2023.8.22
頭皮ケアに革命を起こす。傷の治療も期待される“超音波”のポテンシャル
ピクシーダストテクノロジーズ株式会社 取締役CRO 星貴之【前編】
メディアアーティスト・研究者の落合陽一氏がCEOを務め、これまでユニークな事業を多数手掛けてきたピクシーダストテクノロジーズ。独自の超音波技術を用い、発毛促進に応用することになった背景とは何か。アカデミアでの研究実績をベースに、ピクシーダストテクノロジーズで薄毛治療のイノベーションを進めるCRO(最高研究責任者)の星貴之氏に聞いた。
“傷の治癒”の研究からスカルプケアのデバイスに
2022年の11 月には、アンファーと共同開発したスカルプケアデバイス「SonoRepro™(ソノリプロ)」をリリース。推奨される使用頻度は、わずか1日1分。SonoReproは、手軽に頭皮をケアできる先端の超音波スカルプケアデバイスだ。搭載されている技術も独特で、人間の手によるマッサージとは違い、空中を伝わる超音波を集束させることで、デバイスから非接触で頭皮にソフトな刺激を届けてくれる。
-
ピクシーダストテクノロジーズがアンファーと共同開発した「SonoRepro」。61個の超音波スピーカーが発する超音波を集束させ、効率的に頭皮を刺激する。2022年11月10日より販売開始。13万7500円(税込)
SonoReproの開発をけん引したピクシーダストテクノロジーズの星貴之氏は、2008年から超音波の研究に携わってきたスペシャリストだ。まずは画期的なデバイスが生まれた背景を語ってもらった。
超音波がもたらす“非接触振動圧刺激”には、薄毛を改善できる可能性がある。「私は創業前から超音波技術の研究に取り組んでおり、その応用先として2012年から非接触振動圧刺激による創傷治癒の促進に取り組んできました。これは日本医科大学との共同研究プロジェクトですが、端的に説明すると、超音波で1gほどの非接触の刺激を与えると、皮膚の傷が早く治るんです。これは“メカロバイオロジー”と呼ばれる学問分野で扱われる現象です。そしてマウスを用いた実験を行っていたところ、傷の治癒だけでなく、超音波を当てていた部分の発毛も促進されることが発見されたんです」
-
星貴之氏。熊本大学助教、名古屋工業大学特任教員、東京大学助教を経て、2017年にピクシーダストテクノロジーズに参画。取締役CRO(最高研究責任者)を務める
予期せぬ現象を目の当たりにして、研究者として血が騒ぎ、「これは人の薄毛の治療に生かせるのではないか?」という期待が膨らんだ。
「マウスの血管に造影剤を入れて観察すると、超音波の刺激によって血流が増えていることが観察できました。血流が良くなると、毛根に栄養が運ばれやすくなります。また、発毛に関連する遺伝子が活性化されている様子も確認されました。そんな我々の研究成果にアンファーが興味を抱いてくれたこともあり、2019年よりパートナーに迎えて本格的な臨床試験に着手しました」
男性健常者における臨床試験では、期待通りの結果が出た。超音波の刺激によって成長期毛の割合が増加し、休止期毛の割合が減少することが確認できたという。
-
非接触振動圧刺激を頭皮に週1回、20分間照射し、16週前後の成長期毛・休止期毛の変化を観察したところ、照射群において休止期毛割合が32.1%減少し、成長期毛割合が10.2%増加する結果が得られた
画像提供:ピクシーダストテクノロジーズ株式会社
「そもそも薄毛は、成長期、退行期、休止期、成長期と移り変わるヘアサイクルの中で、ホルモンバランスやストレスなどさまざまな原因で成長期が短くなり、毛が十分に成長しないまま抜けてしまうことにより発症します。私たちの超音波技術が目指しているのは、毛乳頭に刺激を与えて活性化し、休止期から成長期に戻すこと。そして、その目的のために超音波を発生させる『非接触振動圧刺激装置』を開発し、2021年11月から頭髪治療専門のDクリニックの一部店舗で導入されました。患者様からも大変ポジティブな声が届いたことで、次のステップとしてコンシューマー向けの製品であるSonoReproを開発することになりました」
超音波による非接触の刺激だから安全性が高い
Dクリニックで導入されていた非接触振動圧刺激装置は大型のデバイスで、家庭用に作り直すのは簡単ではなかった。先行のデバイスは超音波振動子(直径1cmの超音波センサ部品)を271個搭載しているが、SonoReproでは小型化のため61個に減らされている。
