2018.2.21
自転車のこぐ力を“見える化”したパイオニアの挑戦
パイオニア株式会社 サイクルスポーツ事業推進部 企画・営業推進課 藤田隆二郎
一般的にはオーディオ機器やカーナビで知られるパイオニア。しかし、スポーツサイクル、特にロードバイクを趣味としている人には、自転車のペダリング(こぐ動作)を可視化する装置を開発した「ペダリングモニターのパイオニア」として、憧れの存在になっているのをご存知だろうか。この装置が誕生したことで、自転車界にどんな影響を与えたのか、開発者の藤田隆二郎氏に話を聞いた。
ペダリング効率を向上させる唯一無二のシステム
そもそもロードバイクとは、端的に言えば「楽に・速く・遠くまで」を突き詰めた自転車である。転がり抵抗を抑える細いタイヤ、エネルギーロスの少ないドライブトレイン(ギアなど動力を伝える一連の機構)、軽量化やエアロ化など、少しでも速く走るために100年以上をかけて進化させてきた。ただし重要なのは、自転車がどれだけ進化しようとも、エンジンは人間であるという点だ。パイオニア株式会社 サイクルスポーツ事業推進部企画・営業推進課の藤田隆二郎氏は言う。
「自転車というのは、車やバイクとは違って人間の体で動かすものです。ペダルをこぐ力を最大限自転車に伝えないと、速くは走れない。では、どういったペダリングをすれば効率よく走れるのかというのは、競技志向のサイクリストなら誰もが考える永遠のテーマなんです」
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ペダリングモニターシステムを開発した藤田氏。手に持っているのが、同システムを装着したクランクというパーツだ
ペダルをこぐ力を単純に計測し、数値化するパワーメーターは海外で開発され、30年以上の歴史があるが、藤田氏が生み出した「ペダリングモニターシステム」は世界で唯一。自転車の推進力となるパワーとともに、ペダルにかかる力のベクトルも計測・表示することで、ペダリング効率の分析も可能にした革新的な製品だ。
そもそも人間の体はペダルをこぐことを想定した構造になってはいないため、どれだけ力を込めてペダルをこいだとしても、その全てが推進力に変わるわけではない。必ずロスが発生してしまう。そのロスをいかに減らす、つまりペダリング効率を向上させるための指標となるのが、力の大きさと入れる方向になるのだ。全くの異業種だった藤田さんが、なぜ開発するに至ったのか。それは、自らがロードバイクを趣味としていたことがきっかけだった。
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ペダリングの回転角度30°ごとに、12カ所で「力の大きさ」と「力の方向」を左右独立して計測。赤い矢印が回転方向の力で、青い矢印は回転とは逆方向の力を示す。自転車の推進力となるパワーの単位はW(ワット)で表示される
「ロードバイクに乗り始めたころは、ちょうどパワーメーターがはやりだしていた時期でした。物欲が湧いて調べてみると、当時は18万円や25万円といった高額な商品。しかも、それでいて防水性能がダメで、よく壊れるなど評判も良くなくて。実際に買って使ってみたのですが、やはり評判通りでした。自転車にまつわる海外製の電子機器というのは往々にしてそうで、これならばカーナビや電子機器、車載カメラなどを開発していたパイオニアの技術を生かして、壊れないパワーメーターを作れるのではないかと思ったんです」
2008年の冬に、当時所属していた研究開発部で新規テーマとして提案し、そこから研究の日々が始まった。当初はペダリングを可視化するという構想はなく、先述の通り壊れないパワーメーターを作ることを目標としていた。しかし、研究開発部のメンバーと相談している中で、開発の第一歩となるヒントがあった。
「アルミの棒にひずみゲージというセンサーを貼り付け、ぐいっと曲げてみるとちゃんと反応したので、これを応用できないかと考えました。実際にクランクに貼り付けてみたらその通りできたんですね。あとは回転を検出できればパワーメーターになるのではないか、と方向性が決まったんです」
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ペダリングモニターシステム本体から伝送される情報は、専用のサイクルコンピューターに表示される。記録したデータは、データ解析Webサービス「シクロスフィア」にアップロードすることで詳細に閲覧できる
クランクとは、ペダルが取り付けられているアーム部分のこと。ここに、ひずみゲージ(金属などに生じる小さな変形を検出するセンサー)を貼り付けるというのは、それまでにはなかったイノベーションだった。従来あったのは、クランクとチェーンリング(前ギア)をつなぐスパイダーアームと呼ばれる部分のひずみからパワーを検出するスパイダーアーム型、もう一つは後輪のねじれからパワーを検出するハブ型の2種類。そこへ新しくクランク型というジャンルを生み出した形だ。
奇跡的なアドバイスがひらめきを生んだ
そうしてクランク型パワーメーターの試作品ができたのが2010年のこと。アドバイスを求め、リオデジャネイロ五輪で自転車競技の日本代表監督を務めた元プロロードレーサー・浅田 顕(あきら)氏に試作品のテストを依頼した。すると、そこで得た浅田氏の一言が藤田氏にひらめきをもたらす。
