作分析を中心とした分野。良いパフォーマンスを引き出すには、どういった動作・エネルギーの伝え方が最適か、というのをカメラやセンサーなどを駆使しながら研究する学問です。研究を続けるうち、日本スケート連盟の科学サポート担当になり、次第に強化委員会を支える仕事が増えていきました」

2014年、湯田氏がスピードスケート強化部長に選任されたのは、選手、指導者、そして研究者という幅広い経験と専門知識をもつ数少ない人物だからだ。

ソチ五輪以降、選手への直接的な指導は科学チームの紅楳(こうばい)英信氏(アナリスト担当/相澤病院所属)をはじめとするスタッフに任せているが、より一層、積極的に科学的データに基づいたトレーニングを取り入れている。

理論的なトレーニングをいち早く導入し、日本スケート連盟の科学委員長も務める湯田氏

「もともと日本は科学的分析が進んでいる国でした。さかのぼると1972(昭和47)年、札幌五輪のころから既にスポーツ科学者が協力して選手やチームをサポートしてきた歴史があります。

ある時点でそうした体制が崩壊してしまったのですが、私が強化部に関わるようになった2000年ごろからは、科学の分野でも世界トップを目指す気概でやってきました。今後もそうした合理性を追求する方針は変わりません」

穏やかな表情ながらも、熱く語る視線の先は未来を見据えている。

経験則とデータを重ねることの大切さ

数ある氷上競技の中でも、団体競技のチームパシュートは科学的分析の効果が表れやすい競技といえる。また、スピードスケート唯一の団体競技ということで、実力さえあれば安定的な成績が狙える種目でもある。

選手個々の身体能力強化に加え、先頭交代や複数人が並んでのライン取りといったパシュートならではの複雑な要素が、勝敗に大きく関わるからだ。

要するに“最もメダルに近い競技”といえ、強化部としても特別にエネルギーを注いで強化に取り組んできた。

ナショナルチーム全体をオールラウンドチームとスプリントチームに分け、それぞれに最適な強化対策を行った

しかし、最初から全ての選手が科学的データをすんなりと受け入れたわけではなかったという。

「多くの選手は受け入れてくれましたが、中には難色を示した選手もいました。個々に培ってきた感覚とデータが、相反するものだったのでしょうね。そんな時は、“なぜタイムが良くなるのか”ということを徹底的に説明しました。それでも納得せず、“感覚の方が大事だ”と言われれば、私は選手の意見を受け入れるようにしていました。

2014-15シーズンの世界距離別選手権大会でのことです。女子パシュートでの先頭交代における最適な順番を科学班のデータ分析を基に行い、選手たちに提案したところ、意見が食い違ってしまったことがありました。選手たちの案は正直、リスクが高かったのです。そのことを十分に説明した上で、それでもやりたいというので、本番では彼女たちの案を採用したんです。

その瞬間、選手たちの目の色が変わったのが分かりました。データを基にした強化チームの案を押しのけて自分たちの案を押し通したわけですからね、絶対に失敗するわけにはいかない(笑)。結果的には金メダルを取ることができました。そのようにして科学的分析を突き詰めると同時に、選手たちの意見を尊重することも忘れないようにしています」

もちろん合理的なデータは大切にするが、選手やコーチたちの感覚に基づいた意見も決してむげにしない。スポーツにおける科学的解析は完璧ではなく、経験則が生きる領域の存在を理解しているからこその判断だろう。

そうした人間対人間の密なコミュニケーションが、強化チームの結束力を高めている。

スケート界の未来に向けた長期的ビジョン

平昌五輪が閉幕して半年。強化部は次の北京大会に向けて既に動きだしている。

前回大会以上のメダル獲得&入賞を目指すだけでなく、目標は打倒オランダだ。オランダ代表は平昌五輪のスピードスケートで金7個、計16個のメダルを獲得した、紛うことなきスピードスケート最強国。コーチング理論などにおいても一歩も二歩も進んでいる。現状では実力差がありすぎるとの意見も多い。

「平昌五輪で日本は世界一になるポテンシャルを持っている、と確信しました。実際、これだけ選手層が厚い国というのはオランダと日本の他にありません。それでも期待以上の成績を残してくれた選手やチームがある一方で、本来の実力を発揮できなかった男子の結果などに課題も残されています。

今後の強化体制でそうした日本チームの課題をクリアしつつ、他国と共にオランダの一人勝ち状態を崩すことさえできれば、日本が世界一になれる可能性は必ずある。そう信じています」

現役選手の強化は今後もより一層洗練させていく。その上で次世代を担う若き選手たちの育成も決して疎かにしていない。

「これまでスピードスケートの強化といえば、目前のオリンピックを目指すという短期的な視野のみで語られてきました。それではたとえ一時期だけ良い結果が出せたとしても、10年後、20年後にはまたすぐ元の状態に戻ってしまいます。

これでは日本チームとして永続的な成長につながらないので、強化と育成の両輪で問題に取り組むことにしました。小中学生を対象とした全日本ノービススピードスケート競技会を開催すると共に、ノービス強化指定選手というカテゴリーを新たに作り、研修合宿などを通した小学生の育成も始めています」

ジュニア世代以下の育成も、湯田体制に託された大きなテーマの一つ

ノービスとは聞き慣れない単語だが、スケートなどのスポーツ分野でジュニアよりも年下、小学生高学年~中学生を対象にしたカテゴリーのこと。8年後を見据えると、この年代の子供たちにも期待を託すことになる。

「才能のある選手の発掘という側面はもちろんありますが、それだけではありません。小さな選手たちに最先端のトレーニングやコーチングを体験する機会を提供することで、スピードスケートの楽しさ、素晴らしさをより強く感じてもらい、“そこで感じたことを地域に持ち帰ってほしい”という狙いで開催しています。

こうした取り組みは種まきのようなものなので、すぐに結果として表れることはないでしょう。でも長い目での成長を考えるなら必要なことだと思っています。中央に位置する日本スケート連盟と地域を1つの輪でつなげ、スピードスケート界全体の底辺を拡大していければと考えています」

強化対策は就任から4年後の平昌五輪に向けた短期目標と、8年後に向けた長期目標が設定された

寝る間を惜しみ、プライベートの時間をも削ってまで選手たちの強化にまい進してきた湯田氏。

長期的視野に立った取り組みがいつの日か花開き、日本のスピードスケートが実力、トレーニング理論ともに世界のトップとなる日は、そう遠くない。

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