「当然、超音波振動子の数を減らすと全体の出力も落ちてしまいます。配列を試行錯誤しながら、小型でも要求される音圧を生み出せる仕組みを開発しました。照射距離も大型デバイスは20㎝でしたが、SonoReproは2cmに近づけ、片手で頭皮に当てられるように工夫しています。何度も壁にぶつかりましたが、元々当社は超音波に関する知見や研究データを持っていたので、振り出しまで戻るような事態は避けることができ、開発に着手してから1年後の2022年11月にSonoReproを発売するまでスピーディーに駆け抜けることができました」
-
SonoReproの使用イメージ。本体サイズは約W:111×D:78×H:235mm。本体重量は約260g。ACアダプターで駆動する
画像提供:ピクシーダストテクノロジーズ株式会社
超音波による非接触の刺激は、傷の治療においては接触感染の恐れがないことが大きな魅力だった。それはSonoReproにも受け継がれており、従来の超音波美顔器と比べるとデバイスが汚れにくいためメンテナンスも簡単になっている。
「これまでの超音波美顔器は、超音波で振動するデバイスを直接皮膚に接触させることで皮膚表面の汚れを落としたり筋肉を刺激したりすることを狙ったものが多いと思います。我々が開発した非接触振動圧刺激は、空中を伝わる超音波を皮膚表面に当てることで、触れることなく、もむような刺激を与える技術です。超音波の99.9%が皮膚表面で反射されるため、安全性には自信を持っています。臨床試験においても、全ての被験者に非接触振動圧刺激に起因すると考えられる有害事象は見受けられませんでした」
先行販売したクラウドファンディング「Makuake(マクアケ)」では3分で目標金額を達成し、応援購入額は2416万円に到達。日本人男性における薄毛(男性型脱毛症=AGA含む)で悩む人口は1260万人といわれており、画期的なホームケアの方法を探している人が多くいるのは間違いない。
「円形脱毛症が改善した」というユーザーの声も
2022年11月の発売開始から半年たち、実際に手に取ったユーザーからはどんな声が届いているのか?
SonoReproは家庭用のスカルプケアデバイスであり、病気やけがの改善や治療のための医療機器ではない。従って「あくまで個人の感想」という前置きが必要だが、ピクシーダストテクノロジーズの元にはユーザーから喜びの声が大量に届いているという。
「手前みそではありますが、70代の私の父親が使用していて、写真を毎月送ってくれるんですよ。髪のボリュームがアップして、行きつけの理髪店さんからも驚かれているようです。他の方々の感想をお聞きしていても、使い始めてから1カ月ほどで効果を実感されている方が多い印象です。元々生えていた毛にハリとコシが出てきたとか、太くなったとかの感想も寄せられています」
他にも予測を上回る結果が得られた。ピクシーダストテクノロジーズとアンファー、日本医科大学の共同研究は男性特有のAGAを改善するために始まったものだが、SonoReproは女性ユーザーのお悩み解決にも一役買っている。
「『病気治療の副作用などで脱毛してしまったのですが、髪が生えてきたおかげで、帽子をかぶらずに外出できるようになりました』という声を届けてくださった女性もいます。産後の薄毛に悩む女性にも使っていただいています。我々としては、今後はアピアランスケア(がん治療による外見の変化に対し医療者が行うケア)に対しても何かサポートできないか検討しており、性別を問わず幅広い方々に寄り添っていきたいです」
-
SonoReproは、米国・ラスベガスで2023年1月5日~8日に開催された世界最大級のテクノロジー見本市「CES 2023」に出展し、「Home Appliances」カテゴリーで「CES 2023 Innovation Awards」を受賞した
発売から半年がたち、ユーザーからのさまざまなフィードバックが得られたことで、次期モデルの構想も徐々に見えてきた。たとえ生死に関わる問題ではなくても、頭髪の悩みは人生の満足度を大きく左右する。SonoReproは人々の未来を明るくするポテンシャルを秘めたデバイスかもしれない。
「シンプルに使い勝手を良くするために、モバイルバッテリーを搭載してACアダプターにつながなくても使えるようにしたいですね。そうすると本体が重くなってしまうので、難しさはあるのですが……。機能面でも、新たに導入を検討している技術があります。今後もSonoReproを通して、ユーザーの方々が前を向いて生きていくためのお手伝いができたらうれしいですね」
そもそもピクシーダストテクノロジーズは、アカデミア発の先端技術を連続的に社会実装することを目指して立ち上がったベンチャー企業だ。後編では、各大学とのスムーズなコラボレーションを実現するために編み出された「全員が得をする契約システム」の秘密に迫る。
-
この記事が気に入ったら
いいね!しよう -
Twitterでフォローしよう
Follow @emira_edit
text:浅原聡 photo:野口岳彦