2020.2.6
排泄予測デバイス「DFree」を開発:中西敦士が変える「介護」の未来
トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社 代表取締役 中西敦士【前編】
おなかに超音波センサーを貼り付けてトイレのタイミングを読み取り、不意の失禁を防ぐ。世界初の“排泄予測デバイス”として注目を集める「DFree(ディーフリー)」が、全国の介護施設や病院における導入実績を着々と増やしている。超高齢社会に突入する日本での需要は計り知れない。このデバイスを開発・提供するトリプル・ダブリュー・ジャパン代表の中西敦士氏に今後の展望を聞いた。
「おしっこが出そうですよ!」超音波センサーが膀胱の膨らみを検知
人類の祖先は数百万年前に直立二足歩行に進化したとされているが、2020年になっても排泄機能は大きくアップデートされていない。他の生き物と同じように毎日の尿意や便意と向き合いながら、現代人はわざわざ「トイレで用を足す」という独自のルールを守ることで尊厳を保ってきた。
しかし、人生100年時代の今、「漏らしたくない」というプライドと「長生き」を両立させるのは簡単ではない。そんな、いずれ誰もが直面する不都合を解消するために生まれたのが「DFree」だ。
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センサーから上下4方向に出る超音波で、尿がたまることによって水風船のように形が変わる膀胱の膨らみを常時計測するDFree。超音波はエコー診断にも用いられる人体に影響のないもの。左が本体、右がセンサー
写真提供:トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社
排泄予測デバイスという触れ込みの通り、膀胱の膨らみを超音波センサーで検知。「そろそろトイレに行きましょう」と、スマートフォンと連動して排尿のタイミングを事前に知らせてくれる機能を持つ。
使用方法は、デバイスと専用アプリを設定、連携し、テープや専用パッドを使って恥骨の少し上にセンサーを固定。本体を服などに留めれば膀胱の膨らみが検知されて、アプリから通知が届く。
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専用アプリが尿のたまり具合を0~10段階で通知してくれる。設定したラインを超えたら通知させる機能も。また、データを蓄積して排尿記録を振り返ることもできる
写真提供:トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社
排泄予測に特化したウェアラブルデバイスは世界初。2015年に開発が発表された当初から、DFreeのユニークなアイデアには注目が集まっていた。2017年より介護施設などの法人向けサービスを開始してからは、トライアルを含めて世界で約500の介護施設や病院で利用されている。
そして2019年には、ラスベガスで開催された電子機器の見本市「CES(Consumer Electronics Show)2019」でInnovation Awardsを含む3つの賞に輝いた。名実共に世界中から期待されるプロダクトとなり、DFreeを提供するトリプル・ダブリュー・ジャパン代表の中西敦士氏も使命感に燃えている。
「コンセプトベースの展示会でも世界から評価していただき、励みになるというよりは、『やり遂げないといけないな』という気持ちになりました。高齢者の方の中には、たとえ健康でも頻尿や尿漏れで外出を不安に感じていたり、夜になかなか寝付けなかったりする方もたくさんいらっしゃいます。また、障がいによって一人でトイレを使うのが難しい方や、障がいを持つお子さんのトイレトレーニングで悩んでいる親御さんもいます。この悩みは日本特有のものではないですし、実際に全世界で5億人もの人が排泄に悩みを抱えていると言われているんです」
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1983年、兵庫県で生まれた中西氏は、慶應義塾大学卒業後、コンサルティング会社や青年海外協力隊を経て、米国・カリフォルニア大学バークレー校へ留学。ある事件を期にDFreeを着想し、2015年にトリプル・ダブリュー・ジャパンを設立した
世界に先駆けて超高齢社会が訪れる日本では、既に大人用の紙おむつ市場が伸び続けている。
業界最大手のユニ・チャームの発表によれば、2013年に初めて、大人用おむつの売上高が子ども用を抜いたという。また、同年8月に実施された内閣府の調査によると、高齢者の介護で苦労したことのトップは「排泄(排泄時の付き添いやおむつの交換)」(62.5%)だった。自立排泄をサポートするDFreeが、介護シーンの救世主になる可能性を秘めていることは明白だ。
