
2025.5.19
水流で振り子を振動させて発電! 新たな水力発電システム「Hydro-VENUS」とは
株式会社ハイドロヴィーナス 代表取締役 上田剛慈 【前編】
化石燃料を必要とせず、天候にも左右されないため、エコな発電技術として期待される「潮流発電」、そして「流水発電」。水資源の豊富な日本において、有益な再生可能エネルギーの一つと考えられるが、大規模な導入は進んでいない。その理由は何か──。潮流発電の課題を解決する技術を開発し、新たな活用方法を提案する岡山大学発のベンチャー企業、株式会社ハイドロヴィーナス代表取締役の上田剛慈氏に話を聞いた。
逆転の発想から生まれた新技術
海に囲まれた日本において、海洋エネルギーは大きなポテンシャルを持つ。また、山地が多く勾配が急なため、日本の川は比較的流れが速い。そのため、水の流れを利用したエネルギー開発に適しているといえそうだが、日本の潮流発電・流水発電はまだ限定的で、実証段階にとどまっている。
ハイドロヴィーナス代表取締役の上田剛慈氏は、潮流発電の現状をこう分析する。
「潮流発電で十分な電力を取得するためには、強い潮流が必要になります。例えば、瀬戸内海の鳴門海峡や来島海峡がポテンシャルの高いエリアといえますが、流れの力が非常に強く、ある意味では津波の条件下で安定した構造物を造るような設置工事の難しさがあります。
さらに、潮流発電機を設置できたとしても、壊れた場合、急な流れの中で修理することは難しく、メンテナンスも容易ではありません。しかも、通常の潮流発電はプロペラ式のものが主流ですが、プロペラの羽根が漂流物やゴミを巻き込むことなどで機能不全になりやすいという課題もあります」
そうした状況を打開する策として、プロペラ式ではなく半円柱形の振り子を振動させて発電し、設置、移動も容易な浮体式の「Hydro-VENUS (Hydrokinetic Vortex Energy Utilization System:流体動学に基づく渦エネルギー活用システム)」を開発した。
「Hydro-VENUSは、釣りに用いるルアーのように水流に身を委ねるだけで発電するため、水流さえあればどこでも係留だけで設置でき、漂流物が絡まる心配もありません。現在はスケールアップして発電量拡大の開発段階ですが、本技術の設計思想で潮流発電における課題の多くは解決できます」
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「Hydro-VENUS」稼働の断面イメージ。揺動によりゴミを振りほどき、絡むことなく発電を持続させられる
資料提供:株式会社ハイドロヴィーナス
Hydro-VENUSのコアテクノロジーは、岡山大学の比江島慎二教授の研究から生まれた。比江島教授は土木工学を専攻し、中でも耐風工学を専門としている。
「比江島教授の研究分野は、強風や急流から構造物を守るための技術開発です。強風や急流には巨大な構造物を揺らすほどの大きなパワーがあり、橋を落下させてしまったような事例もあります。教授の研究はそのような被害をいかに抑えるかがテーマになっていますが、パワーを制御するのは難しいため、強烈な振動を抑えるよりもむしろ活用した方がいいという逆転の発想から生まれたのがHydro-VENUSです」
挫折を経てたどり着いた、産学のつなぎ役としての立ち回り
ハイドロヴィーナスは岡山県の地元企業3社が合同で設立。上田氏はそのうちの一社、株式会社エナジーフロントの代表も兼任している。半導体装置メーカーや東京大学の研究員を経て、2012年に故郷である岡山県に戻り、以前から関心を抱いていた環境・資源・エネルギー分野に携わり、社会課題の解決を目的にエナジーフロントを設立した。
「設立当初、広島県福山市の島(内海町)でみかん畑の放棄地に竹が生い茂り、イノシシが増えて子どもを襲う事件が問題となりました。再生可能エネルギーの普及と地域課題解決を目指して活動したかったことと、地元の要請もあり竹やぶに太陽光パネルを設置する事業に取り組んだのが最初の仕事でした。
しかし、島を離れてしまった地権者が多く、交渉のためにその方々を捜す苦労があり、当時は傾斜地へのパネル設置に協力してくれる事業者探し、資金源探しに難航し事業は挫折してしまいました。そのときに、地元の思い、売電制度の活用など有利な環境でも、自分の強みである企画開発力を中心に置かなければ信用を得たり連携型事業を継続的に発展させることが難しいと実感しました」
その後、エナジーフロントはものづくりの企画を地場産業との連携、産学連携プロジェクトとして推進し実績を積む。その過程で岡山大学の研究者・教授たちとのネットワークが広がり、比江島教授と出会った。
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比江島教授(左)と上田氏
画像提供:株式会社ハイドロヴィーナス
