2017.5.3
ドローン長時間飛行化の流れに技術者が“NO”!
株式会社イデオモーターロボティクス 代表 井出大介
次世代テクノロジーの一つとして注目を集めるドローン。その航続距離や性能などエネルギー問題について、現場の専門家たちはどのように見ているのか。世界のドローンの事情、各メーカーの機体の性能に詳しく、自らも制作・販売を行う技術者、イデオモーターロボティクスの代表・井出大介氏に業界事情を聞いた。
ドローンビジネスの課題が浮き彫りに
「最近では、ドローンの飛行時間をいかに延ばすかに注目が集まっていますが、実は現在の能力で十分なのではないかと、私は考えます」
イデオモーターロボティクスは、空撮用大型ドローンなど専門機器の輸入販売を主な事業としている。エンジニアの立場から企業を技術的にサポートする代表の井出氏は、ドローン関連ビジネスの動向にも明るい。ドローンが日本で話題になる以前から事情に精通してきたパイオニアで、忌憚ない率直な意見は世間の耳目を集める。
「数年前に始まったいわゆる“ドローンブーム”も、ここ最近は少し落ち着いてきた感があります。
もう少しかみ砕いた言い方をするならば、日本国内でドローンを使ったビジネスとして成立する分野、そうでない分野が明確になり始めた。これまでは、ドローンの実際の性能や特性などを超えてしまうような使われ方が想定されたり、ドローンを使えばなんでもかんでも便利になるというような風潮で騒がれてきました。
ただ最近では、実際にはそうもいかないということに業界関係者やユーザーが気付き始めており、需要や用途が洗練されてきた印象を受けます」
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ドローンエンジニアとしては、日本におけるパイオニア的存在でもある井出大介さん
井出氏はドローンを使ったビジネスとして成立している分野について、2つの例を挙げる。一つは「空撮」。そしてもう一つは「測量」だ。両分野においてはドローンを導入するメリットの検証が進んでおり、効果やコストがビジネス的に見合う部分に関しては、実際に利用の裾野が広がっているという。
「災害対応や配送などにドローンを使おうという動きは、マスコミを中心に話題になることが増えていますよね。
しかし、それらの用途で実用化までこぎ着けた例は、ほとんどありません。実際のところ技術的・法律的課題が山積みなのです。それに、あえてドローンを使わなければならない理由を、説明しきれていない状況もある。
例えば、農薬散布など農作業にもドローンが使えると期待されていますが、日本の農地の広さだと、そこまで大きなニーズはありません
。日本は、米国や中国のように広大な農場が点在しているわけではありません。専用のドローンを開発したり、散布サービスを提供する事業を新たに立ち上げることは可能だと思うのですが、ビジネス的に成功できるかについては疑問符が残るでしょう。
同じように実用化レベルまで考慮したとき、日本でドローンが本当に使えるシーンというのは熟考しないとなかなか見つからないというのが私の見解です」
一方で、最近ではドローンの機体や関連機材がコモディティー(汎用品)化してきたとも井出氏は言う。今後、ドローンの価格がさらに低下し、技術的にも扱いやすくなることで、プロオペレーターではない一般ユーザーが気軽に利用できる状況が拡大していくだろうとの分析だ。
「一時期、ドローンビジネスがはやるという予測の中で、オペレーター不足の問題も浮上しました。ですが、そちらはテクノロジーや機体のコストダウンが補ってくれる流れがあります。最終的にドローンのプロが担う仕事は、高度な技術や専門知識が必要なニッチな領域に限定されてくるかもしません。
いずれにせよ、ドローンはちまたで騒がれているように“万能”では決してない。ビジネスを仕掛ける側にとっては、良くも悪くも、ドローンを使うことの意義を改めて考えさせられる段階に来ていると思います」
現場オペレーターは気象条件との戦い!
