特集
冬季スポーツエネルギー論

スキージャンプ、空を飛ぶためのエネルギー

「浮力をつかむ、その一瞬のために」元日本代表・原田雅彦と見るジャンプ力学

揚力、重力、抗力、さらには選手そのものの運動エネルギーなど、さまざまな力が複雑に作用する「スキージャンプ」。自らも選手として活躍し、現在は雪印メグミルクのスキー部で監督として指導にあたる原田雅彦氏に、1本のジャンプを成功に導くためにのエネルギーと力学について聞きつつ、近く始まる世界大会について、語ってもらった。

浮力をつかむ快感

スキージャンプといえば、日本では冬季スポーツの花形競技だ。歴史を振り返ると、世界大会での数々の名シーンがすぐに浮かんでくる。現在、雪印メグミルクスキー部で監督を務める原田雅彦氏もまた、記録と記憶の両面で絶大なインパクトを残してきた伝説のジャンパーの一人だろう。

「スキージャンプって、生身の人間が空を飛ぶわけですから、メチャクチャ怖いんですよ。でも、距離が伸びると、ものすごく気持ちいい。どんな選手にも『これだ!』という手応えと共に、経験したことのない浮力をつかむ瞬間があるんです。その高揚感が忘れられないからこそ、恐怖心を乗り越えて選手たちは何度でも飛び出していくんですね」

2006年に現役を引退し、2014年から雪印メグミルクスキー部監督を務める原田雅彦氏

原田監督が初めてジャンプをしたのは10歳のころ。「たった7m程度のジャンプでしたが、確かにふわっという浮遊感を感じて、『うわっ飛んだ!』という実感がありました。そしてすぐに『もっと飛びたい!!』と思ったんです。37歳で現役を終えるまで、とにかくそのことしか考えていませんでしたね」と、現役時代を懐かしむ。

2002年にソルトレークシティで行われた大会で使用されたジャンプ台。選手たちはここから時速90kmのスピードでジャンプ台を滑り降りていく

© Andjam79 / Flickr

「ただ、そのときの体の使い方や空中での感覚をうまく伝えたいのですが、言葉にするのが難しくて。他のスポーツみたいに『ちょっと試してみてください』というわけにもいきませんからね(笑)」

ジャンプ選手のジレンマ

ジャンプ台を滑り降りるスキーの動力源は重力だ。そのほか、体重を乗せた助走での加速、強く踏み切るための脚力と瞬発力、空中姿勢を維持する持久力とバランス感覚、さらには風向きや風速などの外的要因。ジャンプのパフォーマンスは、これらのファクターがほんの数秒の間に複雑に絡み合って決定付けられる。

「『夏は何をしているんですか?』とよく聞かれるんですが、選手たちは四六時中、トレーナーと二人三脚でさまざまなトレーニングを続けています。メンタルも含めて、あらゆる要素が求められる競技なんです」

トレーニングで筋肉量を増やせば、体重の増加によって助走の加速度も上昇し、蹴り出しのパワーも強くなる。ただしその反面、体が重くなる分、早く落下してしまう。どこかを特化して鍛えればいいというわけではなく、また、他選手の成功例が自分に当てはまるわけでもない。このジレンマこそが、選手の探究心を突き動かす。トップ選手は1本の成功ジャンプのために、生活全般をトレーニングに注ぎ込んでいるのだ。

「もちろん、練習するのは当たり前です。いかに自分のスタイルを保ちながら、あと1m遠くに飛べるか。そのための微調整を繰り返します。『次はこうしてみよう』『今度はああしてみよう』と試行錯誤するわけですが、これにハマり過ぎると逆に記録が伸び悩むこともあります。私たち指導者は、今のままで十分だと、やり過ぎを止めるのが仕事の一つでもあるんですね」

エネルギー転換がカギ

競技で使用されるジャンプ台は、ノーマルヒルやラージヒル、フライングヒルなど、規模(※1)によってクラス分けされている。ラージヒルでいえば、アプローチの最大斜度は36度、助走時の最高速度は時速80~90kmに達し、踏切後はK点(※注2)の105~125m付近を目指して滑空する。

スターティングゲートからカンテ(踏切台)を目指して急斜面を滑り出した選手は、体を丸めて縮こまるような低い姿勢で抗力(空気抵抗)を最小化する。助走におけるコンマ数秒の速度の違いもまた、数mの飛距離の差につながるからだ。