「『クランクでパワーを検出するなら、ペダリングのテクニックも検出できないか』と言われたんです。実は当時から競輪学校には、ペダリングを検出する装置はありまして。とは言っても自転車には取り付けられないような大掛かりなものだったので、それがやりたいと。最初は何を言っているのか全然分からなかったのですが、要するに“推進力(パワー)”に加えて、“力の大きさと方向(ベクトル)”も検出したいという、プロの感覚からくる奇跡的な一言でした」
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片側につき、クランクの裏側に4つのひずみゲージを配置。クランクの曲がりと伸びを検出することでモニタリングを実現している
アイデアを持ち帰り、試行錯誤を繰り返した。パワーとベクトルをリアルタイムに検出する方法をついに考案すると、その試作品を日本最大の自転車展示会であるサイクルモードで発表、体験会を実施。すると、予想以上の反響があった。
「見たことがないものが見られた、と非常に満足してくださる方が多くて。すぐに欲しいという声を多くいただきました。今まで自転車雑誌などでは、実写の写真に矢印を付けてペダリングのテクニックが紹介されていたので、皆さんの頭の中に明確なイメージはあったんですね。実際にそれを具現化できる装置ができたものだから、自分のペダリングを見たい、というサイクリストの欲求に火を付けてしまったのだと思います(笑)」
そのうわさは、海外にまで及んだ。世界で戦うトップチームに所属する選手から直接、テストしてみたいというオファーがあったのだ。しかし、実際に使ってみてもらうとさまざまな問題が浮き彫りに。製品化するまでには多くの困難が立ちはだかったという。
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「何年もかけてちゃんと開発しないと、壊れにくく、精度の高いものは作れない」と藤田氏。「ペダリングモニターシステム」の製品化までには4年かかっている
「プロトタイプを作れたのは良かったのですが、実際に外で使える製品にするところが非常に大変でした。プロの選手の自転車は、とても厳しい環境にさらされます。振動や衝撃にホコリ、雨や泥、洗車時の高圧洗浄、オイルや洗浄液だってバシャバシャかかる。そういった環境に耐えながらも、物理的な問題だけでなく、安定して高精度に動くようにするというのは、全てが完璧にできていないと実現できないんです」
何度も改善を繰り返す中で、自身が他社のパワーメーターに抱いていた不満を、今度は自らの製品の問題点として真正面から向き合うことになった。「簡単に作れるものではなかったんですよね」と藤田氏は笑う。
プロ選手、そしてツール・ド・フランスへ
ブラッシュアップが重ねられた「ペダリングモニターシステム」は2013年、ついに製品化を果たす。サイクルモードでの前評判も手伝い、スタート直後から好評だったそうだ。他社にはない機能が付いていながら、価格は10万円台の半ばと、他社のパワーメーターと比べて安価なのも功を奏した。
「今まで手探り状態でペダリングを研究していた人たちに対して、動作に変化を加えた結果が数値として示せることで、うまくいかない原因を探るための材料になり、ペダリング技術の向上を手助けできる。それがこの製品の良いところだと思っています。そこに共感してくれる方が多いのはうれしいですね」
現在の製品には、ダンシング(立ちこぎ)検出やスプリント検出などの機能も新たなに加わり、より詳細なペダリングの研究と改善に役立っている。
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最新モデルは「SGY-PM910Z」129,600円(税別)。サイクルコンピューター「SGX-CA500」は29,800円(税別)。クランクは付属しない
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データ解析Webサービス「シクロスフィア」の画面の一部。ペダリングのパワーや効率だけでなく、左右差やコースが上り坂なのか下り坂なのかなど、総合的にデータを解析することでトレーニングに役立てられる
「面白いのは、プロ選手なら皆が皆、きれいなペダリングをしているかというと、そうでもないというのが分かってきたこと。理論上の理想形はありますが、それでも彼らは速く走れるので、実はペダリングには正解がないのかもしれません。千差万別で、単純でないのが興味深いところですね。どの筋肉を使っても、ペダルが回ることは回るんです。でも、その筋肉の使い方や使う順番を意識しながら自転車に乗ると、上達も早いし楽しいんですよね」
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開発する情熱を後押しした趣味のロードバイクでは、ヒルクライムイベントなどに積極的に参加をしているそう
今では国内外の多くのプロ選手もサポートし、世界最大の自転車レースであるツール・ド・フランスでも使用されている。そこから派生して、海外のアマチュアへのアプローチも成功の兆しが見えているそうだ。日本で4、5年前にあった指名買いの波が、昨年から北米などでも起こり始めているという。
人間がペダルをこぐエネルギーを最大限に生かすことにおいて、新たな指標を提案した「ペダリングモニターシステム」。あくまで計測機器だが、見えなかったものが見えるようになることの影響は計り知れない。サイクルスポーツをますます発展させる大きなエネルギーとなることを、期待せずにはいられない。
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text:石井 良(hibit) photo:西村 洋