2024.4.19
クラファンで4億円超えを達成。視覚を拡張する「ViXion01」の可能性
ViXion株式会社代表取締役 CEO 南部誠一郎
見ているものの距離に応じてレンズの形状を変化させ、目のピント調節機能をサポートするアイウェア「ViXion01(ヴィクシオンゼロワン)」。近視や老眼の負担を軽減することが期待できる画期的な技術で注目を集め、2023年6月にスタートしたクラウドファンディングでは約3カ月で4億円を超える支援金額を集めることに成功した。現時点で「伸びしろが大きい」と自負する理由や今後の開発の課題とは? ViXion株式会社代表取締役 CEOの南部誠一郎氏に聞いた。
困っている人の手に最速で届ける道を模索
ViXion01は、目の酷使や加齢に伴う見え方の課題解決をサポートするアイウェア。見る距離に応じてレンズの形状が瞬時に変化し、近くでも遠くでもスムーズなピント調節体験を提供する。
弱視の方だけでなく、近視と老眼を両方持つ高齢者にとっては“魔法のアイウェア”のように感じるはず。簡単な操作でパーソナライズできるため、眼鏡店に行って検査をしなくてもネットで購入してすぐに使えることもポイント。実家で新聞やスマートフォンの小さな字とにらめっこしている親にプレゼントしたら感激してくれるかもしれない。
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オートフォーカスアイウェア「ViXion01」。レンズの形状を見ているものの距離に応じて変化させることで、近くでも遠くでも自在にピントを合わせることが可能
今年1月には、ラスベガスで開催された世界最大級のテックイベント「CES2024」において、優れた技術や革新的なデザインが評価されて「Omdia Innovation Awards 2024」と「Phandroid – Best of CES 2024」という2つの賞を受賞した。名実共に世界中から注目されている製品だが、まだ課題もある。
ViXion代表取締役 CEOの南部誠一郎氏が今後の改善点を語ってくれた。
「現時点ではレンズ径が小さいため、どうしても見える範囲が限られてしまいます。それでも長時間の細かな作業を快適な視界で行っていただける自信はありますが、日常の幅広いシーンで使っていただくためにはもう少しレンズを大きくして有効視野を広げたいと思っています。また、デザインのバリエーションも増やしたいところ。今は普通の眼鏡とは用途が異なることを視覚的にも分かりやすくするため近未来的なデザインにしていますが、色合いも含めてもう少しナチュラルなバージョンを作ることも検討しています」
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ViXion株式会社代表取締役 CEOの南部誠一郎氏
開発途上の商品を提示することで市場からフィードバックを受け、ハイスピードで商品を改善していくのがスタートアップの戦い方。ViXion01も、少しでも早く近視や老眼で困っている人に試してもらう道を選んだ。
2023年6月にクラウドファンディングプロジェクトを立ち上げたのも、開発の過程で浮上した課題を包み隠さず明かす文化があり、その上でコンセプトに共感してくれる支援者を集めやすかったからだ。
「日本のユーザーの方々は目が肥えているので、『売り場に並んでいる商品は完成度が高い』という認識を持っていると思います。ViXion01のようなデザインの商品が置いてあったら期待値が過剰に膨らんでしまい、視野が限定されるという現時点の課題が大きなイメージダウンにつながる可能性も。それならば、クラウドファンディングを活用して最初から現状を包み隠さず伝えていこうと思いました。プラットフォームに『Kibidango』さんを選んだのは、テック系のギークなプロジェクトが受け入れられる土壌があったからです」
“医療機器”ではなく“ガジェット”である理由
実際にViXion01の製造資金集めを目的とするクラウドファンディングが始まると、開始15分で目標金額の500万円をクリア。同時期に東京・世田谷区の「蔦屋家電+」で体験会を開催したことも話題となり、支援者は右肩上がりに増え続けた。最終的に約3カ月で支援金額が4億円を超える大成功を収める。
「体験会は困っている方々の生の声が拾える貴重な機会なので、期間中はほぼ毎日、蔦屋家電+さんに通っていました。店舗のスタッフさんからは『あの社長、また来たよ』と思われていたかもしれません(笑)。体験会には弱視のお子さんも訪れてくださって、『すごくよく見える!』と満面の笑みではしゃいでいたそうです。そのエピソードを聞いて、チーム全員の士気が上がりましたね。見え方に課題のある人の役に立てるのであれば、たとえ製品が開発途上であっても世の中に出すことに大きな意義を感じました」
