2017.2.24
トランプ大統領による「石炭の復権」の行方、そして日本に訪れる「チャンス」とは?
エネルキーワード 第2回「石炭火力」
ビジネスマンが押さえておきたいエネルギーにまつわるキーワードを、ジャーナリスト・安倍宏行さんの解説でお届けする連載第2回は「石炭火力」。石炭復権を狙うトランプ新政権の思惑、そして日本が世界に誇る「次世代石炭火力発電システム」について探ります。
火力発電は今でも主流
火力発電の燃料は何が一番多いでしょう?と質問されたら皆さんは何と答えますか?石油でしょう?いや、LNG(液化天然ガス)かな?と答える人が多いのではないでしょうか?
実は正解は「石炭」なんです。
意外ですよね?IEA(Intenational Energy Agency : 国際エネルギー機関)の調べによりますと、世界の発電電力量で「石炭」のシェアは約4割にも達しています。そのシェアは徐々に下がると見られていますが、それでも2040年時点で3割をキープすると予測されています。
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電源別発電電力量の構成比 (2012)
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IEA(World Energy Outlook 2015)による世界の発電電力量見通し(WEO新政策シナリオ)
次世代火力発電協議会(第5回会合)資料2「世界の火力発電の市場動向」p.3より 一般財団法人エネルギー総合工学研究所 小野崎正樹
実際、中国、米国、インド、韓国、豪州などでは石炭火力の比率が高いのです。その理由は簡単。これらの国は、もともと石炭産出国。石炭は、原油やLNGに比べ低廉な燃料として長年重宝されてきました。
実際、石炭の価格は原油やLNGに比べ低位で安定してきました。しかし、近年LNGの価格が下がってきており、石炭の価格競争力は前ほどではありません。
とはいえ、新興国は今ある石炭火力の設備をそう簡単に変更することができません。火力発電の比率を下げ、原子力発電に切り替えよう、と思っても、原子力発電所の建設コストは莫大です。おいそれと新設できるものではありません。ですから、中国やインドでは、石炭火力発電の比率は下がるどころか、むしろ増えると見られているのです。
トランプ氏が石炭を重視するわけ
さあ、ここでまたトランプ大統領にご登場願いましょう。
実はトランプ大統領は選挙期間中から、石炭火力重視の姿勢を打ち出していました。ですが、これはあくまで石炭産業に従事する有権者の持つ票稼ぎからです。オバマ前政権はCO2の排出が多い火力発電を規制していました。特に石炭火力には厳しい規制が敷かれていたのですが、その政策を変えると公約して当選したのがトランプ大統領なのです。
アメリカの石炭産業は2008年から2012年で約50,000人の雇用が失われたといいます(注1)。その雇用を取り戻そうというのがトランプ大統領の思惑です。これまでに、ホワイトハウスはアメリカファーストエネルギープラン(*1)というものを発表していますが、具体的な政策はこれからです。
しかし、アメリカにおける石炭火力の退潮は、天然ガスの台頭によるものであり、石炭火力を復権させるのは無理があります。何らかの保護政策をとることにより、一時的に石炭産業に雇用は増えるかもしれませんが、やがて無理をしたつけが回ってくるでしょう。トランプ政権が石炭産業を保護しようとすればするほど経済合理性からは離れていき、やがて国民の反発を招くでしょう。そうなったときトランプ大統領はどう方針転換するのか、興味深いですね。
日本への影響は?
前回の「シェールガス」でも言いましたが、アメリカの化石燃料回帰は日本にとって悪いことではありません。
トランプ政権がシェールガスを重視すれば、日本もアメリカからガスを輸入しやすくなり、他の地域(中東など)に対する価格交渉力がアップするからです。
わが国はかつて石炭産出国ではありましたが今では輸入国です。しかし、最大の輸入相手は豪州で、アメリカからは全体の3%くらいなので、トランプ政権下でアメリカ国内の石炭算出量が増えてもあまり関係はないでしょう。しかし、別のところで、日本にとってチャンスがあると私は考えています。
世界最高水準の日本火力発電技術
現在日本は電力需要のほとんどを火力発電に頼っています。それは、東日本大震災以来、ほとんど全ての原子力発電所が停止しているからです。総電力量の実に87.7%が火力発電で、そのうち石炭の占める割合は31.0%です。
意外と多いと思いませんか?
