2019.7.24
バーチャルならではの強みを生かす!人気VTuberブランディングの秘訣
株式会社Candee シニアプロデューサー 秋山広行/プロデューサー・アートディレクター 長谷川直子
さまざまなメディアに登場し、リアルとバーチャルをつなぐ存在として、多方面から注目されている「バーチャルYouTuber(VTuber)」。近年では大手企業のテレビCMに出演したり、大型イベントにゲストとして招待されたりと、実在のタレントと変わらない活躍ぶりを見せるキャラクターも増えつつある。そんなVTuberの中でも、歌に特化し、独自の存在感を示しているのが、Activ8株式会社と株式会社Candeeが共同プロデュースしているバーチャルシンガーのYuNi(ユニ)だ。今回は、その中心メンバーであるCandeeの秋山広行氏、長谷川直子氏に、プロジェクトの現状や業界の展望をうかがった。
VTuberが歌手に?独自の戦略で人気キャラクターを創造
2017年ごろより、インターネット上で急激に名前を見かけるようになった「バーチャルYouTuber」(以下、VTuber)。CGで製作されたバーチャルモデル(イラストの場合もある)をモーションキャプチャー技術で操作し、実在のYouTuberと同様に、さまざまな動画の投稿・配信を行っている配信者の総称(バーチャルモデルのキャラクターそのものを指す呼称でもある)だ。
バーチャルな存在ゆえに、実在のタレントでは実現不可能な形式での配信が可能。既存のアニメやゲームのキャラクターと違い、視聴者ともリアルタイムでコミュニケーションを取れることから、多くの二次元コンテンツファンからも支持され、今や一大ムーブメントになりつつある。
世界での総数は2019年5月時点で8000人を超え、それらの動画再生回数を合計すると7億8000万回を突破(2018年7月現在、株式会社ユーザーローカル調べ)。その認知度は多くの企業からも注目され、広告展開やタレントとしてのイベント・テレビ出演、各種グッズの制作・販売など、さまざまな活用事例が報告されている。
このように、多方面からVTuberが注目されている中、独自の戦略で業界に切り込んだのが、動画制作、キャスティング、PRなどデジタルマーケティングビジネスを展開するCandeeの秋山広行氏だ。秋山氏は、ソフトバンク株式会社にて「BBTV」「Ustream」といった映像配信システムの開発・運営に携わってきた経歴の持ち主。それがどういった経緯で、VTuber事業を立ち上げることになったのか。
秋山「Candeeに入社後、いわゆるサブカルコンテンツと親和性が高いタレントのマネジメントを行うようになりまして。さまざまな可能性を模索していたときに、空前のVTuberブームが到来したんです。これはわれわれも挑戦したいと思い、今から始めるなら何をしたらよいかと考えた結果、まだ本格的に“歌”に取り組んでいるVTuberがいないことに気づいて。だったらそこにとことんコミットしてみようという結論から、“バーチャルシンガー・YuNi”のプロジェクトをスタートしました」
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2015年ごろから、ゲーム実況者などのプロデュース、マネジメントを行っていたという秋山氏
そんな秋山氏とタッグを組み、ミュージックビデオ(以下、MV)のディレクションを担当するのが長谷川直子氏。さまざまなアーティストのコンサートで使われる、ステージ映像の演出や制作を手掛けてきた気鋭のクリエイターで、Candee入社後もその経歴を生かし、多数のコンテンツ制作に携わっていたところ、秋山氏からの声掛けがあったという。
長谷川「当初は、YouTubeで投稿されている1カメ(1台のカメラ映像)の“歌ってみた”動画と比べて、さらにカメラを増やしたり少し工夫したりしたものを作ってほしいという相談だったのですが、他のVTuberとの違いをもっと出したいと思って。前職で使っていたカット割りやモーショングラフィックスデザインなどを取り入れたものにして、他のVTuberがまだ開拓していなかった表現分野を狙いにいきました」
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バーチャルシンガーYuNiの歌ってみた動画MV『シャルル』(2018年7月1日公開)。ボカロP(音声合成ソフトのVOCALOIDの楽曲を作る人)のバルーン氏が手掛けた楽曲をカバーし、当時話題になった
こうして始まったVTuberという新規事業において、秋山氏はプロデューサーとして、全体の方針やブランディングを担当。長谷川氏はアートディレクターとして、クリエイティブ全般の統計からアウトプットまでを担っている。
時を経て2018年6月、YuNiはデビューを果たす。歌を活動の主軸に据えることで、狙い通り他のVTuberとの差別化に成功。インターネット上だけでなく、リアルでもライブイベントを実施するなど、まさにリアルとバーチャルの垣根を越えた存在として、独自の地位を築きつつある。
ファンの間で語られる、YuNiの評価軸は大きく2つ。歌唱力の高さと動画の編集クオリティだ。シナリオ通りに動くアニメキャラクターや、人格を持つ現実世界のアイドル、また、動画配信でリアルタイムにしゃべるVTuberとも違い、“1人のアーティスト”として目されている。
