
2025.5.20
エネルギーも河川データも得られる。「Hydro-VENUS」が切り開く水マネジメントの可能性
株式会社ハイドロヴィーナス 代表取締役 上田剛慈 【後編】
水流で振り子を振動させ発電する流体動学に基づく渦エネルギー活用システム「Hydro-VENUS」による環境・エネルギー分野での貢献を進める株式会社ハイドロヴィーナス。これまで国内各地の河川、そして海上でシステムの有効活用と性能向上を目指し実証実験を行っている同社は、今後どのようなニーズに応えようとしているのか──。代表取締役の上田剛慈氏に聞いた。
治水DXの社会実装へ向けた実証実験
Hydro-VENUSは大掛かりな設置工事やメンテナンスを行う必要がなく、小さな装置を係留させるだけで発電し水流データを収集。センシングネットワークを構築し、一元管理できる。
上田氏はこのシステムをまず治水DXに生かすことを考えた。
通常、河川のデータで重要視されるのは水位と流速だ。しかし、日本の多くの河川では水位は測れている一方、流速(断面積を掛けて流量とする)のデータ取得ができていない。
「流速計は水車型のハンディタイプが数十万円ほどで販売されていますが、プロペラに漂流物が絡まるため定期的な保守管理が必要です。超音波型流速計もありますが価格は数百万円に跳ね上がります。そのため流速・流量を測定している自治体は少ないのです」
Hydro-VENUSは漂流物が絡む心配もなく安価で常置できる。上田氏は、この強みを生かせるプロジェクトを考え、さまざまな実証実験を行っている。
※【前編の記事】水流で振り子を振動させて発電! 新たな水力発電システム「Hydro-VENUS」とは
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2024年、ハイドロヴィーナスは「J-Startup WEST」選定による中国・四国地方のスタートアップを対象とした「EYアクセラレーター」でイノベーション賞を受賞した
画像提供:株式会社ハイドロヴィーナス
その一例が、鉄砲水への懸念が高い愛媛県西条市で行われた増水リスク予測だ。
「増水リスク予測は、上流と下流の関係を調べることが重要です。その際、下流へ影響を与える山間部河川のデータを取得し、刻一刻と変わる計測データをクラウドに集めてAIで解析する必要がありますが、そういう場所には電線や通信線がない場合が多いのです。そこで、Hydro-VENUSでセンシングネットワークを構築しリアルタイムの情報を取得しました。その結果、西条市の上流は雨が降ると18時間後に増水、下流の増水まで1日以上要することが分かりました。
このような情報は下水のコントロールにも役立ちますが、現状は管理者の勘に頼っており、暗黙知になっています。そのため、より多くのデータを取得しAIで学習、治水DXに役立てたいと考えています」
同社の取り組みは、水害リスクを事前に予測する道を切り開いたといえる。危険地域の自治体は余裕を持った避難勧告が可能になり、夜中に急に避難を呼び掛ける事態を防ぐこともできるだろう。こうした実績からHydro-VENUSは、防災面のニーズも高いと思われるが、上田氏は「希望はあるが時間がかかる」と語る。
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2024年度に取り組んだ実証実験例。愛媛県西条市の増水リスク予測のほか、流量、農業用水のスマート管理を展開。事業スケールに必要なデータを着実に取得・分析している
資料提供:株式会社ハイドロヴィーナス
「リスク予測に予算を投じ災害に備える自治体は、まだ多くありません。採算性のある事業ではないため行政もなかなか重い腰が上がらない状況です。それに対して最近は農業用水管理などの分野で高いニーズを感じています。稲作の時期は決まった時期に定量の農業用水が必要になり、管理者は水門で水量を調整しながら農家へ公平に水を届けなければなりません。そのため、水路状況の見える化や日常のコントロールの労力削減に需要があることが分かってきました」
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2024年、香川県の多目的水路「香川用水」 施設で河川データを用いた AI 予測による水門ナビゲーション検証試験を実施。水害や干ばつにおける水マネジメントの可能性が示された
資料提供:株式会社ハイドロヴィーナス
どこでもエネルギーを作れるHydro-VENUSの強み
