2025.1.20
遺伝子組み換え技術との違いは?ゲノム編集による品種開発の可能性
グランドグリーン株式会社 代表取締役 丹羽優喜 【後編】
名古屋大学発のスタートアップ企業・グランドグリーン株式会社は、ゲノム編集技術による農作物の品種改良の利用浸透を阻む課題を解決し、多品目の品種開発を推進している。ゲノム編集は、地球温暖化による急激な環境変化に苦しむ農作物の現場だけでなく、あらゆる課題を解消する可能性を秘めている。後編では、代表取締役・丹羽優喜氏に現在どのような研究・開発に取り組んでいるかを詳しく伺った。
ゲノム編集と遺伝子組み換えとの違い
ゲノム編集技術を多彩な作物に適用するためのノウハウを構築しつつあるグランドグリーンの取り組みは業界で大きな期待が寄せられている。しかし、ゲノム編集の利用拡大には、まだまだ課題も多いという。
「技術的な課題は、品種改良の効率の改善です。私たちの手法は細胞の中にある遺伝情報に変化を促して私たちの求める特徴を付与するわけですが、目的によっては理想の変化が起こる確率が低いのが現状です。そのため、この点についてはまだまだ改良の余地はあると考えています」
※【前編の記事】ゲノム編集による品種開発が食糧危機を救う
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「作物の中にはゲノム編集しやすい作物や品種もありますが、多くの作物はゲノム編集効率が低く、それだけ研究室の中での労力がかかってしまいます」(丹羽氏)
画像提供:グランドグリーン株式会社
ゲノム編集技術を利用した品種開発には、技術面の他に社会的な課題もある。それが、遺伝子を扱う技術を利用した作物に対する心理的な抵抗感だ。特に遺伝子組み換え作物に対する否定的な反応がよく話題に上がる。そのため、丹羽氏は「正しい理解が必要」と語る。
「私たちの食卓に上る野菜は全て品種改良されたものです。それらの品種改良された野菜はどのような手法を使ったとしても、遺伝子が変化したものと言えます。そのことを多くの方が意識することなく食べているわけです。ゲノム編集された野菜も一般的に食される状態を社会として経験していかないと、理解は深まっていかないと思っています」
また、遺伝子組み換え技術とゲノム編集技術には違いがあり、丹羽氏は「規制上の線引きもしっかりある」と説明する。
「遺伝子組み換え技術の場合は“外から人為的に遺伝子を導入する”という自然界ではあまり起こらない手法で行われています。これに対してゲノム編集は、ゲノム編集ツールを使ってDNAに傷をつけますが、私たちが活用する方法では傷ついたDNAが変化する過程については細胞に任せており、自然界で発生する変化と同じです。これは規制的にも明確に分けられており、自然界でも起こる変化と同じことしか起こっていないものについては、届出をした上で通常どおり流通に乗せていいということになっています」
あらゆるニーズに応える品種開発に着手
ゲノム編集された作物について社会的な課題は残されているものの、ニーズは高まる一方である。特に近年は、猛暑や干ばつをはじめ、豪雨や病害虫などによる農作物への影響が深刻な問題になっており、農業関係者からはこれらの問題を解決する品種開発が強く求められている。
「従来の手法による品種開発では環境の急激な変化への適応が間に合いません。そのため、栽培する作物そのものを替える農家が増えています。農家は所有する土地を取り巻く気象などを前提条件として作物を作っていますが、その前提条件が変われば、その条件に適した作物にシフトせざるを得ません」
農家が生産する作物を替えると、その土地ならではの野菜や特産品が消える可能性もある。特産品が消えると、その土地の食習慣が変わり、独自の文化にまで影響が及ぶ。
こうした現状を打破するため、グランドグリーンではさまざまな品種開発に着手している。
「現在、ラボ内で10作物ほどのゲノム編集の成功事例を持っていますが、最初に販売するのは、高温下でも糖度が高くなるトマトを予定しています。トマトはこれまで、猛暑が長く続くと高温障害を起こし、糖度不足により味が落ちるケースが多く見られました。本事例はこの課題を解決したものになります」
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グランドグリーンでは名古屋大学との連携によりゲノム編集などの先端技術を研究。暑さに負けない高糖度トマトの開発を進めている
画像提供:グランドグリーン株式会社
この他「特定の病気に強い品種」「乾燥に強い品種」「ミツバチ不足の問題に対応して、受粉を必要としない品種」「高機能成分を増やす作物」などの開発を手掛けている。
