2022.6.7
手術や治療をデータ化! 最先端の医療機器と外部をつなぐ未来形オペ室“SCOT(R)”が医療界にもたらす衝撃
東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 副所長 先端工学外科分野 教授/脳神経外科 教授(兼任) メディカルAIセンター センター長 村垣善浩【前編】
あらゆる領域でIoTやAIの活用、スマート化が進む現代。それは医療分野も例外ではない。手術室や治療室内にある医療機器や設備を接続・連携させ、手術の精度や安全性の向上を図るプロジェクト「SCOT(R)(Smart Cyber Operating Theater)」は、その最先端となる事例だ。「SCOT(R)」の中でも最上位版となる「HyperSCOT(R)」を完成させた東京女子医科大学を訪ね、プロジェクトを主導した村垣善浩教授に“手術室がネットワークでつながる”意味を聞いた。
手術室を外に開かれた空間に
手術室の中には、患者をモニタリングするための各種装置や、術者をサポートするための機器が数多く配置されている。腹腔鏡下手術やレーザーメス、手術支援ロボット、遠隔手術など、先進的なテクノロジーが導入されている医療分野も少なくない。
だが、「手術室内にある複数の医療機器を連携させて情報を結合する、あるいは手術室を外部とつなぎ、意思決定に役立てるという発想はSCOT(R)が登場するまで存在していなかった」と村垣善浩教授は言う。
「一つ一つの医療機器には高度な技術が搭載されていますが、複数ある機器をつないで統合的に管理するシステムはありませんでした。また、手術室外との情報交換についても、手術中の映像を他の医師が見てアドバイスする程度のことはあったと思いますが、一元的に管理された情報を外部に提供する環境はできていなかった。ほとんどの医療機器はスタンドアローン(ネットワークとつながっていない状態)だったのです。そうした状況に改革を起こすことが私たちの使命でした」
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120名の医師、研究員と共にSCOT(R)開発を牽引(けんいん)してきた村垣教授
手術中に撮影したMRI画像(高周波の磁場によって生体内部を断層撮影するもの)を術前に撮影した画像と照らし合わせて補正し、ナビゲーション(切開や切除する部位などの位置確認)に役立てるといった事例はあったものの、ごく一部の領域のみに限られていた。
先進技術の塊である医療機器が実はほとんど情報化されておらず、一元管理されていない現状は少々意外だ。
車の運転に例えるなら、アクセルとブレーキ、ハンドル操作をそれぞれ別の人間が行うようなものかもしれない。
それでも車を走らせることはできるが、歩行者が急に飛び出したとき、自動的に車両の挙動を制御して事故を回避するような高度なシステムを作ることが必要だ。
しかしながら手術室内にある医療機器はそれぞれの分野に特化したメーカーが製造しており、異なるメーカー、異なる医療分野の機器同士を連携させるシステムの構築を、メーカー自身に求めるのは無理があった。
そこで結成されたのが、東京女子医科大学が統括するSCOT(R)開発プロジェクトチームだ。
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病院で使われる医療機器には術者ごとのこだわりがあり、多種多様の機種が存在する。そのためSCOT(R)では最初に医療機器のパッケージ化に取り組んだ
国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)のバックアップを受けた本プロジェクトには、信州大学、広島大学など全国5大学、産業界からデンソー、日立製作所など12企業が参加した。
ロボットを動かす産業用ミドルウェアがヒント
それぞれの医療機器をバラバラに動作させるのではなく、“治療空間全体を一つのシステムとして機能させること”がプロジェクトに与えられた命題。
そのためには、医療機器ごとに異なる内部規格の統一に着手する必要があると考えてしまいそうなところだが、SCOT(R)では全く違うアプローチが取られている。
内部規格はそのままに、各機器のシステムを統合するミドルウェア「OPeLiNK(オペリンク)」を据えることで問題を解決したのである。
発想の元になったのは、産業界で既に普及しているミドルウェア「ORiN(オライン)」だ。「ORiN」をコア技術とし、汎用性の高い医療用インターフェースとしてデンソーが中心となって開発した。
「製造工場などでは、メーカーや機能の異なる数多くのロボットが連携して動いています。それぞれが独自のOSを持って動いていたら統合制御することができず、作業効率も悪いですよね。そのため規格の異なる各ロボットをつないで、総合的に管理するORiNが使われています。手術室にもこれと同様のミドルウェアを導入すれば、各機器を替えることなく、データの入出力や管理ができるという発想でOPeLiNKは開発されました。統合制御できるミドルウェアさえあれば、将来は医療用ロボットを他の機器と連携させながら動かしたりすることも可能です」