「産学連携の課題として、大学の先生と企業の間における相互理解の不足により、成果が上がらないことがよくあります。大学の先生には研究対象として魅力的なものでなければ学生に研究テーマとして与えにくいですし、企業は自社のリソースに即したテーマで概ね3年以内にマーケットが見えなければ積極的になれません。そのため、両者に提案しつつストーリーを構築できるつなぎ役が必要だと思っています。これは仲介役というよりは双方にとっての参謀的な役割です。
その点、私は大学の研究員としての経験、ベンチャーでも大手企業でも勤務し、国際マーケティングの経験もあり、大学の先生からは同僚、企業の社長からも協業者になれるのでつなぎ役として信頼を得ることができました。岡山大学の先生たちと話す機会が多く、そのご縁で比江島先生の課題感や社会実装への思いをお聞きし、その実現のために地元企業を集めてハイドロヴィーナス社を立ち上げることになりました」
息子の一言をヒントに生まれた、新たなビジョン
ハイドロヴィーナスは当初、比江島教授の「Hydro-VENUSを瀬戸内海で活用できる巨大な潮流発電の技術として育てたい」という夢の実現を目指し、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の新エネルギーベンチャー技術革新事業に応募。同事業に採択され、幸先の良いスタートを切った。
しかし翌年、フェーズBに移るためのステージゲート審査で不採用になり、その結果、上田氏は「倒産の危機を迎えました」と明かす。
「採択1年目は大きな水槽でHydro-VENUSの実証実験を行い、着実にデータを取得しスケールアップさせて漁業関係者との交渉もまとめ、フェーズBで海に設置する前段階まで話が進みました。ところがステージゲート審査のプレゼンで動画を使えなかったことからHydro-VENUSの稼働の様子を見せられず、流体励起振動の原理にあまり理解のない審査員から『動くはずがない』とコメントされ不採用になってしまいました」
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Hydro-VENUSの研究・開発を行った比江島教授
画像提供:株式会社ハイドロヴィーナス
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水槽に設置されたHydro-VENUS
画像提供:株式会社ハイドロヴィーナス
その後、同社は補助金がないまま研究開発を続け、一時は小水力発電の研究も進めたものの売電メリットがあるほど発電しない、水利権などの権利調整に苦労し、許認可のハードルが高いといった理由で事業化には至らず、経済的に行き詰まった結果、2017年ごろから休眠状態に…。
そんな状況を打破するビジョンを思い付いたのが「息子の一言だった」と、上田氏は振り返る。
「研究開発に行き詰まっていた頃、大学でAIを学び始めた息子から『Hydro-VENUSにAIは使えないの?』と言われました。その当時、平成30年7月豪雨(別称・西日本豪雨)で岡山県倉敷市真備町が大きな被害を受けていたのですが、水害を目の当たりにしながらHydro-VENUSを治水DXに活用する案を思い付いたのです。治水には人里離れた小さな川も含めさまざまな河川のデータ取得が重要ですが、国や自治体は必要十分なデータを得られていませんでした。そこで、どこでも設置可能なHydro-VENUSなら貢献できる場所が多いと考えました。
また、通常データ取得は電線や通信線のある場所でなければ難しいのですが、Hydro-VENUS自体が発電しセンシングも行えば、制約なくリアルタイムでデータ取得ができ、データをAIで解析すれば水害を事前に予測できるかもしれないと考えました。要するに、売電のための装置ビジネスではなく通信環境づくり。データを売るビジネスという新しいビジョンを思い付いたのです」
このビジョンを思い付いた上田氏は銀行の投資部門に相談。構想段階の提案への融資は断られてしまった。しかし、その後、救世主との出会いがあった。
「公益財団法人のPwC財団の方に、当社の事業を紹介させていただく機会があり、興味を示して下さりました。その後、同財団の助成の公募に応募し、厳正な審査の結果、私たちの事業が2021年度の『センシング(センサー設置による現場データ計測やリモートセンシングなど)やAI技術などを活用し、地域特有の災害発生モデルを構築することで災害発生のリスクを事前に予測し、人的被害の軽減を目指す活動 』をテーマにした助成事業の案件に採択されました。これがとても大きな支えになりました」
逆境からはい上がり、好転へ──。
Hydro-VENUSで目指す夢の実現へ、上田氏は大きなチャンスをつかんだ。
後編では、新たなビジョンをもとに、どのような実証実験に取り組んでいるか、どのようなニーズが生まれているのかなどについて話を聞く。
<2025年5月20日(火)配信の【後編】に続く>
増水リスク予測から流量、農業用水のスマート管理まで。社会実装へ向けた取り組みに迫る
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text:木村 敬(ウィット) edit:大場 徹(サンクレイオ翼)