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YuNiのプロジェクトでは、秋山氏が思いついたアイデアを長谷川氏が万人受けする形に整えて、アウトプットしているという
VTuberは、アニメキャラクターなどと同様に二次元の存在でありながらも、リアルタイムで思考し、感情が動く一つの人格を持っている。自身のSNSを更新し、動画配信ではフリートークやゲーム実況などをする。自分のフィールド以外にも、別番組にゲストとして呼ばれることもある。舞台がバーチャル世界というだけで、現実世界にいる“タレント”とほぼ変わらない活動だろう。その中で、YuNiが高く評価されたのが、「歌」に特化し、表現や見え方の方向性を固め、リアルな世界にいる“歌姫”と同様のスタンスをとったことだ。
秋山「VTuber業界は、まだまだ日の浅いマーケットなので、ブランディングやクリエイティブディレクションをしっかりやれば、独自性を出せるのはもちろん、リアルなアーティストと比べても遜色のない活動ができると思います。YuNiというキャラクターだけでなく、彼女を取り巻く世界観も含めて展開していったことが、多くの方に共感いただけたポイントではないかと考えています」
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楽曲のアルバム発売などを記念して2019年3月に配信されたトーク動画。YuNiはシンガーだけに、他のVTuberと違い、フリートークなどの動画の数が極端に少ないそう
VTuberにリアルはいらない!バーチャルだからこそできること
VTuberというキャラクターを創造し、ビジネスとして最適に展開をしていくには、どのような能力が必要なのだろうか?2人に質問したところ、意外なことに両者とも、ブランディングに関しては熟考し過ぎず、即決で案をまとめることが多いという。
長谷川「私の場合、無理に情報を集めたりはせず、YuNiの見せ方について意見を聞かれたら、その場で考えて、すぐに浮かんだアイデアを提案しています。普段SNSなどを見ていると、いろいろな情報が入ってくるので。その中で“いいな”と思ったものは、自然と記憶に残りますよね。それと、今の自分のスキルを照らし合わせて、これならいけるんじゃないかと思えるものをアウトプットしています」
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YouTube上で配信しているため、創作物に対して、ユーザーからリアルな反応が返ってくることも同事業の醍醐味(だいごみ)と語る長谷川氏
さらに長谷川氏は、仕事として創作に取り組むようになったここ数年よりも、10代~20代前半のいちばん情報を吸収しやすい時期に見聞きしたものや、経験したことの方が、アイデアのベースになりやすいとも話す。
長谷川「10代のころはニコニコ動画が好きで、よくMADムービー(既存の映像作品を個人で再編集した動画)を見ていました。そこから、こういう映像を作ったら、こんな反応が返ってくるんだとか、こういう演出って面白いなとか。そのときの経験は、今でも演出を考えるときに役立っていると思います」
こうして展開中のVTuber事業だが、いわゆるYouTuberとは違い、2人の背後にはさらに大勢のスタッフが控えている。大規模なチームとして、楽曲や映像の制作、さらにはイベントの運営やグッズ開発などに取り組んでいるのだ。現実世界とは違い、ネット上でバーチャルな存在として活動することは、多くのことが簡略化されるために展開スピードも上がる。やろうと思えば、VTuberは1人でも作ることができるのだ。それだけに、YuNiのチームほどの規模をつくれるのであれば、バーチャルアーティストを一から生み出すよりも、むしろ実在のアーティストをプロデュースした方がよいのではないかという疑問も生じてくる。
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オフィシャルグッズは、もちろんYuNiを大々的にあしらったものもあるが、ライトなファン層が購入しやすいように、普段使いもできるデザインの商品も開発
画像協力:株式会社Candee
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取材当日に長谷川氏が着用していたTシャツもオフィシャルグッズの一つ。現実世界のアーティストが作るようなグッズデザインを意識しているそう
秋山「確かに、やっていることに違いはないかもしれません。とはいえ、リアルではなくバーチャルなキャラクターが歌うからこそ、響く言葉もあると思っていて。二次元のコンテンツにより親しみを感じる方たちにとって、一方通行的に歌ったりしゃべったりするだけでなく、相互にコミュニケーションが可能なVTuberは、“新しい理想の存在”だと思っています。そういった方たちに、YuNiを通して楽曲を展開し、ライブなどのイベントも運営する。そこには十分、新しい意味があると考えています」
