1. TOP
  2. トップランナー
  3. 次世代エネルギーデバイスのレアメタル依存を“海の珍味”活用で脱却?
トップランナー

次世代エネルギーデバイスのレアメタル依存を“海の珍味”活用で脱却?

東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)デバイス・システムグループ教授・主任研究者/藪 浩【前編】

「ヤモリはなぜ壁や天井に張り付けるのか?」「ハスの葉はどうして水を弾くのか?」など、生物の特徴を分析・応用する「バイオミメティクス(生物模倣技術)」──。東北大学材料科学高等研究所の藪 浩教授は、このバイオミメティクスを取り入れた研究アプローチで、次世代エネルギーデバイス開発における資源枯渇の課題解消、さらにはエネルギー循環社会の実現を目指している。英国の公共放送局BBCからも取材を受けるなど国際的に注目を集めている、その研究の経緯や詳細を聞いた。

電力平準化にも貢献! 新たな電池開発への期待

昨今、自然の影響に左右されやすい再生可能エネルギー由来の電源を、一定の電力量を安定的に送電するなど、効率的なエネルギー供給を実現する上で、蓄電池へ電気を分散的に蓄えるなど電力需要の負荷平準化が推進されている。

蓄電池や充電池などと呼ばれる「二次電池」(電気をためて繰り返し使える電池の総称)は、ノートパソコンやスマートフォンをはじめ、電気自動車(EV)やドローンなどへも普及が進み、需要が拡大。東北大学材料科学高等研究所で、新たな材料やデバイス開発に取り組む藪教授は、その電池開発における問題を指摘する。

「二次電池は需要とともに用途が増えることで、より高出力、高容量の電池が求められています。現在、比較的高容量な二次電池としてリチウムイオン電池が普及していますが、一部の電池で正極の材料に使用されるコバルトは確保が難しいレアメタルで、将来その供給が頭打ちになると予想されています」

「気温の変動が激しい東北地方で電力平準化を進めるには、リチウムイオン電池は安全性や容量単価の面で難しく、燃料電池や空気電池の普及が望ましいと考えます」(藪教授)

リチウムイオン電池は、性能面で既に限界まで進化したと評されており、世界では次世代エネルギーデバイスの開発・普及が急がれている。藪教授は、「この状況で次世代エネルギーデバイスとして期待されているのが、燃料電池と金属空気電池(空気電池)です」と説明する。

電力平準化実現における燃料電池(図b)、金属空気二次電池(図c)の化学反応イメージ。燃料電池は、余剰電力を水電解(図a)で変換・貯蔵させた水素で発電、空気電池は余剰電力をそのまま充電する

資料提供:東北大学材料科学高等研究所

「燃料電池は正極の酸素と負極の水素で化学反応を起こし電気を発生させます。発電しても排出されるのは水だけなのでクリーンな電池としても注目されています。空気電池も燃料電池の仲間なのですが、こちらは負極を水素から金属に置き換えて、正極の酸化反応で充放電を行います。酸素を取り込んで放電し、電池自体を形成する物質が少なく軽量・小型で、リチウムイオン電池よりも放電容量が高くなります」

電池のエネルギー密度と出力密度の関係を示したグラフ。「電力平準化に適したより高密度なデバイスは、数値的にも燃料電池と空気電池に限られるのが現状です」(藪教授)

こうした特性から燃料電池と空気電池はそれぞれマッチする用途で普及が期待されている。

性能を維持し、レアメタルを代替する触媒を求めて

現在、世界各国の学術機関や企業が高性能・高容量の燃料電池、金属電池の実用化へ向けて研究を進めている。しかし、その開発にも「産出量が少なく、産出国も限られるレアメタルが必要です」と懸念を語る。

「電池には化学反応を起こす装置として『触媒』が必要で、これらの電池には白金(プラチナ)、イリジウム、ルテニウムなどのレアメタルが使用されています。触媒の良しあしは電池そのものの性能を左右し、その点でレアメタルに匹敵する活性が得られる触媒の実用化は非常に難しい課題です。

ですが、これらのレアメタルは日本では採取できず、南アフリカやロシア、中国といった限られた国でしか採れません。限られた資源に依存し、それが枯渇しかねない状況を生み出すのではなく、何か別のもの、より身近で算出されるものでレアメタルを代替することを目指して、さまざまなアプローチで触媒の研究を始めました」

世界的なレアメタル依存の解消を目指し、藪教授は白金に代わる触媒の開発に取り組んだ。白金は宝飾や自動車、医療、化学など多方面で重宝され、年間約200tペースで総計約7000tが採掘されてきた。

