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20cmの身長差をも克服!日本女子バレーを変えたITのチカラ

日本スポーツアナリスト協会 代表理事 渡辺啓太

かつては“東洋の魔女”と称され世界を震撼(しんかん)させた全日本女子バレーボールチームは、1980年代後半以降に長きにわたる低迷期を経験した。しかし近年、他の競技に先駆けて導入した専属アナリストによるデータ分析をチームに取り入れ、かつての輝きを取り戻し始めている。少数精鋭でデータを駆使して戦術を練る、究極なまでのエネルギー効率で世界と互角に戦う集団、全日本女子バレーボールチームで専属アナリストを務めた渡辺啓太氏に話を伺った。

バレーボール界において日本はIT活用の後進国だった!

2010年に行われた第16回バレーボール世界選手権で女子日本代表はアメリカとの3位決定戦を制して32年ぶりの銅メダルを獲得。それ以降、全日本女子バレーボールチームは低迷期を乗り越え、2012年のロンドン五輪では銅メダルを獲得するなど目覚ましい成績を残していった。

その白熱する試合の中で、当時の全日本女子バレーボールチーム監督である眞鍋政義氏がiPadを片手に指揮を執る姿は、女子日本代表の躍進を象徴する光景だった──。

「2010年は日本の女子バレーボール界にとって、革命に当たる年でした」

こう語るのは、2004年から2016年8月までの間、全日本女子バレーボールチームの専属アナリストを務めた渡辺啓太氏。全日本女子バレーボールチームの躍進を陰で支える“スポーツアナリスト”の第一人者である。

自身が大学3年時から代表チームに帯同し、地道な努力を重ね全日本女子バレーボールチームを支えてきた渡辺氏

スポーツアナリストとは、あらゆるスポーツで選手やチームの目標を達成するためにさまざまなデータを収集・分析・提供し、情報戦略の面でサポートする職業。

その存在は今でこそ広く知れ渡っているが、渡辺氏が代表チームに帯同するようになった当時は、アナリストという役職はおろか、バレーボールの世界にITを持ち込むことすらあまり重要視されていなかったという。

例えば、現在のバレーボール界でほとんどのチームが使っているといわれている“データバレー”というイタリア発の統計分析ソフト。選手やボールの位置、プレー内容を入力して、試合データを収集・分析するもので、2000年ごろにはイタリアをはじめとした欧米諸国ではすでに活用され始めていた。しかし、当時の日本ではもちろん未導入であった。

「日本でもビデオに撮って分析するという試みは行われていました。ただ、自分たちの方がいいソリューションを持っているはずだ、という自負から“データバレー”に対する疑念があったのかもしれません」

2000年代初頭の日本国内のバレーボールトップリーグ(当時Vリーグ)には、東芝、日立、パナソニック、NEC(日本電気)など大手コンピューター企業を母体とするチームが多かった。

当然、渡辺氏が言うように“自分たちの方がもっといいソリューションを作れる”という自負もあったはずだ。しかし、その思いが結果的に日本バレーボール界がデータ分析の面で世界に後れを取る遠因を招いたとすればなんとも皮肉な話だ。

統計分析ソフト“データバレー”の一例。選手やボールの位置、プレー内容などが一目で分かる仕様になっている

日本で認知されていなかったスポーツアナリストの世界に渡辺氏が興味を持ったのは、高校時代に日本で開催されたバレーボールの国際大会を見に行ったことがきっかけだった。

「海外チームのベンチにパソコンが置いてあったんです。今なら多少は想像がつきますが、当時は“IT革命”なんていわれている時代でした。それでなぜパソコンがあるのか、興味を持っていろいろ調べるうちにデータ分析をしているということが分かりました。当時の自分の感覚では驚きであり、自分も大学では情報系のことを学んでバレーボールに生かせたら、と思いました」

高校時代はバレーボール部部長を務めた経験もある渡辺氏。大学でもバレーボール部に入部したが、監督の提案もあって1年生の終わりからサブマネージャー兼アナリストとして活動するようになった。

iPadの導入で日本のバレーが劇的に変化!