その一例が、「スルフォラファン」という抗酸化物質を多く含む品種の開発だ。スルフォラファンはブロッコリーやカリフラワー、ケールなどのアブラナ科の野菜に含まれる辛み成分で、解毒力や抗酸化力を高めると言われている。このように高付加価値を持つ品種の他、植物工場に適したレタスの開発も手掛けている。
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2023年、国内有数の園芸産地である愛知県豊橋市に新たな研究拠点「豊橋第2研究農場」を開設。スルフォラファンを超高含有するアブラナ科野菜の創出・事業化が進行中だ
画像提供:グランドグリーン株式会社
「植物工場には、いかに安定的に高品質なものを高い回転率で栽培していくかという課題があります。例えば、光が強過ぎるなどの要因で生理障害を起こし、葉が茶色に変色してしまうことがあります。そうすると商品価値が落ちるため、葉を確認して悪いものは取り除くという作業が必要になり、そのための人件費も必要になります。現在、このような課題を解決する品種開発に取り組んでいます」
植物工場で栽培される野菜は元々野外で栽培されていた野菜と変わらない。しかし、工場内と屋外では栽培環境が異なるため、野外とは違った課題が生じる。例えば、工場の建設費、電気代や各種焼却設備のランニングコストなどがあるため、栽培効率を高める必要がある。そういった経営課題を解決するためにも、同社の技術に期待が高まっている。
カーボンニュートラルの実現へ向けても貢献
農業従事者の経営課題を解決するための品種開発、消費者のニーズに応える品種開発の他、同社の技術はカーボンニュートラルへの貢献でも期待されている。元々、植物はCO2を吸収して酸素を放出する光合成により、カーボンニュートラルの実現に向けた貢献度は高い。また、バイオマス原料としての需要もある。同社には、このような背景から開発に取り組んでいる事例もある。
「具体的には、共同開発によりジャトロファという作物の改良に取り組んでいます。ジャトロファはトウダイグサ科の低木で、種子に高い密度で油分が含まれていることから、バイオディーゼル燃料の原材料として注目されています。荒れ地・痩せた土地でもよく育ち、乾燥にも強く、水や肥料もあまり必要としないという特徴を持ち、他の作物が育たないような場所でも栽培可能というメリットがあります。さらに食用ではないため、トウモロコシなどの食用と競合しないというメリットもあります」
ジャトロファを巡る事業は、畑作が難しい荒れ地が広がり、貧困層の多い地域に雇用を生むという側面も持っている。雇用を生んだ後は、生産性を上げてより多くの収益を上げる事業に育てていく必要がある。そのため、同社は一つの種からより多くの油が摂取できるよう、品種改良を進めている。
同社は今後、品種改良の効率化をさらに進めるため、ゲノム編集後のプロモーター(遺伝子の発現)量をAIで予測するシステム「Promoter AITM」を開発。その効果を実証し、一定の成果を上げている。
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「Promoter AITM」の概念イメージ。AIにゲノム編集後のプロモーターの活性を事前学習させることで、より効果的なゲノム編集を促進する
資料提供:グランドグリーン株式会社
「当社の技術では改良したい場所をピンポイントで狙うことはできるものの、その後は自然に任せるしかない状況です。その中で、狙い通りの品種改良を行うには、遺伝子の機能を少しだけ強める、あるいは弱めるといった調整も必要です。しかし、その微妙な調整を予測して行うことは難しく、活用事例はほとんどありませんでした。そのため、この調整をAIに学ばせて予測させたところ、予測通りの結果が出てくるようになったので、今後は改良の効率化を図れると思います」
ゲノム編集技術を植物に適用する研究はさまざまな研究機関・企業が取り組んでいる。しかし、研究者は自分にとって研究しやすい品種や系統を選んで実験することが多い。チームとしてこれだけ多品目の作物かつ実用品種に適用している事例は、グランドグリーンの他には見当たらない。
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2024年10月、名古屋大学大学院生命農学研究科と産学協同研究講座(通称:未来作物ラボ)を開講。名大の学術的知見とグランドグリーンの先端技術の融合をさらに推し進める
画像提供:グランドグリーン株式会社
「ゆくゆくは自分の好きな農作物、ブドウやモモにもゲノム編集を生かして、おいしい品種を育てられたらうれしいですね」と丹羽氏は夢を語る。
農業、そして食の未来をより明るいものに──。
その思いでゲノム編集の最前線を進む丹羽氏と、グランドグリーンのこれからに注目したい。
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text:木村 敬(ウィット)