2019.10.29
AIデザイン×バクテリア生地が衣服の概念を変える:川崎和也が描くファッションの未来
スペキュラティブ・ファッションデザイナー/Synflux株式会社 代表【前編】
大量生産、大量消費によるエネルギーの浪費、廃棄や輸送による温室効果ガスの排出――ファッション産業が抱える環境問題は、増加の一途をたどる地球人口と同じく肥大化している。そんな中、衣服の製造現場を革新する手法を開発し、世界から注目を浴びているのがSynflux(シンフラックス)株式会社の代表・川崎和也氏だ。業界初となる人工知能(以下、AI)を搭載した製造システムや、バイオテクノロジーによる生地開発など、画期的な取り組みの背景と、その原点に迫った。
洗濯で環境破壊!?ファッションが招く地球の問題
現代社会における重要課題の一つである環境汚染問題。ことしになって、海洋汚染で問題視されているマイクロプラスチックが、人の生活圏ではない極地や山岳地の雪の中で確認されるというショッキングなニュースもあった。環境破壊への懸念は拡大するばかりである。
一説には、化学合成繊維製の衣服を1回洗濯するごとにマイクロプラスチックが水中に放出され、その細かい粒子は下水処理場をすり抜けて、海に流れ出てしまうという報告もされている。
「意外と知られていないのですが、現在コットンやウールのような天然繊維より、ポリエステルやアクリルといった化学合成繊維製の衣服の方が多く製造されています。私たちはそのような服を日々着ては洗濯しますよね。知らず知らずのうちに環境汚染に加担してしまっている可能性が高いんです」
そう話すのは、ファッションデザインの研究開発を行うSynfluxの代表・川崎和也氏。若干28歳、ファッションデザイナーであり、ファッション産業界を専門とする研究者でもある。個人としては、業界に今までになかったものを開発、提案し、より良い未来を形作るという意志のもと、「スペキュラティブ・ファッションデザイナー(問題提起するファッションデザイナー)」と名乗って活動している。
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服を着ておしゃれをすることよりも、ファッションと社会の関わりに興味を持ってファッションデザイナーを志した川崎氏。その中で、環境問題は必須課題だったという
「マイクロプラスチックだけでなく、ファッションと環境問題はもっと密接に関わりがあるんです。いまや、ファッション産業は大量生産、大量消費の時代。化学合成繊維を生産する際に出るCO2や、衣服の製造時に出る布地の端切れの廃棄など、深刻化し始めた問題が数多くあります」
2019年8月には、このような状況を危惧してG7サミット(主要国首脳会議)で海洋の保護、地球温暖化の阻止、生物多様性の復元を目指す「ファッション協定」が発表された。
協定に署名したのは、グッチやシャネル、H&M、ナイキ、アディダスなど、世界的なファッション・テキスタイルの32グループ147ブランド。今回は日本発のブランドは入っていないが、この動きは対岸の出来事ではなく、日本でも今後広がっていくと川崎氏は予測している。
「参加を表明したのは、日本でも人気のブランドばかりです。そうしたブランドの動向から、ファッションと環境問題が密接に関わり合っている事実をもっと多くの日本の方に知らせることができるので、とても良いことだと考えています。また、そこから私たちの活動もより日本の社会に浸透させることができるのではないかと期待しています」
川崎氏の言う「活動」とは、これまでに手掛けてきたスペキュラティブ・ファッションデザインのことを指す。
Synfluxは、バクテリアを培養して作った生地で服を作る「バイオロジカル・テーラーメイド」やAIによるデザインで布地の廃棄部分をなくす「アルゴリズミック・クチュール」という製造手法を開発し、発表してきた。
前者は第22回文化庁メディア芸術祭でアート部門審査委員会推薦作品(2019年)に選出、後者は非営利財団H&M Foundation(H&Mファウンデーション)が主催するコンペティション「第4回 Global Change Award」(2019年)で特別賞を受賞。テクノロジーを駆使したファッションの新しい創造法は、今、世界が求める生産システムとして注目を集めている。
服の生地を自室で培養!エコロジカルなテーラーメイド
バイオロジカル・テーラーメイドやアルゴリズミック・クチュールのように、新しいファッションのあり方を生み出すのは、「衣服で何かを表現したいというファッションデザイナーとしての性分」だと川崎氏は言う。大きな影響を与えたのは、学生時代に出会った一人のアーティストだった。
「そのころ、環境問題をテーマにデザイナーやアーティストたちが、バイオテクノロジーを使って環境に良い、新しいデザインを考え出そうとする機運が高まっていました。『DIYバイオ』や『バイオハッキング』という運動が盛んに行われていて、そこで出会ったのがバイオテクノロジーとアートの融合を先駆的に行っていたアーティスト・福原志保さんでした。亡くなった彼女の祖母のDNAを樹木に埋め込み、明るくてぬくもりのあるお墓として表現したんです。とても衝撃を受けました」
