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老朽化によるインフラ危機を救う!金属疲労き裂の治癒技術を徹底解剖

早稲田大学 理工学術院 材料力学・材料強度学研究グループ准教授 細井厚志【前編】

高度経済成長期に建設された構造物が設計寿命を迎えている昨今。修繕や建て替えが急ピッチで進められている。そんな中、インフラの維持管理法の概念を変える金属の疲労き裂を治癒する技術が確立された。そこで今回、その発明者の一人である早稲田大学 理工学術院 准教授の細井厚志氏に話を聞いた。

エネルギーを加えて接合させる金属治癒のメカニズム

「金属疲労き裂の治癒技術は、トンネルや橋、道路など老朽化している日本のインフラの維持管理方法を大きく変革する技術になりえると考えています」

そう語るのは、早稲田大学 理工学術院 材料力学・材料強度学研究グループ准教授の細井厚志氏。構造物を構成する建築材料や機能性素材の破壊メカニズムの研究や非破壊検査を行う傍ら、金属疲労き裂の治癒技術の確立にも精力を注いでいる。

確かに、現在ある日本のインフラは高度経済成長期に建設されたものが多く、昨今ではそれらの修繕に莫大な予算と人員、時間がかかっているとされる。そのような状況に一石を投じるのがこの技術なのだと、細井氏は言う。

「ジェットコースターの脱輪や、航空機のジェットエンジン部品のタービンブレード故障など、金属疲労に起因する事故は後を絶たない」と言う細井氏。この治癒技術の実用化に期待がかかる

「現状では、老朽化した構造物を検査して補強、あるいは古くなった部分の取り替えといった非常に手間がかかる方法で修繕を行っています。それに新しい部品も用意しなければなりません。そこで、もしこの治癒技術が行えれば、計り知れない手間が省かれ、長く使用できるという、コストカットと省エネ両面でのメリットが生まれます」

金属疲労き裂とは、長時間使用されることで金属に繰り返し負荷がかかり、少しずつき裂が生じることで、金属の種類や使用環境、負荷条件などによって変化する複雑な現象である。“治癒”と言うと、人間のケガや病気が治っていく様をイメージするが、一度ひび割れてしまった金属を、どのように治癒するのだろうか。細井氏はこう説明する。

「金属の場合は、外からエネルギーを与えることで、その効果を狙うことができます。まず私たちが確立した手法は、き裂箇所に大きなパルス電流を流すことで、き裂を修復する方法です」

これは抵抗溶接という金属を接合する方法が、大電流によって溶接が起こる現象を利用していることからヒントを得ているという。

「電流は、抵抗の少ないところを最短経路で流れる習性があります。そのため、き裂部分の両側に電極を置くことで、自然とき裂の先端から電気が流れるようにできます。電流が先端部をカーブすると高密度の電流場ができ、そこに熱がたまってき裂の先端部を膨張させます。しかし、電気が流れていない金属部分は硬いままですから、先端部の膨張力はき裂面の方向にかかり、面と面が次第に触れ合って、接合されるという仕組みです」

電気を流してから、き裂が閉口するまでの仕組み。ステンレス鋼の試験片を使用した実験では、0.5~10 kA(キロアンペア:1000A)という大きな電流を、0.5~10ミリ秒(1000分の1秒)流す。結果、電流を流すたびに300μm(マイクロメートル:1000分の1mm)ほど金属のき裂が修復された

当然のことながら、放出するパルス電流が弱過ぎると何も変化は起こらないし、強過ぎたら逆に素材が破壊されてしまう。そのため、電流の適正な強さと通電時間の割り出しが必要になった。

「もちろん金属の種類や組成によっては、電流の強弱や流す時間を変えなければなりません。ですが、それさえ分かればどの金属にも応用できます。また、この電流による修復アプローチは、き裂の両側に電極さえ設置できれば、建造物や精密機械、重機など、物の大きさを問わずその場で修復できるという強みもあります」

しかし、細井氏によると、この手法では接合面にはまだ十分な強度が得られていないという課題もある。道路やビルといった大型構造物の場合、その強度は人命に直結することが多い。さらなる研究が必要だと正直に打ち明けてくれた。