「年間約200tペースというのは、競泳用プールを満たすくらいの産出量です。残された推定総埋蔵量もわずか1万7000tほどともいわれます。電池開発で用いられる白金の大部分はリサイクルで賄われているのが実情です」

白金に代わる触媒は世界中で研究が進められているが、触媒活性が足りないものや、生成時に毒性物質を生じるなど改善の余地が残るものばかりだった。こうした先例から藪教授は、炭素を使った「カーボンアロイ触媒」の研究に着目した。

世界ではカーボンアロイ触媒の一種であるヘテロ元素ドープ炭素触媒というものが代替触媒として活用、研究されていたが「白金に対し活性が不十分で、材料に石油由来のものや鉱物を使用するなど、私たちの考える材料とは異なるものでした」(藪教授)

資料提供:東北大学材料科学高等研究所

「カーボンアロイは、炭素(Carbon)と合金(Alloy)を組み合わせた造語で、炭素原子を主体とした多成分系(多くの異なる種類の物質が混ざった状態)から成る材料を指します。カーボンに窒素や鉄分の一種の『ヘム鉄』を混合すると白金に近い触媒になることが分かり、これに近いものを身近な物質から生成できないかと考えました」

ホヤ殻と動物の血液からサステナブルな触媒が誕生

カーボンとヘム鉄の混合に新たな可能性を見いだした藪教授は、バイオミメティクスの発想で触媒の材料に地元・宮城の海産物・ホヤの殻を使えないかと思い付く。

「ホヤは東北地方の特産物の一つで“海のパイナップル”とも称されています。ホヤの殻は、実は産業廃棄物として最盛期には年間7000tほど廃棄処理されていて、漁業関係者から『何かに転用できないか?』と相談を受けていました」

これまで藪教授は、ハチの巣のように正六角形が隙間なく並ぶ「ハニカム構造」と結露を組み合わせた高撥水(はっすい)フィルム、ムール貝にみられる接着タンパク質を模倣して、接着が難しい材料にも使える超分子接着剤など、バイオミメティクスの分野でもさまざまな開発に挑んできた。

「ホヤは生物学では貝でも魚でもなく脊椎動物の一種として分類されるのですが、実はセルロースを産出する唯一の動物です。ホヤ殻に含まれるセルロースを抽出することで、良質のセルロースナノファイバー(以下、CNF)が得られます。このCNFは結晶化度が高く、木材由来のものより2倍の強度を持つ良質なものです。以前より地元メーカーとジーンズに用いるなど活用方法が検討されていました。良質なCNFは燃焼、炭化させるととても導電性が良くなる性質があり、触媒に使えるのではないかと思いました」

ホヤを食用部と殻に分け、殻を発酵・アルカリ分解しタンパク質を除去。残ったパルプから不純物を取り除けばCNFを採取することができる

資料提供:東北大学材料科学高等研究所

ホヤ殻由来と木質のCNFを900℃で燃焼し比較。「木質のCNFは水と二酸化炭素に分解され何も残りませんが、ホヤ殻由来のCNFは炭が残り、つまり炭素を生じさせやすいことが証明されました」(藪教授)

資料提供:東北大学材料科学高等研究所

もう一つの材料、ヘム鉄は動物の血液や筋肉に含まれている。そこで藪教授は、ヘム鉄を含む血液とCNFを焼成させ「血炭」を生成した。古来、日本では狩猟した獣を焼き、炭化した血や骨、肉(獣炭)を生活に活用していた。中でも血炭は、醸成が進むと黄みがかる酒を無色透明にするために用いられていた。

「幸いにも、動物の血液は畜産業の廃棄血液が確保でき、2つの廃棄物からレアメタルに代わる、サステナブルな触媒を生み出す道筋が立てられたわけです」

藪教授と東北大は、北海道大学、宮城大学との共同研究で、ホヤ殻から生成したCNFと廃棄血液を乾燥させた血粉を混合・焼成し、新たな触媒「ナノ血炭」開発に成功する。

後編では、バイオミメティクスで開発された「ナノ血炭」実用化への課題、藪教授のこれだけにとどまらない研究を通して次世代エネルギーデバイスを巡る展望などを伺っていく。



<2024年1月31日(水)配信の【後編】に続く>
新たな触媒の普及への課題、さらなる電池研究や今後のビジョンに迫る

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

Twitterでフォローしよう

この記事をシェア

  • Facebook
  • Twitter
  • はてぶ!
  • LINE
  1. TOP
  2. トップランナー
  3. 次世代エネルギーデバイスのレアメタル依存を“海の珍味”活用で脱却?