感銘を受けた川崎氏は、思い切って福原氏に弟子入りし、バイオテクノロジーの技術を学んだ。バイオテクノロジーは、設備が整った大学の研究室や、豊富な知識がなくても、工夫次第で自分でも取り扱えることを知った。これが「バイオロジカル・テーラーメイド」着想のきっかけになったと振り返る。
「僕の専門はファッションですから、真っ先に考えたのはバクテリアで生地を作ることでした。当然、培養設備なんてありません。下宿先の部屋に子ども用のビニールプール置いて、バクテリアを育てていました」
2週間ほど培養すると、バクテリアは服が作れるほどの大きさに増殖。それを乾かし、裁断し、縫製してジャケットに仕立てたという。
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バクテリア生地によるジャケット。培養液から取り出してから天日干しで乾燥させればバクテリア製の生地が完成。質感は薄いレザーに似ているそう
写真協力:Synflux
ただ、バイオロジカル・テーラーメイドは、服飾の一表現手法という意味合いが強く、芸術の観点で評価されたものにすぎないという。
「なぜなら、素材が環境に優しいかつ斬新なだけで、生地の強度や防水といった機能面はまだまだ課題が多いからです。そのため、このシステムがすぐにファッション産業を変革するものにはなりえませんが、既存の生地に負けない機能を獲得できれば、非常に価値のあるものになると思います」
現に川崎氏の母校、慶應義塾大学の先輩である関山和秀氏が経営するSpiber (スパイバー)株式会社では、強度や伸縮性に優れたクモの糸を人工的に生成し、その繊維が「THE NORTH FACE」のダウンパーカに採用。2019年に商品化されている。
「このような自然由来の原料で服を製造することが当たり前になっていけば、ファッション産業が抱える環境問題も、解決の方向へと進展するはず。バイオロジカル・テーラーメイドもそれに続くよう頑張りたいです」
ファッション産業の大量廃棄を解消するAI製造システム
この先、衣服の原料全てが、人工的に作られた自然由来の素材となれば、それに越したことはないだろう。ただそうなったとしても、それだけでは環境問題は解決できないと川崎氏は言う。なぜなら原料以外の製造や流通、廃棄処分による環境破壊は改善されないからだ。
「現在77億人以上と言われる世界の人口はさらに増え続け、服の需要も同じように増えていきます。大量生産、大量消費はさらに加速し、製造の現場で言えば、より多くのエネルギーを使って生産され、その度に型紙を作り、余った布地の端切れや使い古しの廃棄が大量に出続けるわけです」
このままいけば、物理的にごみの量は増える一方で、これまで通り焼却処分をすれば、温室効果ガスの排出量も増加の一途をたどる。
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地球環境や人口の増減は、ファッション産業自体に直結する問題。これまで開発してきたものは、それらを解決するツールとして活用できる
「この問題は、従来の製造システムにあるわけですから、それを根本的に変える必要があるんです。そこで考えたのが、AIの深層学習やアルゴリズムを使って無駄を削減する『アルゴリズミック・クチュール』という製造システムでした」
そもそも生地に端切れが出てしまうのは、体のラインに合う服をデザインすると、四角形の生地を曲線で切り取らなければならないからだ。
「アルゴリズミック・クチュールは、まず体のデータを3Dスキャナでコンピュータに取り込みます。そのボディデータに、AIが服の形に三角形と四角形を使って埋めていき、元の生地を裁断する際に端切れが出ないようなパターンを幾通りも算出するのです。それに、AIが設計した型紙はデータとして残せるので、そのままレーザーカッターで裁断することもできますし、次に作るときに新しく型紙を起こすという資源の無駄も省けるメリットがあります」
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生地を裁断する型紙のパターンを完成させるアルゴリズミック・クチュールのシステム画面。肩、臀部など特に丸みがある部位は、角度や大きさを変えた形を組み合わせて形成する
写真協力:Synflux
ファッション産業では、年間に生産される生地のうち15~20%が端切れとなって廃棄されているという試算もある。アルゴリズミック・クチュールが社会に実装されれば、それらが一気にゼロに近づけられる可能性があるのだ。
果たしてこの製造システムは、いつわれわれの生活圏に取り入れられるのだろうか。後編では、川崎氏の展望と、ファッション産業界が目指すべき未来に迫る。
<2019年11月1日(金)配信の【後編】に続く>
ファッションが地球を救う!デザイナーが考える世界の変え方
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text:伊佐治 龍 photo:野口岳彦