2018.6.5
あのネイマールにも認められた男の驚愕のドリブル理論とは
ドリブルデザイナー 岡部将和【前編】
4年に1度のサッカーの祭典がロシアで間もなく開幕する。世界中に2億5000万人以上の競技人口がいるといわれるサッカーでは、これまでにさまざまなテクニックや戦術が研究されてきた。その中でも華麗なステップで相手を翻弄(ほんろう)し抜き去る、サッカーの花形ともいえるドリブルに特化した独自理論で、世界を股にかけて活躍する日本人がいる。ドリブルデザイナーという肩書き、そして99%成功するという岡部将和氏のドリブル理論とは?
自身の技術を極限まで高める武芸のような方法論
相手ゴールに、より多くのシュートを決めた方が勝ち──。
サッカーの勝敗は単純だが、ドリブルやパスなど足でボールを扱う動作と、手を使えないというルールによってさまざまな技巧や戦術が生み出された奥の深いスポーツだ。その魅力は世界中で多くの人々をとりこにし、プレイヤーとファンが一体となって盛り上がり、時にはその高まったエネルギーがあらぬ方に向かってしまい、ファン同士が激しく衝突するほどだ。
中でもドリブルは個と個の対戦的要素が強く、サッカーならではの醍醐味(だいごみ)といえる。そして、相手を翻弄し抜き去るための多彩なフェイントが考案され、日々進化を遂げている。
岡部氏の理論も、そんなドリブルに特化したテクニックだ。しかし、テクニックというより戦術と表現した方が近いかもしれない。なぜなら、彼の理論においてフェイントは相手を抜き去るための数ある手段の一つであり、本質は全く別のところにあるからだ。
「いろいろなテクニックは使いますが、それで相手がどう動くかはあまり重要ではありません。相手の反応に頼る方法では確実性がないですからね。私の理論は相手が誰であっても“99%の確率で抜ける”ドリブル方法論なのです」
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いわゆるスポーツ選手のイメージとは違う、穏やかで理知的な口調が印象的な岡部氏
岡部氏を一躍有名にしたのは、自身のテクニックを披露するYouTubeだ。
チャンネル登録者数およそ11万人、総動画閲覧数7000万回以上という驚異のコンテンツ。「ドリブルクリニック」と称して地域の選手たちに実戦的なレクチャーを行うほか、「パーソナルドリブルトレーニング」として原口元気選手(ハノーファー)や乾貴士選手(ベティス)などの現役日本代表候補をも指導する。評判が評判を呼び、かのネイマール(パリ・サンジェルマン)やロナウジーニョなど世界の有名選手とのコラボレーションを果たしたことでさらに話題となった。
世界の超有名選手とコラボレーションした動画の数々。その理論には一流選手も舌を巻いた
チームを救うために生まれた技術
独自のドリブル理論が生まれた背景は、岡部氏自身の経験によるところが大きい。幼いころからサッカーに親しみ、横浜マリノス(現・横浜F・マリノス)ジュニアユースに所属するなど類いまれな能力を発揮してきた岡部氏だが、当時はドリブルでなくパス主体のプレースタイルだったという。
「同じチーム内に藤本淳吾(ガンバ大阪)、栗原勇蔵(横浜F・マリノス)といった今も現役Jリーガーとして活躍しているような選手がいたので、彼らにボールを回すパサーとしての役割が主でした。彼らの身体能力の高さは当時からズバ抜けていて、そういう選手にボールを渡した方が勝てることは分かっていましたから」
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選手時代でも体重は50kgほどだったという岡部氏。同氏の理論では、相手を抜くにあたり強靭なフィジカルは必要としない
しかし高校に入り、プレースタイルに転機が訪れる。岡部氏の通う高校はサッカーの強豪校ではなく、普通にプレーするだけでは強いチームには到底かなわなかった。そのため、試合で勝つために自身のドリブルテクニックを磨く必要性が生じたという。ところが、ここで難問が待ち受ける。
「ご覧のとおり、サッカー選手としては体が小さく、線も細かったんです。体格のいいディフェンダーから当たりに来られたら、まず勝てません。おのおのが持つ絶対的なエネルギー(体のエネルギーバランスやそもそものフィジカル)が違いますからね。上のレベルにいけばいくほど、その差は大きくなります。そこで相手選手に体を触れられることなく抜き去れるドリブルテクニックをおのずと求めました。でも、そんな方法論は当時どこにもなかったんです。だから自分自身で構築するしかありませんでした。要は負けず嫌いなんですね」
自分が今何をするべきか、何にエネルギーをかけるべきなのか──。
彼は当時から分かっていた。それは筋トレで体を大きくすることではなく、技術を磨くことだったのだ。
体格差に関係なく、確実に相手を抜き去る技術。
サッカー選手にとってまさに夢のような話だが、実際にその難題に挑み、そして習得したというから驚くばかりだ。社会人となってからは得意のドリブルを生かしてフットサルに転向し、日本フットサルリーグ(Fリーグ)開幕を機に「バルドラール浦安」や「湘南ベルマーレ」で活躍。2010年の引退後、それまで自身が身に付けたドリブル理論をより多くの人に知ってほしいという思いから、「ドリブルデザイナー」としての活動を開始した。
「『ドリブルデザイナー』という名前は自分で決めました。トレーナー、指導者と名乗るのが、おこがましかったので(笑)。一人一人の選手に寄り添い、話し合いながら“ドリブルを作り上げ、デザインする”というイメージからの命名です」
