2024.4.18
目のピント調節を自動でサポート。“未来のアイウェア”が世界で称賛される理由
ViXion株式会社代表取締役 CEO 南部誠一郎
スマートフォンやパソコンの画面を通して強い光を浴びていると、目が疲れて見えにくくなってしまうことがある。その眼精疲労は近視や老眼につながる可能性もあり、人生を左右する大きな問題に発展するかもしれない。この現代人特有の課題を技術で解消するために生まれたのが、目のピント調節機能をサポートするアイウェア「ViXion01(ヴィクシオンゼロワン)」だ。斬新な製品が生まれた背景をViXion株式会社代表取締役 CEOの南部誠一郎氏に聞いた。
技術で「見え方の能力拡張」に挑む
年齢を重ねれば誰にでも起こり得る老眼。加齢や疲労の影響で目のピント調節を担う水晶体の働きが弱まり、近くのものが見えづらくなる症状だ。予防策は「目を酷使しないこと」だと分かっていても、仕事でも日常生活でもスマートフォンやパソコンが手放せない現代人にはそれが難しかったりする。
目の問題は生活の質に直結する。視界がぼやけると仕事の効率が下がり、ストレスにもつながる。その深刻な問題と真摯に向き合い、独自の技術で誰も見たことがないようなアイウェアを生み出したのがViXion株式会社だ。
同社が開発した「ViXion01」は、目のピント調節をサポートするオートフォーカス機能を備えている。見ている対象物をセンサーで測定して、その距離に応じてレンズの形状を瞬時に変化させることで、近くでも遠くでも自在にピントを合わせることが可能。近距離で模型を組み立てたり、小さな文字を読み続けても目が疲れにくくなると期待される。
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オートフォーカスアイウェア「ViXion01」。重量は55g。連続使用時間は最大約10時間。充電時間は約3時間。IPX3の防滴性能を備える
近未来的なデザインのインパクトに負けない革新的な機能が評価され、2024年1月にラスベガスで開催された家電見本市「CES2024」では複数の賞を受賞。「見え方の能力拡張」を実現するプロダクトとして世界中から期待されている。
ViXionは眼鏡レンズなどを手掛けるHOYA株式会社からスピンアウトで2021年に発足したスタートアップだ。脚光を浴びている現在の状況からは想像しにくいが、創業当初は技術の事業化に苦戦して経営難に直面したこともあるという。
10億人が失明リスクにさらされる時代に
「包み隠さずお伝えすると、当時は会社がつぶれかけていました」
ViXion代表取締役 CEOの南部誠一郎氏は、元々眼鏡を取り扱うビジネスをしていたわけでもエンジニアでもなく、経営コンサルタントとして事業戦略策定や新規事業プランニングを手がけてきた。創業メンバーであり社外取締役の藤野英人氏(レオス・キャピタルワークス株式会社 代表取締役会長兼社長)に声を掛けられ、2022年に同社に参画する。
「その頃の私たちは『HOYA MW10 HiKARI』という製品を作っていました。暗い場所で目が見えにくくなる網膜色素変性症など重度の弱視障害を抱える方々に向けて、わずかな光を増幅させて明るい視界を提供するデバイスです。非常に意義深い福祉機器であり、HOYAから受け継いだ優れた機能を備えている製品なのですが、網膜色素変性症は難病に指定されていることもあり、患者さんが膨大にいるわけではありません。その数が増えてほしくはありませんが、大量生産が難しい製品であり、どうしてもコストが上がってしまって。企業としての唯一の事業をスケールさせることができていない状況でした」
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ViXion株式会社代表取締役 CEOの南部誠一郎氏
具体的な成長計画を示すことができなければ投資家から資金調達ができず、経営が成り立たなくなってしまう。南部氏は独自の技術を応用する可能性を探ることから始め、議論を重ねるうちに重要な社会課題に気付く。
「ある推計では、2050年に世界の人口は100億人に達し、その半数に当たる50億人が近視になり、さらに10億人が失明リスクにさらされると伝えています。スマートフォンが普及したことや、平均寿命が伸びたことで近視になる人が急増していることが、世界の共通認識になっています。これは深刻な事態です。そこで我々は、多くの視覚障害の一歩目である近視を防ぐことができれば、重い視覚障害を患う人を減らせるのではないかと考えました。そのように発想を広げてディスカッションを続けたことがViXion01の企画につながりました。