踏み切りでは、体が起き上がる反動力を利用してテイクオフする。着地時の最高速度は時速100~120kmにも達するといわれるスピードを効率よく推進力に転換するためには、踏み切りの角度やタイミングが重要となる。空中では揚力、重力、抗力のバランスを取るために極端な前傾姿勢のままスキーをV字形に開き、板と体に受ける空気抵抗を浮力に変換していく。

1980年代にスウェーデンのヤン・ボークレブ選手が始めたとされるV字ジャンプ。下から見上げると、板が逆さのハの字になる

©Alexander Nilssen / Flickr

会心のジャンプでテレマーク姿勢もきれいに決まり、ランディングバーンに降り立つ。着地の衝撃はさぞや強かろうと思えるが、傾斜に滑り降りることで落下にかかるエネルギー(位置エネルギー)を運動エネルギーにスムーズに転換するため、衝撃はほとんど感じないという。

「斜面に降りる分には全くショックはありません。そのままの勢いで滑っていっちゃいますからね。問題は飛距離が出れば出るほど、バーンの傾斜が緩やかになっていることなんです。高さ100mから時速100kmで落ちてきて、平らな面に着地すれば、衝撃をまともに体で受け止めてしまうことになります」

スキージャンプの場合、ヒルサイズと呼ばれる“安全に着地できる地点”が定められている。ヒルサイズ内の傾斜は31~32度と急斜面になっているため、落下のエネルギーのほとんどは傾斜を滑り降りる運動のエネルギーに変換されることになる。

しかし、ヒルサイズを過ぎると斜度が緩くなるため、落下のエネルギーがダイレクトな衝撃となってしまう。ゆえに、ジャンパーが飛び過ぎてしまわないよう、スタート位置が調整されているのだ。

「選手には、どこまでも遠くに飛びたいという欲求があるものなんですが、勝負の駆け引きを考えれば、少し手前に降りてでも飛型点(空中姿勢の安定性や美しさを評価する点数)を稼ぐ方が効率的な場面もあります。ただし、実際にそこまで冷静に試合を運べる選手はなかなかいないと思いますけどね」

強い選手の条件はアベレージ

原田監督が考える「強い選手」の条件——それは“アベレージ”が出せること。

「私自身がハラハラドキドキさせるタイプの選手だったからかもしれませんが(笑)、1本目も2本目も安定して距離をまとめられる選手には、必ず優勝のチャンスが巡ってくると考えています。たとえ不利な状況になっても、粘り強くチャンスを待てる選手が強い。ジャンプは我慢の競技でもあるんです」

2018年1月、北海道札幌市でチームの合宿をしていた原田監督。熱くスキージャンプについて語ってくれた

平昌(ピョンチャン)でまもなく開催される大会では、ノーマルヒル男子個人、同女子個人、ラージヒル男子個人、男子団体の4種目が行われる。原田監督が率いる雪印メグミルクスキー部からは、伊東大貴選手と小林潤志郎選手が代表入りした。

「2人の特徴は、失敗ジャンプがほとんどないこと。伊東選手はワールドカップでも勝利を挙げているベテランで、今大会で4度目の出場ですから『流れさえ来れば』とチャンスを狙っているはずです。そして今一番ノッているのが、今季の全日本選手権を制し、さらには昨年11月に行われたワールドカップで初優勝を果たした小林選手。初出場でプレッシャーもかからないでしょうから、このままの勢いで思い切って飛んでほしいですね」

ノーマルヒル女子個人では、髙梨沙羅選手と伊藤有希選手の2枚看板にも期待を寄せる。

「髙梨選手のスピードと鋭い踏み切りは、世界の女子ジャンプのスタイルを大きく変えてしまったほどの強烈なストロングポイント。一方の伊藤選手は、試合巧者の技巧派タイプで、勝負の勘どころをとらえる力がさえています」

そしてなんと言っても真打ちは、盟友でもある葛西紀明選手だ。

「史上最多となる8回目の出場はまさにレジェンド!世界中のファンが彼のジャンプを後押ししてくれると思いますよ」

対する各国の強豪も本番に照準を合わせて調整に余念がないはずだ。果たして日本代表選手たちは、揚力、重力、抗力のエネルギーが調和した会心のジャンプを決めることができるのか。アプローチから着地まで、全てのプロセスに注目していきたい。

注1)ヒルサイズ(HS)=ジャンプ台の規模を示す単位で、踏み切り台の先端から安全に着地できる目安となる地点(L点)までの距離を差す。
注2)K点=ジャンプ台の設計上、何mまで飛行可能かを示す建築基準点(コンストラクション)のこと。着地斜面の傾斜曲数が変わる地点を差す。

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