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耕作放棄地を陸上養殖に活用!“畑育ちのエビ”が生まれた理由

株式会社Seaside Consulting代表取締役 平野彩【前編】

陸上に設置した巨大な水槽で水産物を養殖する「陸上養殖」にいち早く目を付け、耕作放棄地を利用してエビ養殖に挑戦してきた株式会社Seaside Consulting(シーサイドコンサルティング)。異常気象など外的な要因の影響を受けにくい陸上養殖は、水産物を安定して調達する手段として注目されており、海や湖で行う一般的な養殖と比べ環境負荷も少ない。“畑育ちのエビ”というユニークなアイデアが、現代社会の幅広い課題を解決に導く可能性を秘めている。同社代表取締役の平野彩氏に、事業の実態や信念を聞いた。

エビの国内食料自給率と海外の養殖環境に問題意識を抱く

車で都内から東京湾アクアラインを通り、千葉県に入ってから約30分。山と田んぼに囲まれた鋸南町(きょなんまち)を舞台に、Seaside Consultingは農業用ビニールハウスの中に設置した大型の水槽で、2021年8月よりバナメイエビの陸上養殖に挑戦している。その品質の高さが評価されており、人気すしチェーンの「がってん寿司」 をはじめ、都内の人気洋食店や高級日本料理店へ卸している。

ビニールハウスの広さは約500m2。内部の縦32m、横5mの区画を養殖槽に作り替えて使用している

バナメイエビはクルマエビやブラックタイガーと同じクルマエビ科で、国内で最も流通量の多いエビと言われている。本来は海で育つ生き物だが、わざわざ畑で育てている理由をひもとくと、あらゆる社会課題に関連する深い事情が見えてくる。Seaside Consulting代表の平野彩氏に創業のきっかけを聞いた。

「これだけ親しまれている食材なのに、日本におけるエビの食料自給率は重量ベースで約5%、それ以外の約95%は冷凍輸入エビです。そして現在、世界で消費されているエビの大部分がアジアで生産されており、世界のマングローブ林の消失の原因の約38%がエビ養殖場開発に起因すると言われています。これは見過ごせない問題だと思いました」

Seaside Consulting代表取締役の平野氏。取材当日はバナメイエビが出荷されたばかりのタイミングで養殖水槽の清掃が行われていた

同社では養殖水槽に水質改善剤などを投入しない。そうして育てられたバナメイエビは透明に近い体色が特徴で、「Bianca(ビアンカ)」という名称で販売している

画像提供:株式会社Seaside Consulting

バナメイエビを養殖するために、世界ではマングローブ林を伐採してから海水を引き入れ、稚エビを放った後に莫大な量のエサを投入する。そこで限界まで養殖したら、また次の養殖場を開発する流れが当たり前になっているという。

「清掃して造り替えるより、廃棄して新しい養殖場を造った方が手っ取り早く、コストも安いんです。その結果、さまざまな生き物の生息場となっているマングローブ林がどんどん伐採されていく。エビ消費量の多い日本は、それだけ環境破壊に加担していると考えることもできます。一方、日本の漁業生産量は1984年頃をピークに減少しており、現在はピーク時の3分の1にまで落ち込んでいます。漁業従事者の高齢化も進んでおり、このままだと産業として衰退していく一方です。この事実に危機感を抱き、私は夫と一緒に2017年3月にエビの養殖を目的としたSeaside Consultingを設立しました」

耕作放棄地を挑戦の舞台に選んだワケ

元々、平野氏は大手通信会社に勤め、退社後に環境改善商材の販売を目的とした会社を経営していた。その事業を通して水質浄化の技術を持つ日本企業やエビ養殖の環境改善を目指していた中国科学院海洋研究所に出合い、前述のような世界のエビ養殖を取り巻く社会課題について知見を深めていった。

ただ、夫婦ともに第一次産業は未経験。2017年にSeaside Consultingを立ち上げた当初は、「耕作放棄地を利用した陸上養殖」という方針が決まっていたわけではなかった。

「起業した当時のエビの輸入量は年間23万tを超えており、日本は一人当たりの年間エビ消費量が約2kgでした。ニーズがあることは分かっていましたが、養殖スタイルは慎重に検討していました。陸上養殖に目を付けたのは、社会課題の改善に貢献したいという我々の理念にマッチしていると思ったからです」