その石炭火力、日本で今後さらに増える見込みなのです。原発再稼働が遅々として進まない現状で、発電単価が低い(*2)石炭火力を増やさざるを得ないのです。
日本のこういった姿勢は「温室効果ガスを大量に排出する石炭火力を国内に新設・稼働し、さらに新興国に輸出しようとしている」と2015年のCOP21に先駆けてドイツで行われた会合で、国際NGOを中心に批判(*3)されました。
確かに石炭は、CO2の排出量が多いだけではなく、SOx(硫黄酸化物)、NOx(窒素酸化物)、ばいじんなどの大気汚染物質も排出します。だからこそ、環境に優しくかつ発電効率の良い技術、「クリーンコールテクノロジー」が今必要とされているのです。
そのテクノロジーを結集させたものが、次世代石炭火力発電システム「石炭ガス化複合発電(IGCC:Integrated coal Gasification Combined Cycle)」です。
その開発には実に30年かかっており、現在、福島復興電源として、54万kWのIGCCプラントが、常磐共同火力株式会社の勿来発電所(福島県いわき市:2020年9月運転開始予定)隣接地と、東京電力フュエル&パワー株式会社広野火力発電所(福島県双葉郡:2021年9月運転開始予定)に、1基ずつ建設・運用する計画が進行中です。
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IGCC連続運転の世界記録を更新した、常磐共同火力株式会社勿来発電所10号機
©国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
ここでIGCCは何がすごいか見てみましょう。
普通の石炭火力発電は、石炭を燃焼した熱を利用してボイラーで蒸気を発生させ、その蒸気を使ってタービンを回し発電します(下図)。
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従来の石炭火力発電とIGCCの違い
©国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
一方、IGCCは、最初に石炭をガス化してガスタービンを動かし発電し、さらに高温の排熱を利用して蒸気を作り、蒸気タービンを回して発電するのです。
この2段階の「複合発電方式」で、従来の石炭火力の発電効率が約42%に対してIGCCは約50%の発電効率が可能であり、さらにそれ以上の性能を達成すべく現在も研究開発が進んでいます。こうして石油火力とほぼ同等のCO2排出量で発電が可能になり、地球温暖化対策に貢献するのです。将来的には回収技術により、CO2排出ゼロを目指すというから驚きです。
他にもIGCCは、これまでの石炭火力が利用困難だった種類の石炭も燃料として使うことができるので資源の節約にも貢献します。さらに、SOx、NOx、ばいじんの排出量が低減できるので地球環境に優しい発電システムと言えます。
でも皆さん、それで技術の進化は終わりではないのです。
その先には、石炭火力と燃料電池の融合があります。「石炭ガス化燃料電池複合発電(IGFC:Integrated coal Gasification Fuel Cell combined cycle)」と呼ばれるものがそれで、2025年ごろの商用化を目指しています。発電効率は55%、CO2の排出量は最新の石炭火力発電より30%も少なくなるというこのシステム、中国電力(株)と電源開発(株)の共同出資で設立された「大崎クールジェン(株)」(*4)が実証実験を行います。日本の技術者のあくなきチャレンジ精神に脱帽ですね。
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大崎クールジェン「酸素吹石炭ガス化複合発電実証試験発電所」完成予想図
©大崎クールジェン(株)
こうした石炭火力の国際開発競争の中にあって、日本の技術は高く評価されています。
安倍政権は「インフラシステム輸出戦略」(*5)の名の下に、石炭火力をアジアに売り込もうとしています。フィリピン、オーストラリア、インドネシア、ベトナムなどがその対象国となりそうです。特に、ベトナムは2016年に原子力発電の計画を中止し火力発電にシフトしました。ブラジルでの最新鋭の石炭火力発電所建設計画に日本企業が参加を検討しているとの報道もあります。
アメリカ・テキサス州で建設中の世界初直接燃焼方式による超臨界CO2サイクル火力発電システムのパイロットプラントにも日本の技術が使われています。このシステムの燃料は石炭ではなく天然ガスですが、高い発電効率を有しながら、CO2を全て回収でき、NOxの発生も抑える、環境に優しい優れものなのです。
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超臨界CO2サイクル火力発電システムのパイロットプラント向けタービン
©株式会社東芝
官民一体となって火力発電技術を海外に輸出することに批判的な意見も散見されますが、日本が蓄積してきた環境対応型の火力発電技術はむしろ、旧式の火力発電所を使い続けている国にとって、経済合理性と環境対応性を高次元で両立させるための最適解ともいえるのではないでしょうか。新興国のみならず先進国でも日本の火力発電技術を導入したい、という国は今後ますます増えるでしょう。
特に、筆者は中国に日本の技術を導入してもらうことは大きな意味があると考えます。
中国は原子力発電所を今後増やす計画ですが、それでも主力は火力発電所です(注2)。日本の高効率火力発電所を導入することで石炭の使用量を大きく減らすことができます。また、日本の環境技術により大気汚染の原因とCO2を減らすこともできます(注3)。
まさに一石二鳥ですね。
隣国の健全な経済発展と環境問題の解決にわが国が貢献することは、東アジアの安定にも資するでしょうし、世界経済にとっても歓迎すべきことでしょう。今後も日本の石炭火力発電技術から目が離せません。
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