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大型ディスプレーや手術を支援するロボットなどが並ぶHyperSCOT(R)内部は、まるでSF映画に登場する手術室のような景色
各機器の出力データをOPeLiNKに取り込んで標準化することにより、統一されたフォーマットのデータをデバイスに依存することなく提供できるようになった。複数の機器を一つのシステムとして扱うには、大前提として時間や空間の情報が合っていなければならない。
これまで個別に動いていた各機器を、時間的、空間的に同期できた点だけ取り上げても、OPeLiNKを導入した功績は大きい。
SCOT(R)開発において、OPeLiNKはまさに中核となるシステムなのだ。
多種多様な医療機器をつなげるためのステップ
東京女子医科大学にSCOT(R)のフラッグシップとなる「HyperSCOT(R)」が完成したのは2019年4月のこと。
しかし、2014年のプロジェクト開始からそこまで、一足飛びに実現したわけではない。
治療室・手術室のスマート化を実現するためには、幾つかのステップが必要だった。
まず実施したのは、SCOT(R)の基本となる医療機器をパッケージとしてまとめる作業だ。なぜパッケージ化が最初に必要だったのか。村垣教授は自動車に例えて解説する。
「バスは人を大勢乗せて移動する、トラックは多量の荷物を運ぶというように、車はタイプごとに機能が与えられています。それぞれの機能に応じて、タイヤやハンドルなどの仕様が決められているわけです。従来の手術室にはそうした考え方がなく、術者が思い思いの医療機器を持ち込んだ単なるスペースに過ぎませんでした。手術室に機能を持たせるためには、パッケージ化が不可欠だったのです」
医療機器の中には1970年代に開発された設計がそのまま使われているものもあるそうで、そうした機器まで対象とするのはあまりに効率が悪い。
そのためパッケージ化が必要だったというわけだ。
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医療機器のパッケージ化に反対する医師たちを説得するためには、価値を見える化することが大切だったという
このパッケージ化したモデルは「BasicSCOT(R)」と呼ばれ、2016年6月に広島大学病院に設置された。ここで脳外科、整形外科領域で40症例以上の臨床研究が行われた後に事業化され、既に国内4施設に導入されている。
続いて開発されたのが「StandardSCOT(R)」と呼ばれるモデルで、こちらは前述のOPeLiNK により各機器をつないだもの。
2018年7月に信州大学医学部附属病院に設置され、これまでに臨床研究約10症例を実施。こちらも2021年から情報統合手術室「METIS(メーティス)」という名称で販売されている。
スマート治療室の最終進化形、HyperSCOT(R)
「HyperSCOT(R)」は、BasicSCOT(R)→StandardSCOT(R)を経て、スマート手術室の最終目標に位置付けられるモデルだ。
新規開発のロボットベッドやオープンMRI、AIによる手術ナビゲーションなど、現時点で考え得る最新鋭の医療技術、先進的なアイデアが盛り込まれ、現在もアップデートされている。
複数の医療機器からもたらされた患者の生体情報、手術器具の位置情報などが一元化されて大型ディプレーに映し出される様子は、まさに未来の手術室といった様相だ。
またHyperSCOT(R)には、SCOT(R)の概念を可視化するデモンストレーション・ルームという役割もある。
「全国の病院、医師たちに医療機器をパッケージ化するという話をしたときには反対意見がありました。術者の特性によって最適な機械は違っており、一つに決められるはずがないといった内容ですね。ただ、2016年にSCOT(R)のプロトタイプが完成してからというもの、そうした意見があまり聞かれなくなりました。SCOT(R)が目指す世界を実際に見せることで、パッケージ化が必要な理由を納得できたからだと思います。最新版であるHyperSCOT(R)にも、その役割が引き継がれています」
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「脳外科、整形外科だけでなく、さまざまな領域でSCOT(R)への評価を引き出していきたい」と構想を語る村垣教授
百聞は一見にしかず──。
村垣教授はHyperSCOT(R)によるデモンストレーションの効果を端的にそう表現した。
保守的、伝統的な業界を変えるためには、思い描くビジョンを誰が見ても分かる形で提供することが重要。
これは医療分野だけで通用する話ではなく、ビジネス全般において共通するエッセンスに違いない。
後編では、手術室をつなぐことでどのようなメリットを享受できるのか。さらに深掘りして聞いていく。
<2022年6月8日(水)配信の【後編】に続く>
手術室全体を一つの医療機器として扱い、スマート化するプロジェクトが目指す未来の医療ビジョンとは
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text:田端邦彦 photo:安藤康之