2017.7.26
未利用資源をクリーンエネルギーに!安定供給実現に向けた水素サプライチェーン構想
川崎重工業株式会社 技術開発本部 水素チェーン開発センター副センター長 西村元彦
CO2などの温室効果ガスを排出しないクリーンエネルギー社会で、大きな役割を担うと期待されている水素。いかにして水素を利用し、CO2排出を抑制しながら安定したエネルギー供給を実現するのか。川崎重工業株式会社の水素チェーン開発センター西村元彦副センター長に話を伺うと、その壮大な構想の全容が見えてきた。
水素はクリーンエネルギー社会の切り札
2015年に開かれたCOP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)のパリ協定により、世界は実質的にCO2を排出しない脱炭素社会へと目標のかじを切った──。
日本ではCO2排出を2030年までに26%削減(2013年比)、あるいは日本を含む先進国は2050年までには80%削減する(同年比)、という数値目標が設定されている。
「この目標を達成するために、2030年度には原子力と再生可能エネルギーを合わせたCO2を出さない電源構成比を44%にするという命題が掲げられています。もちろん2030年以降もCO2を出さない発電の比率をより増やしていく必要があります」
こう語るのは川崎重工業株式会社の技術開発本部 水素チェーン開発センター副センター長を務める西村元彦氏だ。
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CO2フリー水素サプライチェーン構想のプロジェクト総括を担当する西村氏。水素利用をけん引する担い手として国際会議においてプレゼンを行うこともしばしば
国は、このCO2を出さない電源構成比44%を、電力自由化によって発電設備を持たない電力小売事業者に対しても義務化を検討しているという。
「そのためには、おのずとCO2フリーの電源だけを取引するような市場が必要になってきますし、実際に経済産業省の制度設計として非化石価値市場の創出が検討されています」
低炭素電源市場の創出、そのためにはそれを担うのに十分なCO2フリー電力が必要となる。
「日本でも今後、再生可能エネルギーとして風力や波力、太陽光発電が増えていきますが、その供給量は自然状況によって変動します。そのため再生可能エネルギーのみでこの市場を補うのは難しいと予測されています」
このように語る西村氏は、さらに次のように続ける。
「仮に再生可能エネルギーを100%にすれば、CO2排出を80%削減するという目標が達成できます。しかし、高コストで供給量も限られているなど現実的ではありません。そこで課題解決を期待されているのが“水素の発電利用”なのです」
そもそも水素というのは宇宙で最も豊富にある元素ながら、単体ではほぼ存在せず、地球上では化合物として存在している。そういった意味で厳密には電気と同じく二次エネルギーに分類されるのだ。
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二次エネルギーである水素は世界中でさまざまなものから製造が可能。そのため化石燃料のように産出国頼みになることがないため、エネルギーの安全保障という観点からも期待されている
出典:NEDO水素エネルギー白書2014
「水素は、石油や石炭、天然ガスなどさまざまな原料から作ることができるというメリットがあります。また、再生可能エネルギーから電力を利用すれば、CO2を排出することなく、水の電気分解により水素が作れるので、水素を発電に利用できるようになると選択肢が広がります」
さらに意外に思われるかもしれないが、水素は一般にイメージされているほど危険ではないという。
「総発熱量(MJ/kg=メガジュール/キログラム。1kgあたりのエネルギー量を表す)をガソリンや天然ガスと比べると、水素はその3倍ほど大きいのですが、最も軽い気体(空気に対する比重が0.0695)で拡散速度が速いため、万が一、事故で大気中に流出して火が付いてしまっても爆発するエネルギーは小さいのです(単位体積当たりの発熱量はガソリンの約19分の1)。また、拡散してしまっても、水素は毒性がなく、温暖化ガスでも無いというのも非常に重要なポイントです」
発電には大量の資源が使用される。そのため、発電に化石燃料ではなく水素を使うことができれば、CO2の大量削減に効果があるというわけだ。
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エネルギー総合工学研究所主催「CO2フリー水素チェーン実現に向けた構想研究会にて、GRAPE(グレープ)を用いて2010年に実施された国内水素需要予測結果の図。年々水素の需要が増し、CO2などの温室効果ガスを排出する化石燃料の占める割合が減っていくのが分かる
上図のエネルギー経済需要シミュレーションは、日本の人口やGDPの推移、一次エネルギー(石炭・石油・天然ガスなどの化石燃料)の価格変動など、さまざまなデータを推計。それらを基に最も安価にCO2削減目標を達成するにはそれぞれどんなパーセンテージで組み合わせればいいのかを計算したものである。
ここで注目したいのが水素の割合。シミュレーション結果によると、2050年では全体の約40%という非常に大きな比率を占めているのが分かる。
