2020.2.7
失禁は成功の母!? 排泄予測デバイス「DFree」誕生秘話:中西敦士が変える「介護」の未来
トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社 代表取締役【後編】
世界初の“排泄予測デバイス”である「DFree(ディーフリー)」を生み出したトリプル・ダブリュー・ジャパン代表の中西敦士氏。前編では、画期的な性能や今後の可能性を紹介した。着想当時は29歳だった若者が、どのように世界から期待されるプロダクトを実現させたのか? 後編では、中西氏が人生を懸けて「排泄の悩み」に取り組んできた背景をひもといていく。
悲劇をきっかけに“排泄予測”に着目
腹部に超音波センサーを貼り付けて膀胱の膨らみを読み取り、トイレのタイミングを事前に知らせてくれることがDFreeの特徴。自立排泄が困難な高齢者や障がいを抱える人をサポートする新たなウェアラブルデバイスとして期待されている。
※【前編】の記事はこちら
DFreeを提供するトリプル・ダブリュー・ジャパンの中西敦士氏は1983年生まれ。実業家だった祖父やWindows 95を手掛けたビル・ゲイツに刺激を受け、小学校高学年のころには「世界を変えたい」という漠然とした思いを抱いていたという。ただ、自分なりのテーマを見つけるまでには時間がかかった。
「大学4年生の時点でロボットベンチャーを起業しましたが、私を含めてロボットの素人集団だったので、何をやればいいのか分からなくて。そこで、いったんアルバイトとしてベンチャー企業に入り、経営の基礎を学ぶことにしたんです。翌年には大企業の新規事業立ち上げをサポートするコンサルティングファームに転職して、起業に必要なノウハウを身に付けました」
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両親から実業家だった祖父の刺激的な人生を伝え聞いて育った中西氏。小学生のころから起業を夢見ていたという
その後は青年海外協力隊を経て、米国・カリフォルニア大学のバークレー校に留学。ビジネスを学びながら起業のアイデアを探す日々を過ごす中で“事件”は起きた。
「端的に言うと、引っ越しの最中に便意を我慢しきれず漏らしてしまったんですよ。当時は29歳。もう大人ですから、かなり落ち込みました。自動運転や火星移住を目指しているという時代に、なんでこんな悲劇を経験しなきゃいけないのかと(笑)。当時はシリコンバレーに身を置いていたこともあり、脳内であらゆる対策を考えました。薬を飲んだら食べたものが全部ガスになるとか、排泄物が体内でコンドームのような皮膜に包まれて排出されるとか。そんな中、ふと排泄のタイミングを事前に予測するというアイデアを思いついたんです。それがDFreeの始まりでした」
中西氏はエンジニアではない上、バリバリの文系分野の出身。電気回路の知識もソフトウェア開発の経験もなかった。ただ、産婦人科の病院で超音波を使い、胎児の様子を観察していることは知識として持っていた。「わずか1cmの胎児を見つけられるなら、体内の排泄物なんて余裕だろう」という淡い希望を胸に駆け出した。
「素人考えで超音波に目を付けたのですが、結果的にそれがベストだったんです。体内の様子を知る装置としてはCT(コンピューター断層撮影)もありますが、放射線を用いるため日常的に使うには被ばくのリスクがあります。MRI(核磁気共鳴画像法)は機械が大型になってしまうし、スキャニングの時間も長い。どちらも、ウェアラブルデバイスには向きません。一方で、超音波は人体への影響が少ないんです。また、超音波発振器は構造が単純で安価なものであるため、小型化するのも難しくないと考えました」
インターン先のベンチャーキャピタルで高く評価されたこともあり、アイデアには自信を持っていた。しかし、参考となるような超音波発振器を24時間身に着けるデバイスは世の中に存在しない。試作機を形にするのは苦労したという。
「自分の体で実験しながら、一からデータを集めていく作業が大変でした。オムツを履きながら、大腸に異物を入れて便意の感じ方を探ったりしていたので。精密機器の開発経験がある友人や米国で知り合ったエンジニアに声を掛けて試作機を作っては、改善していく。その繰り返しでしたね。超音波に詳しい大学教授に声を掛けたら、協力してくれそうなメーカーを紹介してくださったこともあります。そうやって人の縁にも恵まれながら、技術的な壁を乗り越えていきました。僕は“ウン”がいいんですよ(笑)」
尿だけでなく「便検知タイプ」の開発も進行中
実験を重ねることで、開発チームは「膀胱内の尿の様子」も「腸内の便の様子」も探ることができるようになった。ただ、体調によって形状が変わりやすい便を検知するのは難しいこともあり、現在のDFreeは尿検知タイプのみが一般販売されている。
「尿検知タイプと便検知タイプの発売時期をそろえる選択肢もありましたが、まずは困っている人の役に立つために尿検知タイプを先にお届けすることにしました。1日6~8回の排泄の中で、便よりも尿の回数が多いこともあり、尿検知タイプの開発を優先すべきだろうと。われわれはスタートアップなので、製品開発や量産のノウハウが早くたまった方がいいとも考えました。ただ、便検知タイプも着々と製品化に向けて開発は進めています。これは、ぜひ期待してください!」
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超音波診断装置でとらえた膀胱のエコー画像。上は膀胱に尿がたまっておらず収縮している状態で、下は膀胱に水分がたまり膨らんでいる状態。DFreeはこの違いを検知している
量産化の体制作りや資金調達など、サービス開始までには、多くの困難が立ちはだかる。しかし、後押しする声は想像以上に大きかった。
「最初に試作機を作ってクラウドファンディングをしたら、インターネット上で大きな話題になったんです。やはり『うんこ』というワードは引きが強いのでバズったわけですよ。それを機に、海外からもたくさんの問い合わせがありました。『息子が排泄に障がいを抱えていて学校でいじめられているけれど、これがあれば大丈夫だ! ニュースで知って涙を流して喜んだ』と。そういった声が励みになって、これまでやってこれたのは間違いありません」
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DFreeの購入を希望してウルグアイから問い合わせがあったことも。世界中で求められていることが中西氏の原動力になっている
もともと排泄予測デバイスとして開発がスタートしたDFree。超音波発振器を24時間身に着けて膀胱のデータを蓄積するという唯一無二の技術は、人間の生きる仕組みを変えるほどの潜在能力も秘めている。
「これまで誰も持っていなかった情報が蓄積されていくので、ユーザーの方々から寄せられたビッグデータは、別の形で世の中の役に立てることができると思っています。今後は、ウェアラブルデバイスが人体のあらゆるデータをセンシングする時代になります。その中で、おなかには常にDFreeがあるように頑張っていきたいですね。世界をより良いものに変えていくために、私は常に『おしっこ』と『うんこ』のことを考えています。アイデアが煮詰まったときは、あえてトイレから離れますけどね(笑)」
“常におなかを診ている”ことで生体データが蓄積され、わずかな変化や異変を捉えることができれば、失禁だけでなく、あらゆる体の不調や病気の予兆を検知できるようになるかもしれない。DFreeは、要介護状態にならない人間の未来をつくるデバイスの一つになる可能性がある。
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text:浅原聡 photo:野口岳彦