ゼロから築き上げた2つの治癒手法

研究者になった当初は、材料強度や破壊メカニズムの研究を専門としてきた細井氏。金属疲労き裂を修復すること自体に着目したきっかけは、勤めていた名古屋大学時代の教授からの誘いだったという。

「当時その先生が、省エネが叫ばれるこれからの時代は、修復する技術にも焦点を当てなければいけないとおっしゃられていて、その姿勢に賛同し、共同研究を始めました」

けれども当時は何のノウハウもなく、全くの手探り状態からスタートしたという。

「今では笑い話ですが、電流を流す着想を得た当初は、ワニ口クリップ(配線接続用のクリップ)で挟み、電流を流す理科の実験のようなことをしていました。当然それでは何も変化しないため、電流の強さや流す時間を変えながら試行錯誤していましたが、それでも思うような結果が出ませんでした」

そして一向に成果が得られないまま、もう研究をやめてしまう一歩手前まで気持ちが揺らいでいたとき、細井氏は最終手段として大きな電流を流すことを決意したという。

「そこで溶接メーカーの装置を借りようということになり、工場まで出向いて実験をさせてもらいました。実験後、研究室に帰ってからダメ元で顕微鏡をのぞくと、き裂面に変化があったんです。そのときは理由も分かりませんでしたが、実際に見てみると、き裂面に柱みたいなものがいくつもできていました」

左は電流を流す前の画像。き裂面がきれいなのに対し、右の電流を流した後の画像にはき裂面に明らかな変化が見てとれる

その後、研究を進めた結果、電流による熱膨張と圧力によってき裂が修復されていることが分かったのは前述の通り。しかし、修復後の強度不足問題をどう解決するのか。原因を分析した結果を、細井氏はこう話す。

「き裂面を詳しく調査してみると、き裂面が空気に触れて酸化皮膜(さび)が形成されていることに気付いたのです。分かりやすく言うと、き裂面の原子が酸素の原子と手をつないでしまった状態で、その上からくっつけようとしていたために、十分な強度が得られなかったということだったのです」

そこで細井氏は新たなアプローチをする。鋼材の性能向上や加工によるゆがみを除去するために行う焼鈍し(やきなまし)という熱処理技術をヒントに、加熱によって修復する手法を試みることにした。

「酸化皮膜を除去するためには加熱が必要であること、さらに溶接のように接合するためには、加熱は良い手段かもしれないと思ったのです。そこでまず、実験にはステンレス鋼を用いました。この鋼材は、真空状態で加熱すると還元(酸化物から酸素を取り除くこと)する特性があるので、真空にした炉内でき裂面の酸化皮膜が還元できて、かつ部材が溶融しない範囲内の温度で加熱してみたのです」

加熱によるき裂面の酸化皮膜除去のイメージ

実験は7時間に及ぶ。まず酸化膜を除去するために1時間かけて炉内温度を800℃まで上昇させる。その後1時間半加熱し、また1時間かけて1030℃まで上昇させて、炉内に入れた金属のき裂面を接合させやすくする。そのまま3時間温度を保持し、最後の30分で一気に常温まで冷やす。

「炉内から取り出してみると、狙い通りにき裂が修復されていました。しかも、その部材で引張(ひっぱり)試験を行うと、強度は約70%まで回復できていたのです。もちろんこの加熱手法も、金属の種類によっては温度を変え、加熱する環境も変えなければなりません。現在は、水素内で加熱して酸化皮膜を取り除き、き裂を修復する金属部品の実験も進めています」

き裂治癒技術などの研究を評価され、40歳未満の若手研究者が対象となる文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞した

結果だけを聞くとすぐに実用化できそうだが、この加熱方法にもデメリットはある。直したい金属部材を炉に入れなければならないことだ。

「そうなると、電流手法と違って構造物や重機など大きなものには不向きです。ですから精密機械の部品や難加工材といった、あまり替えが利かない高価な金属部品の修復に適しているのではないかと考えています」

細井氏らが考案した電流と加熱、2つの金属疲労き裂の治癒方法。現代の日本社会に大きく貢献する可能性を感じさせてくれるが、実用化までには、まだ高い壁が立ちはだかっているようだ。後編では、それらを乗り越えた先に実現しうる未来について、その夢と展望を聞く。


<2018年5月9日(水)配信の【後編】に続く>
宇宙開発の要に!目指すは金属疲労き裂の自己治癒

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