2017.6.21
人間の目が暗視ゴーグルになる?有機物研究から見る未来予想図
愛媛大学大学院理工学研究科環境機能科学専攻教授 内藤俊雄
光を当てるだけで、本来備わっていない機能を与えることができる――。まるで未来の秘密道具のような話だが、ある物質に紫外線を照射することで別の機能を持たせようという実験を続ける研究者がいる。その研究の先に、どのような未来の生活が待っているのか、愛媛大学大学院の内藤俊雄教授に聞いた。
光を当てるだけで変わる
「電気自動車に、電気を通す有機物質を練り込んだラバータイヤを搭載すれば、タイヤを通して勝手に充電する自動車を作ることも夢ではないかもしれません」
電気自動車の普及が爆発的に伸びない理由の一つであるエネルギーの供給方法。そこに風穴を開けるかもしれない言葉を口にしたのは、愛媛大学大学院の内藤俊雄教授だ。
「光照射による分子結晶の伝導性・磁性制御法の開拓」という研究を進め、本来、電気伝導性も磁性も示さない有機物質に紫外線を当てるだけで、金属のように電気が流れ、弱いながらも磁石の性質を有する物質を作った。
一般的に有機物質とは炭素を含む化合物のことを指す。基本は炭化水素であり、炭素と炭素、炭素と水素が結合してできている。炭素同士はこの結合によって、電気を通す粒子を自由に動かすことができないため、「電気を通さない」ものと認識されてきた。
「技術の発達で、物質の伝導性を精密に測定することができるようになり、その分野の先人たちの功績から有機物質でも電気伝導性のあるものが見つかりました。しかし、通常の金属を100%としたときの0.000001%以下という微弱な電流しか流れない。そこを逆手に取ったんです。微弱ということは、その物質自体を電気で動かそうとすれば、それに必要な電力も同じように少なくて済むのではないかと考えたんです」
このアイデアを企業に提案したときは、「有機物質は電気を通さない」「微量な電気では意味がない」と、受け入れてもらえなかったという。
「初めは受け入れてもらえなくても、諦めずにやり続けることが重要なんですよ」
そして結果が出た。光照射下で伝導性と磁性を持つ有機物質を作り出したのだ。これまでのようにただ単に電気が流れるだけではなく、微量な電気を流すことで磁性を電気で操ることもでき、データの保存と演算処理の両方をこなせるかもしれない新たな有機物質の開発に成功したのだ。
研究開始から約10年。現段階は自然界のものではなく、硫黄や炭素から作った化合物で実験しているというが、この研究が製品開発の段階まで進んだとすると、どのような未来が待っているのだろうか。
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四角いケースの中にある小さな黒い物体が、内藤教授が作り出した光を照射している間だけ伝導性と磁性を発揮する有機物質
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内藤教授が作製した伝導性を測る実験機器。内部にある黒いテープの上に先ほどの物質が載っている
服自体をウェアラブル端末にできる
例えば、綿や羊毛といった服を作る繊維は有機物質だ。これらの中に、教授が開発した物質を組み込んだ新しい繊維を作り出せれば、やがて服自体をウェアラブル端末にすることができる時代が来るかもしれない。また、伝導性と磁性を帯びた柔軟性のあるプラスチックのような素材を開発すれば、生み出せる製品の発想はさらに拡大するだろう。
「すでにウェアラブル端末などのアイテムはあると思いますが、材料には主に金属を用いているため重くてごわごわしますよね。消費電力も大きい。この技術を応用すれば、それを容易に軽量化、コンパクト化できる可能性があります」
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開発した有機物質の結晶に、太さ25ミクロンの金線を4本張り電気を流す実験。直径100ミクロンの光(紫外線)を当てると、光が当たった部分だけ結晶が金属のように変わる
現在、このような有機物質の研究は、太陽光発電業界からも期待を寄せられ、各所で研究が進められている。
「太陽光発電に使われているパネルの多くは無機物質(半導体)で作られています。広い土地が必要だったり、日照時間を考えて立てる場所を考えたりしなければなりませんし、寒暖差でゆがんで割れてしまうという心配もあります。有機物質はその点、弾力性があるので、よりコンパクトで柔軟性を持たせたパネルを作ることができます。例えば、もし伝導性のあるゴムのような物質ができれば、狭い土地でも、日中は風船にしたパネルを上空に浮かべて発電し、夜間は風船をしぼませてしまっておくこともできる。さらにその太陽電池に有機物質の電池を組み合わせておけば、蓄電することも可能になるでしょう」
これらの応用が冒頭で語った電気自動車のタイヤにつながる。
「電気自動車も同じことです。極端なことを言えば、伝導性のあるコンクリートを作って、道路周辺の建物の壁や看板を有機物質で作った薄型でフレキシブルな太陽光パネルにすれば、そこから道路を通じて充電することもできるかもしれません」
太陽のエネルギーを、新たな形で活用できるその可能性に、いやが上にも期待が高まる。
「想像するだけなら簡単ですが、現実はそう甘くない。私の研究はまだ30%の段階。それでも昔は実現不可能とされていたものです。しかし、自動車の自動運転技術は2020年までに実用化させるという目標が立っています。タイヤに電気伝導性のある有機物質を練り込ませるのも、実現性としては同じくらいの難しさです。しかし将来的に企業などが開発に参入してくれれば、今日話した夢の一部は、全く不可能な話ではないと思います」
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紫外線を照射する実験機器と内藤教授。スマホをポケットに入れておけば充電される洋服や、リアルタイムで視覚を共有できるコンタクトレンズなど、創造できる活用分野は幅広いと話す
体に機能を追加!人間が進化する日
有機物質として一番身近なものを考えると、人間だ。人体に直接用いることはできるのだろうか。
「例えば、失明、緑内障や白内障といった視覚障害を持つ方への代替機能の付与です。電気伝導性のある有機物質を用いた特殊な眼鏡を着用することで、眼前の風景を捉えて、顔や頭の皮膚から直接神経を通じて脳に信号を送り、ビジョンを映し出すことができるようになるかもしれません」
薬物で肉体に本来ない力を付加させることを、スポーツ界ではドーピングと言う。化学の分野においても、物質に本来備わっていない機能を付与するために微量な薬物を混ぜることを、同じくドーピングと呼ぶ。
「スポーツ界では違反ですが、化学ではれっきとした技術です。ウェアラブルコンピューターや暗視スコープの機能を、眼鏡やコンタクトレンズなどに搭載することで、人体自体に装着するといった技術につながっていくかもしれません」
現在、大手企業数社が眼球にディスプレイを装着するスマートコンタクトレンズの実用化を目指しているが、内藤教授の研究も同じ方向を見ているということだろう。
人体にドーピングし、エネルギーを蓄積して、付加機能を行使する。近代に描かれた空想の世界を、いつか現実にするために、研究者たちは日夜努力を重ねている。最先端テクノロジーと人体が融合することで、ついに人類が“進化”する時代が訪れるかもしれない。
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text:野村博史(デュアルクルーズ) photo:デュアルクルーズ