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オリジナルアルバムのリリースを記念して、インターネット上で開催されたVR音楽ライブ「さよなら平成カウントダウンライブ UNiON WAVE - clear -」(2019年4月30日開催)。YuNi以外にも、多数の人気V Tuberが駆けつけ、平成最後のライブイベントを盛り上げた
画像:株式会社Candeeプレスリリースより
メインターゲットは二次元コンテンツのファンとのことだが、ハイクオリティな楽曲やMVは、若年層を中心に音楽ファンからも注目され、YuNiのファン層も徐々に拡大しつつあるという。こうした創作物のレベルの高さからも、チームとして事業展開する意義はうかがえる。続けて長谷川氏も、今後はさらに、バーチャルな存在ならではの映像演出を行いたいと意気込みを話してくれた。
長谷川「バーチャルなキャラクターだからこそ、実在の歌手ではできないことを考えたいです。ジャストアイデアですが、ライブならスクリーンに歌っているYuNiの姿を映し出すことはできますが、そのサイズは等身大ではなくてもいいと思っていて。すごく巨大なYuNiが地面から現れたり、大量に分裂して会場を覆い尽くすくらいワラワラしたりといった、“魔法”のような演出もありえますし、常識にとらわれず、さまざまな表現を試せるところが、VTuberの最大の魅力だと思っています」
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12人のクリエイターによって制作された『花は幻』(2019年3月10日公開)。舞い散る花びらと疾走感あふれる演出が印象に残る
活動領域はさらに拡大?作り手たちが予測するVTuberの未来
現時点では、VTuberが主に活動するのはエンターテインメントの分野だが、より幅広い層に認知されるようになれば、他の場で活躍する姿も見られることだろう。
秋山「より広く、世の中に浸透してほしいという思いはありますが、やはりメインターゲットが二次元コンテンツのファンなので、そこは意識して展開していかないと、なかなか思うような成果は上げられないと思います。例えば、VTuberがニュースキャスターになって、報道番組にMCとして出演するとなったら、話題になると思いますし、もともとのファンの方たちを引っ張ってくることもできます。ですが、一般の方からも支持されるには、まだまだ時間がかかるでしょうね。VTuberたちを別の分野に引っ張っていきたいと考えている業界人は大勢いますが、単純にそのまま連れていくのではなく、どうすればその環境になじませることができるのか、表現の仕方もしっかり考えないと、残念な結果になると思います」
VTuberの人気だけに頼るのではなく、作り手自身も、新たな環境でヒットする方法を模索し続けることが重要ということだ。しかも、秋山氏によれば、VTuber業界の発展速度は、他の分野の4倍の速度、1週間単位でどんどん進化し続けているという。のんびりと模索していては、置いてかれてしまう可能性は高い。
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両氏が手掛ける自称・世界初のバーチャルシンガーYuNiは、2019年7月時点でYouTubeのチャンネル登録者数は29万人を突破。インターネットラジオ番組『YuNiのオールナイトニッポンi』もレギュラー放送している
ただ逆に、ある日突然、それまでにない突飛なアイデアで、爆発的なヒットを飛ばすキャラクターが誕生することもあり得るという。だが“歌”をキーワードに新たな方向性を打ち出した秋山氏は、自身の経験と照らし合わせて、現実的な意見も聞かせてくれた。
秋山「どんなに革新的なVTuberが登場しても、そのキャラクター一人だけでは、世界中に名前が知られるようなムーブメントは起こせないでしょうね。ですが、ターゲット層の異なるVTuberが何人も集まって、それまでにないまったく新しい展開を一斉に始めれば、業界全体への注目度をさらに高めることはできると思います。また、そうした大々的な展開がある一方で、地続きのところでは意外と緩やかに、VTuberは浸透していく可能性もあります。というのも、VTuberは決して遠い存在ではなく、使い方さえ覚えれば誰でも操れるアバターのようなものなので、いずれは世界人口70億人が自身のアバター=VTuberを持ち、バーチャル空間でコミュニケーションを取り合うような時代が来るかもしれません。もちろんわれわれも、常に新しい展開を考えているので、より幅広い層にYuNiのことを知っていただけるよう、さらに精進していきます」
まだまだ進化の途中だというVTuber業界。秋山氏と長谷川氏が指揮を執るYuNiのプロジェクトチームは、今後どのような展開を見せてくれるのか。両氏はさらに、当プロジェクトで培った知識や経験を生かして、別分野での新たなプロジェクトも企画中だという。革新的なアイコンの誕生か、一般社会での市民権獲得か、バーチャルキャラクターの進化の先に、注目したい。
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text:ソムタム田井 photo:野口岳彦