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最初にピントの調整を設定するだけで、それ以降は自動で対象物にピントを合わせてくれる。目の状態に合わせた再調整やカスタマイズも可能
画像提供:ViXion株式会社
前述のCES2024に出展することができたのも、クラウドファンディングの成功で注目を集めたことがきっかけとなった。メディアからも投資家からも問い合わせが急増して、創業当初の苦境とは真逆の好循環が回り始めた。
ちなみにViXion01は将来的に医療機器として登録することを目指しているが、現時点ではそこに大きなメリットはないと考えている。
「オートフォーカスでピントの調整をすることで眼精疲労が抑制できて、それによって視力の低下を防げることを医学的なエビデンスで証明できれば、医療機器として効果を謳えるようになります。しかし、医療機器の眼鏡は薬機法で広告表現が厳しく規制されており、そこが駆け出しの商品であるViXion01にとっては悩ましい問題です。それならば、眼鏡として登録して宣伝の機会を狭めてしまうよりも、ガジェットとして売り出した方が今は可能性が広がると考えました」
医療機器として登録すれば、眼鏡として対応する度数の領域を明示することができる。また、製品の信頼性が高まることも大きなメリットだ。
「今は近視の抑制ができる眼鏡が存在しても、保険適用の自己負担で購入することができません。しかし、視力が低下する人が増えていることもあり、今後は近視や眼精疲労の抑制を目的とした点眼薬などが保険適用になりそうな気運が生まれている。そうなった場合、ViXion01は特殊な部品を使っているためなかなかコスト削減が難しいのですが、医療機器として登録すれば現時点で約10万円の製品を3万円台で購入していただけるかもしれません。そんな未来を見据えつつ、まずは真摯に機能のアップデートに取り組んでいきたいですね」
伝統工芸の職人が“若返り”を実感
既に超高齢社会が訪れている日本だが、今後、体は元気でも視力の衰えで仕事を諦める人が増えていくかもしれない。そこにViXion01のようなクリアな視界を提供するガジェットがあれば、現役生活が伸びる可能性がある。
「例えば伝統工芸は細かい作業を伴いますが、職人の方々は技術が衰えることはなくても、視力が衰えてパフォーマンスが下がってしまい、仕事を続けられなくなってしまうケースが多いようです。後継者を育成するのに20~30年は必要な世界ですし、代表が引退すると、そこで一つの伝統工芸の歴史が途絶えてしまうことも。それを防ぐために、ある市役所の方が当社を訪ねてこられて、職人さんを守ることを目的にViXion01の導入を検討してくださっています」
実際に木彫りの仏や印鑑を手掛ける彫師や人形の職人が試してみたところ、「髪の毛よりも細い木くずが見えるようになった」という声が届いているという。若返った感覚を得ることができれば、仕事のモチベーションも上がるはず。そして伝統工芸の職人だけでなく、あらゆる業界でベテランの目をサポートすることができれば、今後も日本は生産性を高くキープできるかもしれない。
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ViXion01の連続使用時間は最大約10時間。バッテリーの残量は本体上部にある表示枠の色の変化で知らせる
「昨今は深刻な災害がいろんな場所で起きていますが、緊急事態に眼鏡やコンタクトレンズを携帯せずに避難するケースもありますよね。そんなとき、パーソナライズが簡単でシェアもできるViXion01が避難拠点に置いてあれば、被災者の方々のお困り事が一つ減るかもしれません。お役に立てそうなシーンが多いからこそ、今後も大量生産する仕組みを探していきたいところです」
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「テクノロジーで人生の選択肢を拡げることが当社の使命です」と語る南部氏
創業以来、独自の技術で「見えにくい人」をサポートする製品を手掛けてきたViXion。いずれたどり着きたい大きな目標は「見えない人」にも光を届けることだ。
「コウモリは超音波を駆使することで暗闇でも自由に飛び回ることができますが、その理論で全盲の方々に向けた何かができるのではないか……と、R&D部門の責任者である内海(俊晴)は考えているようです。非現実的な話に思えますが、世界には全盲ながら舌を鳴らして音の反響を拾い、目の前の状況を把握することができる方もいるとか。そんな話を聞くと、製品開発を諦めるのはもったいないと思ってしまいますよね」
1週間でViXion01のプロトタイプを作った開発部長なら、また急に画期的なガジェットを生み出すかもしれない。そして、エンジニアに負けない情熱で事業化に奔走する南部氏の姿が目に浮かぶ。今後の朗報に期待したい。
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text:浅原聡 photo:野口弾