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パンも、水も、土も電池に! 身近な自然物から電気を集める「超小集電」とは

トライポッド・デザイン株式会社 代表取締役 CEO/一般社団法人オフグリッド・デザインコンソーシアム 代表理事 中川 聰【前編】

太陽光、風力、地熱などさまざまな自然由来のエネルギーを効率的に活用する研究が進む昨今、より身近な自然や暮らしの環境の中から必要な電力を得る技術「超小集電」に着目した人物がいる。この超小集電の実用化を目指すトライポッド・デザイン株式会社の代表取締役CEO・中川 聰(さとし)氏に、超小集電のメカニズムと、送電網(グリッド)に依存せず超小集電で実現するオフグリッドな未来について話を聞いた。

始まりは“スーパーセンシング”研究での気付き

超小集電は、いわば身の回りの自然物を介して微小な電気を集める技術を指す。

「微小な電力の発生の原理は、18世紀に研究されたボルタ電池、ガルバニ電池といった世界最古の化学電池の発想を基に構築されています。現代の『より大きな電力を求める』技術に対して、超小集電は『小さな電力も活用しようとする』発想で、決して目新しいことではありません。私たちが取り組んでいるのは、視座を変えて『この小さな電気で、これからの未来、新しいオフグリッドなライフスタイルを築けるか』という研究です」

そう説明する中川氏は、実はエネルギーとは別の分野のプロフェッショナルである。

元々、工業系エンジニアリングデザインを専門とする中川氏は、1987(昭和62)年よりトライポッド・デザインで福祉用具をはじめとしたユニバーサルデザインの開発理論や評価法の構築に携わってきた。

「1970年代に工業デザインの道を歩みだした際、ヴィクター・パパネックという著名なデザイナーの著書『生きのびるためのデザイン』を読んで、デザインというのは、使い手や社会環境に合わせて“何を、どう使うか”を示すことであると考えるようになりました。以来、モノを使う人間工学的な視点でさまざまなデザインを開発してきました」

東京大学で感性工学分野での特任教授も務めていた中川氏は「人間と機械を結び付けるヒューマン・インターフェースの領域の研究や感性デザイン」に取り組んでいる。

握力の弱い人にも使いやすいボールペン「ハンディ・バーディ」、流線型で利き手を選ばずに多様な握り方を発見できる筆記具「U-WING」(画像)など、トライポッド・デザインはさまざまなユニバーサルデザインのアイテムを開発してきた

画像提供:トライポッド・デザイン株式会社

「例えば、どんなに使いやすいプロダクトを開発しても使い手には『色が好きじゃない』『カタチが受け付けられない』『触れた感じがイヤ』といった“感覚的な価値”も、それらを使い続ける上で大切なデザイン要素です。そうしたデザインシンキングの研究を2008年ごろから東京大学で手掛け、やがて“スーパーセンシング”のデザイン発想に気付きました」

スーパーセンシングとは、センサーと人やモノ、環境の新しい関係性を構築する発想を意味する。中川氏は「いわば“五感の拡張”の研究。これを日本企業のお家芸であるセンサーの技術開発を活用して、展開したい」と話す。

中川氏は出身地の茨城県常陸太田市の山間地にスーパーセンシングの研究拠点を構えている。「感性の拡がり、心を研ぎ澄ます目的で、こうした場所にラボを設置しています」

「元々は障害を持つ人や高齢の方々、そして子供たちも、一般的な大人に比較して異なるインターフェースが求められます。多様な使い手の感覚を、いかに理解し拡張できるか?という研究です」

研究拠点近くの森の中でCO2などのセンシングに取り組もうとした際、改めて「自然界にはセンサーを動かすための電力、そのデータを飛ばすための電力もないことに注目し、土中の微生物を活用した微生物燃料電池の研究」をスタートした。

「当初はバクテリアなどの微生物を用いた燃料電池の技術を、さらに電気の得られない自然環境でも使える技術に応用できればと、海水中での微生物の研究を進める中で気付いたのが、現在の超小集電研究の始まりです」