「DFreeの役目は、排泄を予測することだけではないんです。排泄に悩みを抱えている方々が、悩みのない人と同じような生活ができるようになり、人としての尊厳を取り戻せたり、豊かな生活を送ったりできる。それをかなえることがわれわれのミッションだと思っています」
働き盛りのビジネスマンも「尿トレ」を意識すべき
DFreeは、2018年に自社サイトやECサイトなどで個人向け販売をスタートし、2019年春からは大手家電量販店でも取り扱いを開始した。今後の課題は、メインターゲットである高齢者にじっくりと商品の価値を訴求していくことだ。
「累計の出荷台数は約3000台です。改良すべき点はあるものの、クオリティーや使いやすさには自信を持っていますが、やはり、これまでになかった新しいモノを普及させるのには時間がかかります。実際、私の両親はスマートフォンを買っても、まだグーグルマップの基本的な使い方を分かっていないくらいですから(笑)。そこで、もっとたくさんの高齢者の方々にDFreeを知っていただくため、2019年秋にはテレビCMも試しました」
このように市場の開拓に取り組む一方で、トリプル・ダブリュー・ジャパンは自社サイトを通じて排尿機能低下を予防する「尿トレ」プログラムの啓発活動も進めている。
これは高齢者だけの問題ではなく、若年層を含めた誰にでもいつか必ず訪れる悩みだからだ。決して他人事ではない。いつまでも衰え知らずのビジネスマンでいたいなら、若いうちから筋肉や体幹だけでなく、膀胱も鍛えておくべきポイントだという。
「排泄リズムは生活習慣によってどんどん変わってくるものです。公共のトイレが少ない地域のタクシードライバーは膀胱の容量が大きいという噂もあります。膀胱も筋肉なので、『心配だから』と何度もトイレに行っていると、ためる力が弱くなって、頻尿の症状が進んでしまうこともあります。私自身、もともとトイレが近かったのですが、意識して我慢する習慣を取り入れたことで、最近は海外出張の飛行機で窓側の席に座るのが怖くなくなりました(笑)」
一般的に、朝起きてから就寝までの排尿回数が8回を超えるケースが「頻尿」と言われる。膀胱を支える骨盤底筋を鍛えたり、生活習慣を見直したりすることでも症状の改善は期待できるが、DFreeによって膀胱の状態を“見える化”すれば、排尿を我慢すべきボーダーラインも分かってくる。通常の筋力トレーニングとは違って他人に相談しにくい“秘め事”だからこそ、ウェアラブルデバイスで解決できるのは理想的だろう。
「今後も検証を繰り返しながら、より着けやすく、分かりやすい、誰でも使えるモノに改良していきたいです。また、排尿だけでなく『排便』を予測できる新製品も開発の見通しが立ってきたので、それが実現すれば排泄に関するラインアップがそろいます。その先は、超音波で体内の深部を可視化する技術を安全かつ安価で提供できるというわれわれの強みを、膀胱だけでなく他の臓器に転用していくビジョンを描いています。もっと総合的に、家の中でできるヘルスケアサービスの質を高めていきたいです」
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本体の重さはわずか90gというDFree。高齢でも散歩やウォーキングといった動作の負担にならないのがウリだ
1日の活動量を測れるようなスマートウォッチを筆頭に、ウェアラブルデバイス黎明期はハイテクを身に着けるという行為そのものが脚光を浴びた。それが特別ではなくなりつつある今、目的が曖昧な商品は淘汰されていくかもしれない。
「見識を広げるために、さまざまなウェアラブルデバイスを試していますが、例えば心拍数を測る機能が日常生活に役立つかどうかは疑わしいなと感じています。だから、『スマホで代用できるやん』ではなく、より必然性を感じさせる製品を生み出すことがわれわれ世代の課題ですね。個人的には、初心を忘れず、人間が『おしっこやうんこをしなくても生きていけるような方法』を生み出すことを諦めたくありません。だって、そうなったらいろいろなことが解決する気がしませんか? 下水もトイレットペーパーもいらなくなるし、火星にも住みやすくなるかもしれない(笑)」
そもそも、DFreeは中西氏が29歳のときに留学先の米国で「大便を漏らした」ことをきっかけに動き始めたプロジェクトだ。後編では、若きNEXTランナーが直面してき生みの苦しみと成功のポイントを振り返る。
<2020年2月7日(金)配信の【後編】に続く>
“失禁”は成功の母!? 排泄予測デバイス「DFree」誕生秘話
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text:浅原聡 photo:野口岳彦