「このデータでは、仮に安価なCO2フリー水素を利用できたら、という仮定で算出されています。そのために温度と圧力が0℃、1気圧の時を標準状態と規定した1Nm3(ノルマル立方メートル)あたりの水素価格を25円で計算しています」
また、1Nm3=45円と高めのコストでの計算も行い、その場合でも水素が占める割合は約20%あったという。
「水素が将来、非常に大きな役割を担うという期待が高まっています。そうなると、真の課題は“いかに安い水素を調達してくるのか”ということになります。そこで、海外の未利用資源・褐炭(かったん)から水素を製造して日本に持ってくるという構想、CO2フリー水素サプライチェーンを描いています」
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CO2の排出を抑制しながらエネルギーを安定供給する水素サプライチェーンの概略図
CO2フリー水素を造る、運ぶ・貯める、使う、先進の技術
水素生成に用いる褐炭とは若い石炭のことで、世界中に大量に分布し、50~60%程度と多くの水分量を含み、乾燥すると発火しやすいという特徴がある。
「水分量の多い褐炭は輸送に適さず、これまでは現地で掘り出して24時間以内に発電所で使用するという限定的な使い方がなされていました。そのため輸出などの国際取引は皆無で、権益取得が容易なのです。安価な資源を使えば安く水素が造れる点に着目したわけです」
世界有数の石炭資源国であるオーストラリア(以下豪州)は、石炭資源の半分を褐炭が占める。日本と同じく海に囲まれた同国にとって褐炭は売るに売れない資源。活用したいとの申し出は願ってもない話だったようだ。
「私たちは今、豪州・メルボルンから西に150kmほどのラトロブバレーの褐炭炭田を利用して水素を造ろうと考えています。この地には、見える範囲、地平線まで地表下6mから深さ250m以下まで褐炭の埋蔵が確認されており、日本総発電量の240年分に相当する膨大な量になります」
仮にこの褐炭を利用して水素を生成する場合、1つの問題がある。それは水素製造の際に否応なく生じるCO2(副生CO2)だ。この副生CO2をきちんと処理できない限り、その水素はクリーン水素にならないのだ。
「副生CO2については、現地で貯留します。豪州連邦政府と褐炭炭田のあるビクトリア州政府がCO2を回収・貯留するCCS(CO2 Capture Storage)プロジェクト“CarbonNet(カーボンネット)”をおよそ100million豪ドル(現在のレートで約88億円)かけて推進しています。この一環として、彼らが地質調査を行ったところ、ラトロブバレーから南東80kmの海岸沖に褐炭を燃やして出てくるCO2全量を安定して貯留できることが分かりました。これはつまり、資源がたくさんある場所とCO2を貯留できる場所が近接したところにある恵まれた立地であり、クリーンエネルギーを作るポテンシャルが非常に高いといえます」
豪州にとっては、褐炭の付加価値の向上、水素製造・輸送産業による雇用創出、クリーンエネルギーの輸出、CCSの促進といったメリットがある一方、日本には大量かつ安定したエネルギーの確保、CO2排出量の削減、安価なエネルギーの確保などのメリットがあり、両国の利害は一致する。では、大量に造られたクリーン水素をどのように日本に運ぶのか。
「製造された水素は液化水素にして船で運びます。水素は-253℃という極低温に冷やすと液化するのですが、実はこれと同じことは液化天然ガス(LNG)で既に行われています。天然ガスは-162℃で液化しますが、その分野の見地からすると、水素はあと90℃低いだけなので、技術やノウハウを活用できます。また、液体になることで気体の1/800程度の体積になるので、一度に大量の水素を運ぶことができます」
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水素を液化する水素液化機を独自に開発。1日約5トンの水素を液体にすることができる
そこで川崎重工業では水素液化機の開発に乗り出したのだが、これが水素サプライチェーンの入り口になるのだという。
「どんな水素でも、水素液化機につないでガスを通すと液体になります。それにより大量輸送のインフラ(船、貯槽など)に載せられるようになるため、入り口のプラント(水素を液化するために必要な機器や装置が組み合わさった生産設備一式)として非常に重要なのです。現在は、兵庫県播磨町にプラントを造って開発をしていますが、商用水素サプライチェーンで使用するには、今の10倍以上の大きさの水素液化機が必要になります」
さらに液化水素は、ロケット用の燃料として日本でも30年以上輸送媒体として使われているため、既に実績十分。あとは国際的な輸送手段となる運搬船が課題なのだという。
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液化水素運搬船(商用船)のイメージ図。一度の運搬で16万立方メートルの水素を運ぶ。これはFCV車180台分もの水素量になる
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液化水素運搬船(パイロット船)のイメージ図。1250立方メートルのタンクを2基搭載可能
液化水素運搬船で水素の貯蔵に使われるタンクは2層作りになっていて、容器の間が真空になっているという。そうすることで熱を通すものがなくなり、非常に性能の高い断熱容器になるそうだ。