あらゆる物質を介して電気を得る“超小集電”の可能性

電気は土や水、植物、生物など、自然環境のあらゆる物質の中に存在する。人間の場合、体内を通う微弱な電気が脳の指令を筋肉に伝え、身体を動かすメカニズムを成立させている。

中川氏は、その微小な電気を、自然界のあらゆる物質を介して得る技術を確立させるべく、膨大な種類の物質を対象に集電する試考を2年近く繰り返した。

※肉体を補完するロボットハンドに関する記事:人の脳と機械を結び付ける「筋電義手」技術と人体拡張の可能性

超小集電技術のメカニズムのイメージ。2019年、海水中の微生物の研究を通して、超小集電技術の現象を確認。これを機に中川氏は2種類の集電材を用い、さまざまな物質を介して電気を得る技術を確立

画像提供:トライポッド・デザイン株式会社

「自然界に存在する4000種類以上の物質を電解質に用いて集電できることを検証しました。それらのPoC(Proof of Concept/概念実証)を経て、超小集電は2021年、日本国内で特許を取得し、現在、世界158カ国で特許技術として申請されています」

超小集電の実験。水中に2種類の金属棒(電極)を挿すことで、わずかな電気が得られLEDライトをともすことができる

「自然界に存在するもの、水や土、植物、食物といったあらゆるもので集電実験を行ってきました。中でもパンでLEDライトを点灯する実験は見た目にもインパクトがありよく驚かれます」(中川氏)

トマトやカボチャ、魚の切り身、ワインなど、超小集電技術はありとあらゆる食材からも微小な電気を集め、LEDライトをともしていく

微小な電気は、集電材の負極がさびてなくなるまで集電し続けられ、そのリミットは負極に使用する素材次第で異なる。コストも安価で集電できるという。あらゆるものから電気を得られる、まさに夢の技術である。

しかし、その技術で得られる電気は「超小集電」の名が指し示す通り、非常に微弱だ。

「微弱な電気を大量に集めて巨大産業に用いることは、それだけ大きな施設も必要となり現実的ではないと思います。この超小集電が最適に支援出来る対象や使い手の利用方法を見いだしたいと考えています。

何よりも、私はもとよりデザインに携わってきましたので、この技術を “新たなエネルギーライフ”をデザインすることと捉えて、電力資源の得にくいオフグリッドな環境などを対象とした新たなライフスタイルデザインとして普及したいとも思っています」

微小な電気を活用したオフグリッドなライフスタイルデザイン

トライポッド・デザインでは、工業成長における高密度、高エネルギー重視の視点とは異なる、身近な領域でのオフグリッドな活用を見据え超小集電の技術向上に努めている。

超小集電技術の主な価値と特性。従来の再生可能エネルギー由来の電力とは異なるアプローチで利用者に、自然環境に寄り添ったエネルギーデザインの提案が可能になる

画像提供:トライポッド・デザイン株式会社

「環境への負荷が低いのはもちろん、集電材を持続的に使用することでコストが抑えられ、総電力量で社会に貢献できる他、複雑な化学反応も伴わないので集電装置の加熱や爆発の危険性がないこともメリットです」

同社ではこれまでにLEDライトやセンサーなど省電力で活用できる技術に注目し、照明や集電装置を開発してきた。最近ではそうした5年間の技術研究を基盤に、集電装置や電極材などの技術向上に成功。基盤となる集電装置の集電性能は2020年時点の0.00012Wの集電装置の能力も、2025年時点で0.2Wまで引き上げることに成功した。

中川氏のラボ「KU-AN 空庵」に設置された無数の集電装置。木製の装置の中には土と集電材が組み込まれ、各装置から集められた電気を別の蓄電装置に蓄え使用する

「オフグリッドだからこそ災害時などいざというときの活用、世界の無電地域の暮らしを改善できる製品や技術を提案し、社会課題に焦点を当てた取り組みを進めている最中です。この5年間で蓄電技術やバッテリー開発も軌道に乗り、ようやく超小集電によるライフスタイルのデザインを本格化できる感じです」

後編では、超小集電技術を活用したさらなるプロダクトと、未来のビジョンを掘り下げる。



<2025年11月27日(木)配信の【後編】に続く>
産業廃棄物が電池になる? 超小集電が拓く未来のオフグリッドライフ

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