夢のテクノロジーとして注目を浴びるドローンには、まだまだ多くの課題がある。その一つに“飛行時間”、つまりどのように機体の動力エネルギーを担保するかという“技術的な宿題”が挙げられる。
「ドローンの飛行時間は気候や場所などの条件によって変化します。例えば、気温と気圧による空気密度の変化は重要です。標高1500mくらいの山に行くと、メーカーが発表している海抜0m地点における最大飛行時間より、2割くらいは飛行時間が短くなるんです。
というのも、同じ性能のプロペラで空気をかいても、空気が薄くなると相対的に推力が生まれにくくなるからです」
さらに、ドローンの飛行時間を左右するもう一つの要素としては、気温もある。ドローンに搭載されているバッテリーは、素材となる物資に化学反応を起こしてエネルギーに転換する仕組みだが、気温が低いと化学反応そのものが起きにくくなり、性能が著しく低下してしまう。
井出氏によれば、空撮のプロたちはバッテリーの特徴をよく理解しているので、気温の変化にも非常に気を使うのだそうだ。
「現場のオペレーターたちは、寒い場所で撮影する前日に、クーラーボックスに湯たんぽとバッテリーを入れて温めておいて、撮影直前に取り出して使います。バッテリーの性能を維持するための努力は実に涙ぐましい(笑)。
またドローンの飛行時間は、積載容量によっても変化します。載せる荷物や機材が多くなればなるほど、飛行時間は短くなるんです。こうしたさまざまな要因が、複合的に飛行時間に作用するんですよ」
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井出氏のオフィスには、自ら制作したドローンがいくつも配置されている
部品の大型化でパフォーマンスが向上
現在、ドローンの世界的大手メーカー・DJIが発売している製品など、一般に流通している機体の飛行時間は40~50分程度だと言われている。
しかしこれはあくまで、荷物を全く積まない、また前述した各種条件を満たした場合の飛行時間だ。実際のところは、「荷物を積まないということはあり得ませんから、20~30分程度がテクノロジー的な限界だ」と、井出氏は言う。
「ただ、日本でも注目を浴び始めた4~5年前、ドローンの飛行時間はわずか10~15分だったんです。つまり、数年で2倍くらい飛んでいられるようになった計算になります。面壁九年、飛行時間自体は徐々に延びているんですよ」
ドローンの飛行時間が延びた大きな理由としてはまず、部品の進化がある。
特徴的なのは、モーターやプロペラの大型化だ。これまでは、小さいモーターやプロペラを高回転、つまり速いスピードで回転させることで浮力や推力を維持してきたが、最近では大きな部品を低回転、すなわちゆっくりと大きく回すことで、電力消費を抑えながら同様以上のパフォーマンスが発揮されるように機体や部品の改良が進んでいるという。
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右が従来の小型モーター。現在では左のような大きなものが搭載されている
「もう一つ、電子式スピードコントローラ(以下、ESC)の技術的発達も無視できません。ESCはモーターの回転速度を制御する部品なのですが、そこに高効率なインテリジェント制御を行うことで、ドローンにも搭載されることが増えてきました。
ESCが必要なときに、必要な量だけモーターを動かす命令を徐々に送れるようになってきたことで、無駄な電力消費が減り、飛行時間も延びてきたというわけです」
では、今後さらなる技術発展を遂げるためには、何が必要か。
「部品の改良に加え、バッテリーのイノベーションもまた、重要になってくるはず。燃料電池など、ハードウェアを動かす代替燃料の可能性は日々研究が進んでいますが、バッテリー切れなどによって墜落したときのリスクを考えれば、ドローンには気温などの条件に左右されない、安定したエネルギー供給装置が必須になってきます」
現場のエンジニアやオペレーターが望む、そんな夢のようなバッテリーが生まれれば、いずれクーラーボックスに湯たんぽを入れてバッテリーを持ち歩く──そんな努力も必要なくなるかもしれない。
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現在は、ドローンに搭載されているバッテリー分だけでもかなりの重荷になるという
「ドローンの飛行時間が延びるということは、技術発展という観点から非常に重要なことだと思います。ただ、何のためにドローンの飛行時間を延ばしたいのかという問いも、同時に重要になるはずです。
例えば空撮だと、プロのオペレーターがワンテイクで集中してドローンを操縦できる時間は10分程度です。それ以上になると、撮影現場の緊張感やプレッシャーから、疲れて映像がブレてきたりするんですよ。
日本ではまだ実証実験段階のため実現していませんが、配達にしてもそうです。人が多い密集地で、長時間にわたりあえて飛ばす必要があるのか。
正直、ドローンが墜落する可能性は一般の航空機と比べても圧倒的に高く、リスク管理も洗練されていません。言い換えれば、現状では人間側の能力や安全を担保する技術に限界があるため、ドローンが数時間も飛ぶという想定自体が成立しえないのです」
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制作したドローンを飛ばす井出さん。井出さんほどのベテランであっても、10分を過ぎると集中力が切れてくるのだという
今後、ドローンの活用を期待される分野は、配送や災害対応などさまざまだ。それらが仮に実現するとして、ドローンにはどのくらいの飛行時間が必要とされるのだろうか。たとえ、自律的に数時間飛ばせたとしても、安定性が低下し墜落してしまっては元も子もない。
「むしろドローンの飛行時間の発展は、ビジネスとして何を成し遂げたいのか、解決したい課題は何かという問いとともに進んでいく気がします。そのような複眼的な視点が、翻ってドローンのエネルギー問題を前に進めていくのかもしれません」
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text:河 鐘基(ROBOTEER)、photo:後藤秀二