「例えば、ステンレスの魔法瓶に100℃のお湯を入れて一晩置いておき、朝開けると温度はだいぶ下がっていると思います。しかし、パイロット船用に新規開発したタンクは、液化水素を1カ月入れた場合でもわずか1℃下がるだけという高性能になります。合わせて、商用船に搭載する大型タンクの開発も行っています」
当然、安全対策についても万全を期している。
「このタンクは4気圧まで耐えられる設計ですが、それを超えそうになった場合にはVent Mast(ベント マスト)の先から水素を大気中に放出します。水素は軽いのでそのままでも上流に流れますが、万が一ブリッジなどに流れてこないよう解析し、悪影響がないように検討しています」
さらに、重要となるポイントが船のルールだという。
「国際海事機関(IMO)という国連の機関が、公海上を航行する船の規格類を整備しています。これまで日本の提案は原案のままではあまり通らなかったものの、今回、液化水素運搬船の安全要求条件は国土交通省のほぼ原案通りに承認されました。日本から提案したルールのひな型が正式に国際ルールとなったのです。それはつまり、現在開発を進めている船が、世界で初の液化水素運搬船としてスタンダードになることを意味しています」
まさに日本発信で作り上げたといえるものだ。そして話は水素を使用するところ、水素ガスタービン発電へと進んでいく。
「ガスタービンについてはあまりなじみがないかもしれませんが、要は飛行機のジェットエンジンと思ってください。ジェットエンジンを地上において、その回転動力で発電機を回して電気を造ります。このガスタービンを使い、水素で発電できる技術を開発していますが、これは天然ガスと水素を自由に切り替えて運転できるガスタービンになります」
水素発電が目的であるのなら、水素のみで動くガスタービンの開発ではいけないのだろうか?
「水素だけ使える発電機を造っても、現状では水素がそんなにたくさんありません。ですので、現時点で天然ガスと併用できない水素100%のみで動くガスタービンを開発しても需要がありません。私たちが開発したガスタービンは水素100%でも、天然ガス100%でも、中間の混合濃度でも自由に運転可能。つまり水素の普及やお客様のニーズに合わせて普通の都市ガスと併用しながら発電することができるのです」
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明石工場エネルギーセンター8号発電所で運用されている水素混焼タービン(追焚き方式)を用いた発電施設。一部を水素に置き換えることでCO2の削減につながる
「また、これとは別に天然ガスで追焚きしている部分を水素に置き換える発電というのも実験していて、既にデータを取得しています。これは混焼(追焚き方式)なので、水素100%まではいきませんが、燃焼機の発熱量を30%水素に置き換えることで、CO2を30%削減できるというわけです」
未来エネルギーの安定供給に向けた一手
着々と開発・実証が行われているCO2フリー水素サプライチェーン。
クリーンエネルギー社会の実現に向けて大切なこととは何なのだろうか。
「安価な再生可能エネルギーに由来する水素の量というのは、最初は非常に少ないのです。しかしながら、化石燃料から造る水素でインフラを整えて、再生可能エネルギーを長期的計画で増やしていけば、将来再生可能エネルギーへの切り替えが可能です。この順番を間違えないようにしなければいけません」
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川崎重工業株式会社 東京本社のショールームに置かれているエネルギー供給チェーンのジオラマ。同社のエネルギー事業に関する取り組みを表したもの
このように順番の重要性を語る西村氏。このプロジェクトの次の展開について伺った。
「“着手小局”で小さなチェーンで実証を重ねていきます。商用の100分の1ぐらいの規模で安全・運用・技術全ての面で実証を行い、液化水素運搬船の就航、パイロット実証の開始を2020年から予定しています。この実証事業は、NEDOの助成を得て、岩谷産業、シェルジャパン、電源開発及び弊社で結成した技術研究組合HySTRAを母体として進めています」
さらに、その前にはこんな計画もあると教えてくれた。
「来年、神戸のポートアイランドで純水素100%を使用した水素発電を行おうと計画しています。これは水素100%で発電できるガスタービンを用いた市街地での発電、さらに近隣に電気と熱を供給するという世界で初めてのものになります。この事業は、大林組を幹事会社として、NEDOの助成を得て実施します」
最後にCO2フリー水素サプライチェーンが実現した未来はどのように変わるのか聞いてみた。
「ほぼ全ての動力源は水素を利用する余地があります。将来、水素の価格が下がったあかつきには、実用性に徹するのであれば、燃料電池の方が内燃機関(ガソリン、ディーゼルエンジンなど)と比べて安く運用できるなどメリットも大きいはず。さらには、化石燃料からの水素製造とCCSを組み合わせることで、エネルギーセキュリティーにも貢献できる環境負荷の低いクリーンエネルギーとして水素が社会を支えていることでしょう」
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text:安藤康之 photo:大木大輔