2019.11.1
「地球を救う」デザイナーが考える世界の変え方:川崎和也が描くファッションの未来
スペキュラティブ・ファッションデザイナー/Synflux株式会社 代表【後編】
ファッション産業が抱える環境問題の解決に挑むスペキュラティブ・ファッションデザイナーの川崎和也氏。前編では、川崎氏が率いるSynflux(シンフラックス)株式会社が開発したエコロジカルな衣服の製造システムについて紹介した。後編では、川崎氏の今後の展開や、今、変わらざるを得ないファッション産業の未来にフォーカスしていく。
欧州が熱視線!AIメイドファッション、商品化への道
川崎氏らSynfluxが開発した、AIによる衣服の製造システム「アルゴリズミック・クチュール」。前編で語られた通り、大量に出ていた生地の廃棄部分を削減するなど環境面でもコスト面でも効果を発揮できる画期的なツールだ。これを社会に実装させ、衣服製造の新たなスタンダードにすることが、川崎氏の直近の目標だという。
※【前編】はこちら
「実際、建築の世界では、AIやデジタル技術による意匠設計は主流になっています。手掛ける構造物は複雑ですし、関わる人数も多いため、AIの正確性や効率性は早くから注目されていました。それに比べてファッション業界では、体一つのスケールであるため、これまでAIの能力に頼る必要がなく、重要視されていなかったのです」
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川崎氏が経営するSynfluxには、機械学習のプログラミングを専門とするデザインエンジニアや、コンピュータで有機的な構造物を設計する建築家も在籍しているという
業界全体の意識が未成熟とはいえ、アルゴリズミック・クチュールの潜在能力は、実際に高く評価されているようだ。早くから環境問題の解決に対峙してきた欧州諸国から、いま問い合わせが増加しているという。
「北欧の国々やスイスなどのファッションブランドに興味を持っていただいていて、現在プロジェクトも動いています。日本では、『HATRA(ハトラ)』とのコラボレーションもしていて、女性服のプロトタイプを試作し、2020年の商品化に向けて試行錯誤しているところです」
未来の服はAIがサイズを提案してくれる
各国のファッションブランドが興味を示し始めたアルゴリズミック・クチュールだが、まだ技術面で完璧とは言えないと川崎氏は付け足す。
「まだ、AIの精度を高めている段階なので、現段階では生地全体の5%ほど余りを出してしまうんです。けれども、これまで何度も検証を重ねた結果を鑑みると、ゼロにできると確信しています」
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アルゴリズミック・クチュールで作られたワンピース。小さな三角形と四角形の生地を縫製して仕立てられている
写真協力:Synflux
また、服を作る生地のパーツが細かく分割されるために縫製部分が多く、縫製用の糸を減らすという意味でも、パーツの数を少なくする方法をAIに学習させる必要もあるという。
ただ、さまざまな服のデザインを学習させれば、カットソーやTシャツなど、何でも作ることが可能になるうえ、人のボディデータを無数に学習させれば、S、M、Lといった従来の規格よりも、個々にフィットするサイズを提案できる機能を持たせることもできるという。
「欲を言えば、バイオロジカル・テーラーメイドで作った生地(前編で紹介したバクテリア培養生地)を使ってアルゴリズミック・クチュールで衣服を製造したい。そして、それが当たり前に着てもらえるようになればうれしいです。その前に、Spiber(スパイバー)さんの人工クモの糸とコラボレーションしても面白いかもしれません」
アイデアがあふれ出るのは、現場に立ち、プレイヤーとして精力的に動いていることの表れだ。とはいえ、組織の代表でもある川崎氏は、経営者として先も見据えている。
「夢を語るのは簡単ですが、こうしたシステムをきちんとビジネスにしていかなければなりません。他のブランドと短期的なコラボレーションを続けながら、最終的にはアルゴリズミック・クチュールのWEBプラットフォームを作り、ビジネスの基盤も固めたい。ゆくゆくはいろいろなブランドに参加してもらい、このサイトを中心にファッション業界が盛り上がっていけばいいなと思っています」
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WEBのプラットフォームでは、ユーザーがオンラインで素材、カラー、パターンを選ぶだけで、AIがサイズを自動選定してくれるようなシステムを構想している
写真協力:Synflux
より良い未来を提案し続けることがデザイナーの本分
歴史を見れば、多くのファッションデザイナーが革新的なデザインで時代を変えてきた。当然ながら、川崎氏も先人たちの影響を多大に受けていると話す。
「『アルゴリズミック・クチュール』のアルゴリズムを組むのに参考にした、フランス人デザイナーのマドレーヌ・ヴィオネ。彼女は、ドレープ(服のひだ)を三角形と四角形でデザインし、バイアスカットという斬新な裁断方法で一時代を築きました。また、ポール・マッカートニーの娘のステラ・マッカートニーは長年、オーガニックコットンや再生カシミアといった自然由来で持続可能な原料を使用した服を社会に届け、環境問題に挑戦し続けています」
一過性の流行ではなく、この2人のような新しいスタンダードを作るのは難しい。しかし、「サスティナブル(あらゆる環境の持続可能な発展)」や「環境に優しい」という言葉で、世間から注目を集めただけで良しとし、その先を考えないのは、「ファッションデザイナーとしての責務を果たしていない」と川崎氏は言葉を強くする。
「これだけ環境問題が叫ばれている中では、サスティナブルとことさらに言わなくても、服を作る前提条件になっていなければならないと思うんです。アルゴリズミック・クチュールはそれにかなった機能や可能性を持っていると思います。10年以内にはこのシステムがファッション産業のスタンダードになるよう研究を重ねていきたいです」
たとえそれが定着しなかったとしても、この経験をもとに、また新たな手法で社会に問いかけ続けることが大切だとも。それが自ら「スペキュラティブ(問題提起)」という言葉を肩書きに入れている理由だと教えてくれた。
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「街にあふれるさまざまなものが、インスピレーションの源泉です」。映画や音楽、絵画などの芸術をたしなむのもデザイナーとして大切なことだという
「今はまだ『AIがデザインした服なんて着たくない』と否定的な意見が多いかもしれません。それでも歴史を顧みれば、日本では和装から洋装へ、手縫いから機械縫いへと変わり、有益なテクノロジーが生まれるたびに、その時代の人々はうまく活用して受け入れてきました。ですから、きっとこのシステムも同じような道をたどっていくのだと思っています」
製造現場では廃棄される布の量が減り、街中では100%バイオ繊維の服だけが販売される。そうなれば、家庭で服を洗濯することで排出されるマイクロプラスチックは、もちろんゼロになる。
AIメイドのファッションに袖を通すか否かは個人の選択だが、地球規模で考えれば、ファッション産業界が歩むべき道は一つかもしれない。
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text:伊佐治 龍 photo:野口岳彦