2017.4.27
『ポケモン GO』で示したARによるリアル世界の拡張
株式会社ナイアンティック 代表取締役社長 村井説人
2016年の夏は、2000年代で最も人々が歩いた夏として記憶されるのではないだろうか? 世界規模での社会現象となった『ポケモン GO』を世に出したナイアンティック社の創業者ジョン・ハンケCEOとは、Google時代からビジネスパートナーだったという日本法人代表取締役社長 村井説人さんを訪ねた。
全てはGoogleマップから始まった
ナイアンティック社を立ち上げたジョン・ハンケCEOと、日本法人の社長である村井さんは、Google社で「ずっと仕事を一緒にやってきた間柄」だった。もともと、ジョン・ハンケ氏はGoogle Earthや Googleマップ、ストリートビューを統括する立場、そして村井さんはGoogleマップの日本でのパートナーシップの統括をしていたという。
「9年ほど前になります。彼は日本が大好きなので、日本のGoogleマップをどうするかというディスカッションをよくしていました。その流れもあって、2012年に『地図をベースにしたロケーションベースのリアルワールドゲームを出すんだけど、日本でサポートしてくれないか』と相談があったんです」
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株式会社ナイアンティック 代表取締役社長 村井説人さん
それが、ナイアンティック社がGoogleから独立するきっかけとなる『Ingress(イングレス/世界200カ国で1400万以上ダウンロードされている、
「そのあと、Googleから独立して、ナイアンティック社を作るというタイミングで、『ぜひ一緒にやらないか』というお声がけをもらって。私自身も新たなチャレンジをしたいと思っていたので、この職を受けたんです。Ingressのβ版が出てから2〜3年たったころでしたね」
ほどなくして2016年7月、あの世界規模の熱狂を生み出すアプリ『ポケモン GO』がリリースされる。『ポケモン GO』は、現実世界を移動することでポケモンを捕まえることができるため、AR(拡張現実)技術を活用したゲームだと紹介されることが多い。しかし、村井さんはARに興味があったわけではなかったという。
「ジョンもそうなんですが、私も特にARありきで考えていたわけではないんです。『Adventures on foot』(自らの足で歩いて冒険をしよう)というナイアンティックの社是に共鳴・共感したんです」
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先行してリリースされたリアルワールドゲーム『Ingress』のグッズ。エネルギーをテーマとしたSF的な世界観が演出されている
ARでインターネットとリアルを融合させる
村井さんは、マップをただ便利なツールとしてだけでなく、マップを通して次にやりたいことを考えていた。それは、マップを活用して“人を動かす”こと。
「私自身も、マップを羅針盤としてさまざまなところに動いてもらえるようなサービスをどうやったら実現できるのか、ということを常に考えていたんですね。ジョン・ハンケが考える『リアルワールドゲーム』は、動かないと物事が進まないようなきっかけを提供している。これは本当に、次の地図の活用方法なんじゃないかな、とすごく魅力を感じたんです」
マップを介して、AR技術によってインターネットとリアルを融合させることができる──。村井さんは、『リアルワールドゲーム』の可能性をそのように感じたという。
「過去10年くらい、インターネットがすごく進化して便利になってきた。しかしながら、われわれはインターネットの住人ではなくて、リアルな世界で生きています。インターネットの情報がこれだけ便利になってきたのであれば、それと実生活をうまく融合するのは、まさにAR技術なんじゃないか、と」
進化したインターネットを、リアルの世界に融合させてさらに意味のある世界に──『ポケモン GO』の大ヒットは、ナイアンティック社が設立されるきっかけとなったそんな思いが結実した結果なのだ。そこには、ただAR技術を活用しただけではない、あるキーワードがあった。
「『ポケモン GO』はゲームではありますが、ナイアンティックがやりたかったことは、人に動くモチベーションを与えるということです。たまたまゲームであっただけで、大切なのは“エンターテインメント性”なんです」
インターネットの情報とリアルなものを、ゲームというエンターテインメント(娯楽)の接着剤でうまくくっつけることによって、人が動き始める。
「別にゲームである必要はなくて、例えば企業さまそれぞれにユーザー向けのアプリを作っています。しかし、ポイントサービスや情報だけではなかなか継続利用してもらえない。
そこに、お店に行くことによって何かメリットがもらえるだとか、訪れる楽しみを載せる。われわれはゲームという形式を通じて、エンターテインメント性を載せると、こんなに人を動かせると証明ができたのではないかと思っています」
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『Ingress』では「CEDEC AWARDS 2015」、『ポケモン GO』では「The Game Awards 2016」など、数々の賞を受賞
人を動かすことが世の中をより良くする第一歩に!
村井さんには『ポケモン GO』の日本リリースで、心が震える体験があった。それはARのみならず、『Ingress』や『ポケモン GO』のもう一つの特性がもたらしたものだった。
「代々木公園に行ってみたら、その場に多くの人が集まっていて、みなさん『ポケモン GO』を楽しんでいる! これはARが、というよりも“大規模多人数同時参加型ロールプレイングゲーム(オンラインゲーム)”『MMORPG』だということが大きなポイントだったんだろうと思っています。みなさんが見ているのは自分のスマートフォンの画面ですが、実際には共通の体験を同時にすることができる。それが、『ポケモン GO』が熱狂的に支持された要因だったと思います」
エンターテインメント性で人を動かすということを、全世界に証明してみせた『ポケモン GO』の大ヒット。村井さんは、“エネルギーとはまさに人が動くこと”だという。
「基本的には物が動けばエネルギーが起きる。人が動けば、相互作用が起きて広範囲に影響を与えます。一つは動くことによって健康になる。『ポケモン GO』はシニア層の方たちも楽しんでいただいています。もしかしたら、このゲームをきっかけに国の医療費が下がるかもしれない。また、靴がすり減るかもしれないし、おなかがすくかもしれない。そうすると、リアルな経済にも影響を与えます」
実際に、運動不足は考えている以上に深刻な社会問題だ。村井さんが教えてくれたある統計によると、喫煙を原因として亡くなる方が世界で毎年約560万人いる一方で、運動不足が原因で亡くなる方は約530万人。加えて、世界中の子供たちの約80%が推奨されている運動ができていないという。
「人を動かすことは、この世の中をちょっとでも良くすることにつながるんじゃないか、社会的に意義のあるプロジェクトになるんじゃないか、とジョン・ハンケは考えていたんです。歩くとか動くということは本当に簡単でとてもささいなことなんですけども、人間にとって重要だし、この世の中をよりよくする“第一歩”になるんじゃないかと思っています」
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「日本全国、世界中で皆さんが遊んでいるところを見ることができたのは、すごく価値のある経験でした」と村井さん
写真提供:ナイアンティック社
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text:三木匡(questroom inc.)、photo:井上洋平