Hydro-VENUSには「シンプルな構造で製作コストが低い」「壊れにくく、維持管理が容易」「漂流物を巻き込まない」などのメリットがある。
中でも「どこでも設置できることが大きなメリットになっている」と上田氏は語る。
「水力発電は河川の高低差を作れる場所が限られ大掛かりな工事も必要です。しかしHydro-VENUSは水流さえあれば場所を選ばず工事も必要ありません。また、水力発電の場合は取水量契約で取水可能な水量が決められていて、大雨により水が多量に流れ込み、決められた水量を超えることがあります。そのため、取水口を常時計測し水門整備を進めるビジョンはあるものの、現状では人が片道何時間もかけて山奥に入り、データを収集しています。
これはたいへんな重労働で、冬なら雪をかき分けながら入るような場所もあります。近年はクマの出没が増えているため、月1回のメモリーカードと電池交換のために銃を携帯し入山するケースもあります。Hydro-VENUSを使えば、このような業務負荷を軽減でき、人件費削減にもつなげられます」
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流速0.5m/sの小さな川に設置されたHydro-VENUS
画像提供:株式会社ハイドロヴィーナス
水流のある場所ならどこでもエネルギーを作ることが可能──。水流の弱い場所では十分な発電量を得られない場合もあるが、水位や流速を測り電波を飛ばすだけなら十分賄える。このメリットを生かすため、上田氏は新たな市場開拓を考えている。
「電力の大きさを増しながら潮流発電の分散型電源として、Hydro-VENUSで海上に発電・給電基地を造り、海上・海中ドローンの電源として活用することが考えられます。これまでどこにも例のなかった試みですので新たな活用、新たな市場が考えられ、夢は広がっていくと考えています。
また、日本の電力は現在、大きな発電所から送電線、変電所、配電線、消費者へと順に流れていく中央集権型で管理されていますが、自然災害の激甚化により電力レジリエンスの重要性も高まっています。その意味でも、Hydro-VENUSで分散型電源を各地に造ることは意義があると思っています」
社会実装へ向けた、今後のプロジェクト
同社の技術は現在、さまざまな企業や自治体などの期待を集め、実装を目指し多彩な実証実験が行われている。
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ハイドロヴィーナスが現在、展開を進めるビジネスモデルのイメージ。発電はもちろんだが、データ取得・分析を大きなメリットとして多方面への展開を目指す
資料提供:株式会社ハイドロヴィーナス
Hydro-VENUSのニーズは多彩で、上田氏の元にはさまざまな相談が来るという。今後は「少し探索的な案件数を絞り込み、商品化や量産体制の構築など着実に事業化を進めながら電力も事業もスケールアップしていきたい」と話す。
「Hydro-VENUSも実証実験の内容や設置場所などの条件に合わせて大きさや機能を少し変える必要があるのですが、基本的にプロジェクトは1年単位で納期も決まっているため、中には妥協せざるを得なかった実証実験もあります。農業用水の実証実験などは忙しくなる時期が決まっているため、2024年度は農業用水の管理と別プロジェクトを並行して行うことに苦労しました。現在、2025年度の取り組みは広島県の漁網メーカーと大きなプロジェクトを進めていくことが決まっています。
今後は無理なく、納得のいくプロダクト作りと体制づくりを意識していこうと考えています。そして、少しずつ発電力もスケールアップしていずれは地域固有のローカルグリッドを構築していきたいですね」
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2024年より、海上での潮流発電実験を開始。比江島慎二教授(右/岡山大学)が瀬戸内海での発電を行う。河川から海上へ、Hydro-VENUS活用のスケールアップは着実に進んでいる
画像提供:株式会社ハイドロヴィーナス
発電システムにデータ取得、AI活用のアイデアを組み合わせた発想の転換を図り、多彩な利活用を模索するHydro-VENUS。
今後、どのように進化していくのかを期待しながら見守りたい。
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text:木村 敬(ウィット) edit:大場 徹(サンクレイオ翼)