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ViXion01は最初に対象物から約1mの距離でピント合わせを片目ずつ行い、その後は前面中央に埋め込まれたセンサーが自動でレンズの視度を変化させる。簡単な操作でパーソナライズできることが魅力
現時点でViXion01は医療機器ではなく、具体的な視覚障害の予防効果や視力の改善効果はうたっていない。それを踏まえても、生まれつき視力が良い筆者ですら、実機を初体験して「これはラクだな」と感銘を受けた。被写体に対して自動でピントを合わせてくれるため、近くを見るときいちいち目を凝らして筋肉を緊張させる必要がなくなるからだと考えられる。長時間使えば、近視の要因の一つである眼精疲労が軽減されるのは想像しやすい。
このオートフォーカス機能は元々ViXionが持っていた技術を応用したものではなく、コンセプトを設定した上で新たに開発したものだという。
「当社は技術ありきの事業開発ではなく、『困っている方々をサポートするためには何が必要なのか?』という考え方を重視しています。元々夜盲症の方々に向けて製品を開発していたので、プロトタイプを試してもらうべく特別支援学校に訪れることが多かったのですが、その場にはさまざまなトラブルを抱えている生徒さんが存在します。例えば、弱視の方々は黒板を見るときに単眼鏡(小型望遠鏡)をのぞき込まないと文字が読めず、手元の教科書を見るときには拡大鏡が必要です。見るための作業が大変で、なかなか勉強がはかどらない……。その状況を目の当たりにしたことで、イチから技術開発をして、近い所も遠い所もよく見える製品を作る意義を強く感じることができました」
ユーザーの利便性を追求したデザイン
ViXion01の開発を主導したのは、HOYA出身であり現在はR&D部門の責任者である内海俊晴取締役。2015年からロービジョンに対応するウエアラブル機器の研究開発に携わってきた経験を生かし、わずか1週間でプロトタイプを完成させたという。
「アイデアが思い浮かんだ瞬間に秋葉原に行って部品を買い集め、実際に組み込んでみたら動くものが実質5日で作れたそうです。予想していなかったスピードで製品化できる手応えが得られたので、私もただただ驚くばかりでしたね。開発を本格的にスタートさせてから1年半から2年ほどかかりましたが、何とか今の完成形にたどり着いて発売することができました」
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眼鏡と同じように装着して使えるViXion01。販売価格は9万9000円(税込)。同社の公式サイトで購入を受け付けており、2024年3月15日よりビックカメラの一部店舗でもデモ体験・販売がスタートした
画像提供:ViXion株式会社
ViXion01のように「オートフォーカスでピントを合わせるアイウェア」は、実は数十年前から多くの技術者が開発にトライしていたテーマだった。
「40年前の先行研究もあって、当時からViXion01の技術に通じる理屈が考えられていたそうです。ただ、今のようなモバイルバッテリーが存在していなかったこともあり、有線でセンサーを動かす必要があったためアイウェアとして製品化することが難しかったとか。近年も海外の大学や研究機関が製品開発に挑戦した事例があるのですが、サイズが非常に大きくなってしまう課題を突破できずにいました。ViXion01も便利な技術と引き換えに他の不便が生まれることは避けたいと考えていました。なぜなら、多くの日常生活で使っていただくことを目指していたので」
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「技術が使いやすさの邪魔をする製品にしたくなかった」と語る南部氏
デザインは世界的デザインファーム「nendo」の佐藤オオキ氏が手掛けた。有機的なフォルム、安全性を考慮したディテールの丸み、最小限に抑えられた操作ボタンの数など、ユーザーの使いやすさとスタイリッシュなデザインを見事に融合させている。
「一般的な眼鏡と比べるとレンズが小さいため、そのまま装着するとどうしても異質な印象になってしまいます。そこで、目を保護する役割も兼ねたアウターレンズを加えることで近未来的なデザインに仕上げています。電子基板の配列を工夫して本体を軽量化させることにも苦労しましたが、nendoさんのおかげでバランスの良い製品に仕上がったと思っています」
ようやく全貌が見えたViXion01のポテンシャルを探るためにも、まだ開発途中だった2023年6月にクラウドファンディングプロジェクトをスタート。短期間で驚異的な成功を収めることになる。後編では、未完成の製品が脚光を浴びた理由や今後の課題について深掘りしていく。
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text:浅原聡 photo:野口弾