学生時代から環境問題をはじめとする社会課題に関心を持っていた平野氏。「耕作放棄地を活用したエビの陸上養殖は誰もやっていないからこそ、自分が挑戦しなければならないと思いました」と語る

耕作放棄地とは、「過去1年以上にわたり農作物を栽培せず、再び耕作する意思のない土地」と定義されている。日本では農家の平均年齢上昇に伴い耕作放棄地も増え続けており、その面積は農林水産省の調査(2015年)によると全国合計で42万haに及ぶ。ほぼ滋賀県と同等の広さだ。

「農地は一度耕作をやめて数年たつと、害虫の発生や雑草の繁茂など地域全体に悪影響を及ぼします。その深刻な状況を伝えるニュースに触れる中で、我々は耕作放棄地を農業と同じ第一次産業であるエビの陸上養殖で活用するプランを考えました。使われていなかった土地を活用することで国内食料自給率の向上に貢献できるだけでなく、沖合や海岸で行う養殖に比べて陸上養殖は身体上の負荷や危険が少ないことも特徴なので、高齢者や女性でも就労できます」

ハウス内で行う陸上養殖は天候など自然環境の影響を受けにくく、露地での養殖に比べて安定した収穫を見込めることもメリットの一つだ。また、Seaside Consultingがウリとしている、養殖用の海水をできる限り排水せずにリサイクルする「閉鎖式循環方式」を採用すれば、環境負荷を限りなくゼロに近づけることもできる。

「一石二鳥どころか、三鳥も四鳥も見込めるスタイルなのです。ただ、実際にプロジェクトを始めてみたら、大きな壁に直面しました」

「農地転用」の高いハードルに直面

農地を持っていなかった平野夫妻は、全国各地の自治体に耕作放棄地の紹介を依頼することから始めることになった。

「数十の自治体に電話を掛けましたが、なかなか良い反応をもらえませんでしたね。作付けしていない農地があっても、先祖代々受け継いできた大事な土地を、野菜ではなくエビ養殖を計画している外の人間に貸したいとは思わないですよ。その中で、最も興味を示してくださったのが鋸南町だったんです」

2018年9月に鋸南町と交渉を開始してからは、地元の農業委員会や地主の理解を得るために繰り返し会話を重ね、農地転用の許可手続きを進め、2019年6月にようやく農地を借りることができた。

「幸運だったのは、鋸南町の地域振興課が非常に協力的だったことです。新しい産業を生み出すことに強い意欲を持った方がいて、我々と地主さんの間に入ってコミュニケーションをサポートしてくれました。彼らのようなスーパー公務員の存在なくして、地方創生は実現しないと感じました」

しかし、その後も試練は続く。2019年9月、千葉県に上陸した台風15号の影響で養殖場の開発が滞ってしまい、畳み掛けるように新型コロナウイルスの混乱が押し寄せる。いくつもの壁を乗り越え、本格的に陸上養殖を始められたのは2021年の8月だった。

「水槽のサイズに合わせて農地に深さ50cmの穴を掘る必要があったのですが、費用を削減するために半分は自分たちで重機を動かして作業しました。水槽に入れる200tの海水も、夫と一緒に海と農地を90往復して運びました。少ない資金で知恵と体を使いながら、なんとか陸上養殖の環境が整ったんです」

養殖槽の囲いとして使用された箱型鋼製枠は土木インフラ事業を行う太陽工業株式会社の製品を利用。また、高い水密性を誇る同社の遮水シートを養殖槽に採用することで、土壌を汚さず農地を活用することができている

画像提供:株式会社Seaside Consulting

最初はタイから20万尾の稚エビを輸入し、2カ月後に稚エビ槽から本水槽へ移設。順調に育って出荷の見通しも立った。当時、農地転用許可(一時転用)を受けたバナメイエビの養殖は全国でも前例がなく、“畑で育ったエビ”はメディアでも取り上げられ注目を集めることになる。

社会課題の改善に貢献するという創業当初の願いに向けて、大きな一歩を踏み出したSeaside Consulting。今後の目標は自社の養殖技術や規模をブラッシュアップさせるだけでなく、これまで培った陸上養殖のノウハウを全国に普及していくことだ。後編では、強い信念を持って事業と向き合う平野氏のビジョンについて掘り下げていく。

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