そのころ、全日本女子バレーボールチームは低迷期に突入しており世界で結果を残せなくなっていた。

この状況を打破すべく、2003年に全日本女子バレーボールチーム監督に就任していた柳本晶一氏は、翌2004年に、長らく日本代表が背を向けていた“データバレー”の導入に踏み切った。そしてアナリストとして、当時大学3年生の渡辺氏に白羽の矢が立ったのだが、当時のチームでは期待より不安の方が大きかったはずだという。

「“データバレー”はそれまで行っていないアプローチなので、現場にいる監督や選手、テンポラリ(暫定)なアナリストやコーチたちは今までとは全く違うやり方をすることになります。これは相当なチャレンジでした」

自分たちのプレーが全て数値化されるため、当初は選手たちも“データバレーをはじめとしたITを活用すること”にはネガティブだったという。

“目標に到達させるためには、どうしたらいいかをデータを使って見てもらうことが大事”という渡辺氏は、選手にさまざまな案を出し、どちらのデータの方が見やすいか、どんなデータが必要かをアナリストの観点からヒアリング。チームに帯同して練習にも付き合うことで徐々に信頼を勝ち得ていき、次第にITバレーの土壌ができ上がっていった。

「スポーツの世界の場合、一般の企業とは違って明確な目標はみんなで共有できますが、自分たちの立ち位置が分かっていないことがよくあるんです。そこをデータという裏付けを用いてクリアにした、というのがこのころ起こった大きな変化ですね」

渡辺氏の地道な努力も実り、“データバレー”を活用した全日本女子バレーボールチームは世界大会でも着実に結果を残していった。

2009年の眞鍋監督の就任後もチームに帯同していた渡辺氏は、2010年には1カ月間イタリアへの留学を経験した。“データバレー”発祥の地であるイタリアのトップリーグでは、データの新たな見せ方はもちろん、あらゆるチームの練習を見て回り、その全てが新鮮だったという。中でも最も違いを感じたのはスパイクの練習だった。

「セリエAの女子選手たちは試合で身長190cm台の選手がスパイクやブロックを常態的に行っていますが、日本代表は平均170cm台の中でしか練習をしていません。サッカーでいえば、キーパーなしでシュート練習をしているようなものであまり意味がないと感じました。そこで眞鍋監督に猛烈に進言した結果、イタリアから帰国した後は練習に190cm台の男子選手に加わってもらうようになりました」

練習方法の改善に加え、この年にアップル社から発売されたiPadも世界選手権での銅メダル獲得への大きなエネルギーになったという。

「データを見てすぐ使うにはタブレット端末が便利です。発売されたのは5月ごろだったと思うのですが、秋に行われる世界選手権で活用できるように、それまでのデータを感覚的に見やすく使えるような独自アプリの開発に着手したんです」

開発されたアプリは眞鍋監督専用といえるもので、試合の緊迫した状況の中でも感覚的に使いこなせるようボタンのサイズを眞鍋監督の指のサイズに合わせるなどきめ細かいものだった。

iPadの販売開始からわずかな時間の中で、苦労を重ねて完成させたアプリ。それは確実に世界との差を埋めるエネルギーをチームにもたらした。

従来は1セットごとに紙に印刷してデータを渡していたが、スポーツアナリストが打ち込んだデータがリアルタイムで反映されることにより、情報が伝わる速度が格段に上がった。

「アタックでも勝てない、ブロックでも勝てないというのでは空中戦で勝つことは難しいのですが、データを活用することでこれを補う力を得ることができる。こうした世界に先駆けたソリューションを取り入れることで、世界でも勝てるというのが実証できました」

試合前の準備の一例。対戦相手のサーブが放たれる位置や攻撃パターン、動きなどが過去のデータから割り出されている

こちらは対戦相手に特化した資料。それぞれの選手のデータに加え、起用法まで記載されている

スポーツの未来でもAIとVRが活躍

バレーボールにおいてITの活用が遅れていた日本だが、たゆまぬ努力を重ね今では世界でもトップレベルに名を連ねている。現在ではVR(仮想現実)をも練習に取り入れているという。

「世界と戦うというのはやっぱり非日常なんです。いくらマシンで速い球の練習をしても、生きた球でないと効果が薄れてしまいます。でもデータさえ取っておけば、VRの世界でブラジルやイタリアのようなトップチームのスパイクの速さや弾道を普段から体験でき、非常に有効です」

まさに夢のような活用がなされているスポーツでのIT利用だが、今後どのような発展を期待しているのかを尋ねると、さらに驚きの答えが返ってきた。

「未来予測に期待しています。データとは、現時点の情報を整理して過去はこうでしたと示すものですが、これからはデータを活用した上で、AI(人工知能)も利用していくことになると思います。AIが将来を予測する分析システムに加わることで、未来のことも分かるようになっていくはずです。ただし、その未来予測の結果をどう生かすかはわれわれの仕事です。

今まで取れなかったデータを大量に取れる時代になりましたが、大量にたまったままではデータとして活用するのは難しい。逆にそういったデータを解析して、探索をしていく。今までなら分からなかったものを簡単に見られるようにするのがこれからのスポーツアナリティクスの世界だと思います」

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