2019.10.24
車いすバスケ用「車いす」で高評価を受けるメイドインジャパンの“しなり”技術とは
株式会社 松永製作所【後編】
1年後に開幕を迎える五輪・パラ五輪2020東京大会を前に、車いすバスケットボールのイギリス代表チームとオフィシャルサプライヤー契約を結んだ株式会社 松永製作所。イギリス代表チームは、果たして何を評価して同社を共に戦うパートナーに選んだのか? 後編では同社が生み出す車いすに秘められた、構造上の特徴に迫っていく。
競技用車いすとしてのポイントは“しなる”こと
バスケットボール用の車いすには2つの潮流がある。
一つは車いすを構成するフレームのすべてを溶接で固定するリジッド方式。もう一つはボルト&ナットでパイプをつないでいくセミアジャスト方式だ。
松永製作所は、このうち後者のセミアジャスト方式を採用している。
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自身も車いすバスケットボールの経験者である廣瀬昌之技師
なぜ、同社はセミアジャスト方式を採用するのか?
前述のように車いすバスケットボールは、選手同士がぶつかり合うこともある激しいスポーツだ。溶接した方が頑丈になるのではないかとも思えるが、必ずしもそうではないのだという。
※【前編】の記事はこちら
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セミアジャスト方式とはいえ、必要に応じて溶接も行っている
「フレームを溶接したリジッド方式は衝撃により生じるエネルギーのほとんどすべてを受け止めることになり、力を逃がすことができません。だから丈夫に思えるかもしれませんが、実際には折れやすく、クラック(ひび)も入りやすいのです」
そう説明してくれたのは、自身も車いすバスケットボールプレイヤーである、開発部技師の廣瀬昌之さんだ。
「セミアジャスト方式にすると、フレームに“しなり”が生まれます。例えば、コートの中で曲がろうとするときなど、リジッド方式では剛性が高い分だけ直線方向にエネルギーが向かいます。しかしセミアジャスト方式は、フレームに“しなり”が生まれ、スムーズな挙動が可能になります。さらに、“しなり”によってぶつかったときのエネルギー、衝撃力を逃がすことができるので、パーツが折れにくいという特性も持っています」
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スポーク(ホイール)の向こうに見える10個の穴。ナットを留める位置をここから選ぶことで、乗車ポジションをよりフィットするものにセッティングできる
さらにセミアジャスト方式を採用することで、もう一つのメリットが生まれたという。それは選手の体形に合わせて、座面など座り心地を細やかに調整することが可能になることだ。
「競技用車いすは選手に合わせたオーダーメイドです。製作前に採寸し、一人一人に合わせて仕上げていきます。ですので、リジッド方式は文字通り選手の体形に合わせてきっちりと溶接していくんです」
だから車いすと人がぴったりとフィットすると思うのだが、そこで気を付けなければならないのが“人の体形は変化する”ということ。普段からトレーニングを重ねるアスリートであれば、なおさらのことだろう。
「弊社でも他社さんと同じように選手ごとに採寸し、体形に合わせた車いすを作っています。ただ、それに加えて弊社の製品の場合は、前座高や後座高、車軸位置を自在に調整することが可能です。それを魅力に感じてくださる選手も多いですね」
パラ五輪2020東京大会に向けて車いすバスケ・イギリス代表と契約
前回のリオデジャネイロ大会では、日本代表選手12人のうち、8人が松永製作所の車いすに乗って出場した。以来、東京大会に向けて選手からのフィードバックを受け、さらなる進化を目指してきたという。
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競技用の車いす。フロントに張り出したバンパーとハの字形に角度をつけて取り付けられたタイヤが特徴的
「選手というのは、どちらかというと感覚でフィードバックを伝えてきます。それを数値化できれば作りやすいのですが、なかなかそうもいきません。では、どうすれば実現できるか。試行錯誤の日々が続きました」
悩んだ揚げ句、同社では東京大会に向けた新モデルの構造を大きく見直すことにしたという。とはいえ基本的なコンセプトは変わらない。大事なのは“しなり”だ。
「実はリオデジャネイロ大会が終わった後で、ちょっと“しなり過ぎ”という意見があったのです。『もう少し硬くしてほしい』と。つまり“しなりながらも、リジッド感を出す”ということです。まさに新たな挑戦ですね」
前述のように選手は感覚的な言葉で伝えてくる。“しなり過ぎ”といっても、それは数値で表せるものではない。だから試作を繰り返し、選手に試してもらい、仕上げていくしかない。
「もちろん、以前のものの方が良いという選手もいるかと思います。今までのものより硬くなって、なおかつ“しなる”というと、普通に考えれば運動性能は上がります。中にはターンが速過ぎると感じる選手もいるでしょう。そうしたときに、どうやって調整するか。現実的には採寸などで調整していけると思っています」
東京大会に向けてニューモデル開発が進む同社だが、昨夏、大きな成果を勝ち取った。男子がアテネ、北京、リオで銅メダルに輝くイギリス代表チームとオフィシャルサプライヤー契約の締結にこぎ着けたのだ。
この経緯には北京、ロンドン、リオにおいて日本代表として戦い、日本人で唯一のプロ選手としてドイツ・ブンデスリーガを6シーズン戦い抜く香西宏昭選手の存在が深く関わっていた。
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イギリス代表選手およびスタッフと松永製作所代表取締役社長 松永紀之氏(後列右から4人目)
「香西選手にはリオの前から弊社の車いすを使っていただいています。ドイツリーグで活躍した6季(ことし5月まで)はもちろん、来年のパラ五輪に向けて調整を重視するため国内で活動する今も継続中で、そんな彼の車いすに海外の選手が注目してくれたのがきっかけです。ドイツリーグには世界中の強豪選手が参加していて、中にはイギリス代表に名を連ねる選手もいました。それが今回、イギリス代表チームとサプライヤー契約を結ぶきっかけとなっています」
そう語るのは営業担当の堀野毅主任。契約内容は競技用車いすの提供とメカニックスタッフの派遣によるチームのサポートだ。契約期間は2022年までの4年間だという。
「正式採用に向けて、われわれを含む3社がコンペを行いました。ポイントは品質、性能、支援体制の3つ。特に評価をいただいたのは“セミアジャスト構造であること”でした」
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開発部の廣瀬技師(左)、営業を担当する堀野主任(中央)、そして開発部の無津呂課長
強豪チームのオフィシャルサプライヤー契約を結んだことは、同社の実力を世界に知らしめるチャンスだ。その成果を結実させるためには、さらなる挑戦が待っている。
それは日本人とイギリス人では“車いすに求めるパフォーマンスが異なる”ことだと廣瀬技師は言う。
「日本人は体形も小柄ですので、どちらかと言えばスピード重視。一方、イギリスの選手は体格も大きくパワー重視なのです。当然、車いすに求めてくるパフォーマンス特性も変わってきます。例えば、イギリスは日本よりも当たりが激しく、破損も多い。イギリスに合わせて強度を上げると、日本にとってはオーバースペックとなります。そこの折り合いをつけていくことも課題ですね」
イギリス代表との契約を足がかりに、今後はヨーロッパ市場へとマーケットを広げたいという。
また、現在はバスケットボールのほか、バドミントン、テニス、ソフトボールとさまざまな競技のための車いすを手掛けている。
それらのスポーツでも、松永製作所が生み出した“しなり”が大きな武器となって、ハンディがある方々のスポーツの新たな可能性が広がっていくことを期待したい。
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text:長嶋浩巳 photo:下村 孝