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数学と物理学、天文学の連携で宇宙の深奥に迫る

カブリ数物連携宇宙研究機構機構長 村山 斉

太古から人類を魅了する宇宙。その謎を複数の学問を連携させることによって解き明かそうとするカブリ数物連携宇宙研究機構(以下:Kavli IPMU)という研究所がある。設立から10年目を迎えた現在、果たして宇宙を司るエネルギーは、宇宙創成の謎はどこまで解明が進んだのか。物理学者であり、同機構の機構長でもある村山 斉氏に聞いた。

異分野の連携が新たな答えを導く

「宇宙は、どうやって始まったのか?何でできているのか?これからどうなるのか?どのような法則で動いているのか?私たちはなぜ宇宙に存在するのか?という宇宙の根源的な謎を解くために、私たちKavli IPMUは活動しています」

少年のように目を輝かせて語るのは、素粒子理論や宇宙論などを専門とし、物理学者として活躍する村山 斉氏だ。

「複数の学問を集めた共同研究所は他にもありますが、同一の研究棟に数学、物理学、天文学の3分野の研究者が集まるのは世界中を探してもここだけではないでしょうか」

難しい宇宙の話を分かりやすい言葉や比喩で伝えてくれる村山 斉氏。著書「宇宙は何でできているのか」(2010年、幻冬舎)は、2011年のベストセラー

宇宙の解明と聞けば天文学をイメージするかもしれないが、宇宙が何で、どのようにできているのかを解き明かすためには物理学が、説明するには数学も必要になる。

「なぜ人間が発明した数学で宇宙の事象が解明できるのかという不思議は未解決のままですが、実はガリレオ・ガリレイの『宇宙という書物は、数学の言葉で書かれている』という名言があるように、宇宙を上手く表現する言語は数学とされています」

事実としてこれまで宇宙の年齢も、遠い銀河や星の距離や質量も数式で表されている。村山氏が専門とする物理学の視点だけでなく数学者の知識を借りることで情報の整理とヒラメキが生まれ、難問解決が可能になるそうだ。

「その逆もしかりで、つい最近にも物理の研究員の助言から、数学者が6次元空間についての定理を証明した例もあります。そのおかげでその数学者は、4年に1回開催される数学界最高峰の『国際数学者会議』にも招待されたくらいです」

Kavli IPMUの研究棟があり、村山氏の母校でもある東京大学でさえ、数学者は駒場、物理学者は本郷とキャンパスが離れている。以前から連携の重要性を実感していたと氏は言う。

そうした貴重な研究の場を提供するKavli IPMUは、毎年世界中から600~800人もの若手研究者から採用応募が殺到するほど、人気が高い研究所でもある。巣立った研究者の約半数は世界各地の大学や研究所で教員になるなど、優秀な人材を輩出し続けている。

人材育成の成果もあってか、文部科学省から10年間の期限付きで2007年に認定を受けた「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」の研究で唯一、5年間の支援延長を受けられることが決定している。

異なる分野の研究者と積極的にコミュニケーションが図れるよう、所属研究者は毎日15時に研究棟3階にある交流広場に集まる義務が課せられている。中央の柱にはガリレオ・ガリレイの言葉が刻まれている

少しずつ見えてくるダークマターの正体

創立10周年という節目を迎え、これまでに実際の研究ではどのような成果があったのだろうか。

「いの一番に挙げるのは、ハワイにあるすばる望遠鏡に設置したハイパー・シュプリーム・カム (HSC)を駆使して作成したダークマターの3次元分布図です。ダークマターとは、星や銀河が誕生するきっかけとなる正体不明の物質のこと。全宇宙を構成する物質の27%を占め、残りの68%はダークエネルギーというこれまたミステリアスなもので満たされていると言われています。ちなみに、われわれ人間や星々を構成する物質、つまり原子は宇宙全体のわずか5%ほどしかありません」

これまでの研究から、星や銀河の創生はダークマターの重力によるものとされている。その分布と銀河の位置とを比較することで、星や銀河がダークマターから生まれたことの裏付けになるという。広大無辺な宇宙全体の星や銀河を長い歳月をかけて照らし合わせ、証明しようとしているのだ。

研究棟前に展示されている、すばる望遠鏡に取り付けられたハイパー・シュプリーム・カム(HSC)のレンズを収める鏡筒部分のプロトタイプ。駆動部分を含めた全体では、高さ3m、重さ3tにもなる世界最大級のカメラ。8.7億画素(一般的なデジカメは約2000万画素)あり、地球から約250万光年離れたアンドロメダ銀河を一度に撮影できるほどの視野の広さを持つ

また村山氏は、この研究過程でもう一つの新発見があったと話す。

「それはダークマターがブラックホールではないということです。ブラックホールは、凸レンズのように光を曲げる『重力レンズ』と呼ばれる現象を起こします。もし恒星の前をブラックホールが横切ると、光が屈折して集められ通常よりその星は明るく見え、通過後には明るさが元に戻るという現象が出現するはずなのです。ダークマターは宇宙全体に散らばっていますから、もしダークマターがブラックホールだとしたら、その現象が宇宙の至るところで起こってもいいはずですよね」