絶好の間合いに入るまでのプロセスを逆算する
いよいよ岡部流ドリブル理論の神髄に迫る。
「ドリブルにおいて相手にボールを取られてしまうケースは、大別すると3パターンしかないんです。まずは【A】未熟さやプレッシャーによる自分自身のミス。次が【B】相手選手に直接ボールを触れられてカットされる場合。最後に【C】ボールと自分の間に体を入れられて奪われる場合です。【A】のミスによるケースは、上のレベルになるとほとんど起こりません。ということは、【B】と【C】のパターンさえ防ぐことができればいいと考えられます。その方法を徹底的に研究した結果、相手選手と自分の間合い、そして角度、つまりは位置関係がすべてだという結論にたどり着きました」
岡部氏が言わんとしているのは、要はこういうことである。
仕掛ける位置が相手から遠すぎると、並んで走られてボールと自分の間に体を入れられてしまい、逆に相手の足がボールに届く位置まで近づくと、ボールをカットされてしまう。その中間となるベストな位置で全エネルギーを集中し、追い抜きを仕掛けるのが極意というわけだ。相手との間合いを読み、足を伸ばしても絶対に届かない場所にボール位置をキープし、縦に抜き去るのが岡部氏のドリブル理論における第一のセオリーとなる。
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間合いに入る直前で抜き去るアクションを始めると、相手は体を反転させる時間が必要なため、付いて来ることができない。これが「来ると分かっていても抜き去られてしまう」理由だ
「ここで大切なのは、“相手選手の足がどの位置まで届くのか?”ということです。ほとんどの選手はこれを感覚でやっているからミスが出ます。私はディフェンス役の選手に、立っている位置から最大限に足を伸ばせる長さまでを実際にメジャーで計測させてもらい、その距離感=“届かない間合い”を徹底的に体に覚え込ませました。
ちなみに今まで測らせてもらった中で一番リーチが長かったのは、元イタリア代表のマテラッツィ選手で、なんと180cm!つまり彼と対峙(たいじ)するには、180cmに5号球の直径22cmを足した場所が、ベストポジションになります。その位置に入ったことを悟られずに仕掛けることができれば、マテラッツィ選手にも勝てるのです」
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ディフェンダーが最大限に足を伸ばした長さとボールの大きさを足した距離が、相手をほぼ確実に抜き去ることのできる地点だ
この話を聞きながら、思わず「なるほど!」と膝を打ってしまったが、よく考えてみると勝負は1cm〜数mmの世界。正確な距離感を感覚的に分かるようになるまでにはトレーニングに膨大なエネルギーを要するだろう。しかも、レベルの高いディフェンダーほど、そのポジションを簡単には取らせてはくれない。その上、実際のプレーでは静的状態からではなく、動きながら仕掛けるのである。
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中央へのカットインを警戒するディフェンダーに対処するテクニックの解説。この場合は、相手と自分の角度を40度、距離を185cmに仕向けているのがポイント。相手のポジショニングによって、最適な角度と距離は変わってくる
「もちろんベストなポジションを取るためにエネルギーを費やして、いろいろな仕掛けはします。例えば一瞬、内側にパスを出すと見せかけて相手の重心、つまり位置エネルギーを移動させてから縦に抜き去るとか。もしも無理に体を投げ出してくれば、容赦なく逆を突いて楽に抜けたりします。ただ、相手のリアクションには期待しません。リアクションがなければ成立しないドリブルにしてしまうと、反応してくれない場合が考えられ、99%の確率ではなくなってしまうからです」
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間合いだけでなく、抜くときの角度や体の向きも重要となる。相手が体を反転させるタイムラグを利用して一気に抜き去るのだ
すべきことはシンプルだが、そこに至るためにありとあらゆる手段を駆使する。レクチャー動画を見ると、その方法がいかにバリエーションに富み、精密であるかがよく分かる。
例えば、ボールを前に繰り出すアクションで触れる足の位置を親指から小指に変えることで半歩前に出る、フェイントを仕掛ける際のステップを「タンタン」ではなく「タタン」にしてコンマ数秒速くするなどだ。
現役日本代表選手も驚愕する精度の高いドリブル。体の持つエネルギーを最大限かつ効率的に利用するため、手のひらの向きにまで意識するという
勝負は一瞬。その一瞬を細分化し、勝てる位置を取るまでのプロセスを逆算して、最初の一手を決めるのだというその言葉は、もはやスポーツ選手の域を超えている。ちなみに、岡部氏の家系はプロ棋士を輩出したこともあるほどの将棋一家とのこと。ドリブル理論の構築にはそうした土壌が影響しているのかもしれない。
後編では、ドリブルとパスの相関関係や戦術全体の中での生かし方、日本と世界の違いのほか、ロシア大会で日本チームが勝利に近づくポイントについて、引き続き岡部氏に話を聞く。
<2018年6月6日(水)配信の【後編】に続く>
究極のドリブルを生かす戦術、チームに求められることとは?
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text:田端邦彦 photo:大木大輔