そこでKavli IPMUの研究グループは、アンドロメダ銀河を一晩観測し、2分ごとに明るさを調査。しかし、その中に存在する2000億個の星をじっと見つめても、その現象が現れなかったという。すなわち、ダークマターはブラックホールではない、ということがほぼ確実になった。

言葉だけ聞くと「リンゴはミカンではない」と言うように単純な問題に聞こえそうだが、ダークマターもブラックホールも実態がほぼ分かっていないため、それぞれが異種であることが判然としただけでも大きな進歩なのだ。

このように宇宙研究の新発見は、限られた情報や状況下で、可能性を一つ一つ確認、否定していくことで、進歩していくものなのである。

ダークマターがない仮の宇宙(左)とダークマターのある宇宙(右)のシミュレーション画像。右の宇宙に映るもやもやとした光は、後に銀河の形成につながる集まってきたダークマター。左の宇宙は全くの暗闇。すなわちダークマターがないと138億年が経過しても、銀河が形成されない暗黒の世界が広がる様子を表している

シミュレーション画像製作:Kavli IPMU 吉田直紀主任研究員

大発見ラッシュ!?宇宙の正体が分かる日

2016年から「重力波」という言葉が世間をにぎわしている。重力波とは、大きな力が放出された際に空間が揺らぐことによって起きるさざ波のこと。アメリカで観測結果が発表された翌年、発見に貢献した3人の研究者はノーベル物理学賞を受賞。今後も新たな発見、キーワードが世間をにぎわせることはあるのだろうか。

「ノーベル物理学賞の対象となったのは、ブラックホール同士の衝突による重力波でした。次は宇宙の始まりに起きたインフレーションによる『原始重力波』を捉えようとする動きがトレンドになるのではないかと思います」

インフレーションの痕跡を観測するには大気の影響を受けない宇宙空間はとても有利。そのため2025年に、Kavli IPMU、JAXA、国内外の大学、研究機関と共同で「CMB偏光観測衛星LiteBIRD(ライトバード)」を飛ばす予定だという。Kavli IPMU では現在、その観測装置の研究開発を急ピッチで進めている。

LiteBIRD計画に搭載する観測装置を試験している研究室の一室。取材当日も外国人研究者が作業していた

「もう一つ、直接関わっているわけではないですが、『地平線望遠鏡』という言葉も注目してみると面白いと思います。いわゆる事象の地平線を観測する望遠鏡のこと。言い換えればブラックホールの姿を捉えようという試みです。太陽系がある天の川銀河の中心には、太陽の400万倍の重さのブラックホールがあると言われていますが、その表面の地平線を直接観測しようとしています」

これを実現するためには世界各地にある望遠鏡を連携させてデータを取得する必要があり、村山氏によれば大部分の解析は完了し、あとは南極にある望遠鏡のデータを調べるだけだという。

「なぜ南極のデータだけが残っているかというと、極地は設備も不完全なためネット上で送れず、直接観測データを記録したハードディスクを運ばないといけないからなんです。観測時は冬だったので、持参できるようになるのを待ってました(笑)」

地球規模の観測は物理的な問題も珍しくないそう。村山氏の友人には、観測器付きの気球が南米のジャングルに不時着し、それを見つけた現地住民が天からの贈り物として祭壇に飾ったため、取り戻すための説得に苦労した研究者もいるそう

村山氏自身もこの10年間、研究者でありながら一組織の長としても忙しい日々を送った。仲間の研究者には自由で楽しく研究に没頭できる環境を作ってあげたいという思いから、雑用は押し付けず自ら先頭に立って世界中を奔走している。

「ただ研究をするだけでなく、私たちが一体何をやっているのかということをもっと皆さんに知ってもらうための活動は必要だと感じています。その一環として、日本科学未来館で上映中の超弦理論を紹介する『9次元からきた男』という映画を監修した研究者もいますし、私自身は『パーティクル・フィーバー』という素粒子研究のドキュメンタリー映画の副音声制作をお手伝いしたこともあります」

このような活動を通して、研究の成果や宇宙の面白さを一般に共有し、さらにはこの分野に興味を持ってもらうことで次世代へとつなぐこともできると村山氏は語る。

Kavli IPMUの研究棟は、建設計画当時に参画していた研究者たち自身が議論して、建築家の協力のもとにコンセプトが決められた。階段と個人の研究室が中央の交流広場を囲むようにらせん状で配置されているなど建築物としても面白い構造で、2011年には日本建築学会賞を受賞している

「実際、Kavli IPMUで掲げた宇宙の根源的な謎の解明には、どれくらいの時間がかかるか分かりませんが、ニュートリノの振動やヒッグス粒子の発見、また重力波の検出などから分かるように、これからは宇宙のことがどんどん解明されていく時代になっていきます。そして、”人間はどこから来て、どこへ向かうのか?”という私たちが大昔から抱いている疑問を解明する日が来るかもしれません。これからが私たちの正念場です。まだまだ走り続けます」

物理学の分野では、エネルギーは”何か仕事ができる潜在能力”と定義されている。村山氏にとっては間違いなく、この宇宙の存在と未知がエネルギーになっていると言えるだろう。どのような発見を私たちに提示してくれるのか、楽しみで仕方がない。

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