2018.6.6
日本サッカーのレベルアップは“個のドリブル技術”向上がカギ!
ドリブルデザイナー 岡部将和【後編】
独自のドリブル理論を構築し、現役日本代表選手をも指導する岡部将和氏は間違いなくサッカーというスポーツにおけるトップランナーの一人。後編では、サッカーの戦術全体におけるパスとドリブルの相関関係や、開催が間近に迫ったロシア大会で日本が勝つために必要なことなど、サッカーをより面白く観戦するための岡部流の視点・ポイントに迫る。
ドリブルは天才だけに許された特権ではない
“天才ドリブラー”や“神業フェイント”といった言葉からも分かるように、ドリブル能力は天性のモノとして語られることも少なくない。一方で岡部氏の理論は、感覚だけに頼らない極めて合理的なものなのだ。
※【前編】の記事はこちら
しかし、世界で活躍するドリブラーの中には頭で考えず、天賦の才と経験だけで驚くべきテクニックを身に付けた選手もいるのではないだろうか──。
「実際、そういった選手も少なくないと思います。ただ、日本と世界では“感覚のレベル”が違い過ぎます。南米出身の選手などは子供のころから生きるか死ぬかの瀬戸際でプレーしてきたような選手も多く、そうした環境が特殊な感覚を育てるわけです。でも、日本でそんな環境を求めるのは無理ですよね。それでも世界で勝つためには、『どうして負けたのか』『なぜボールを取られたのか』ということをしっかり理解しながら次の練習に臨む、など“頭脳で勝負”するしかありません。
これは余談ですが、以前、ブラジル代表のネイマール(パリ・サンジェルマン)と対戦したときに分かったことがあります。それは彼ら一流プレイヤーが実際に目で見ているのは、フィールドの中で起きていることだけではない、ということ。どういったコンテクスト(状況や背景)で試合が設定されているのか、あるいは周囲で試合を見ている関係者の力関係までも含めて、その場に満ちている空気やエネルギー全体を一瞬で読み切ってしまうのです。それは現役選手である自身を守るためのリスクマネージメント。これが厳しい環境で培われた感性かと驚きましたね」
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「一を伝えて十を知ってもらう」ではなく、「誰にでも十まで伝わるように教えるのが本当の指導」と岡部氏は語る
持って生まれた才能や環境の差はもちろんある。だが、その差は“練習量でカバーできる”と彼は言い切る。そして「受け取る側の感性に任せず、子供にも分かる言葉で理論を教えてあげることにこそ、指導者がエネルギーを注ぐべきである」と続けた。才能次第と割り切られるよりも、ずっと夢のある考え方ではないだろうか。
個の能力アップがチーム力を最大限に引き出す理由
“日本にメッシ(バルセロナ)やロナウド(レアル・マドリード)はいない。だからパスサッカーやポゼッションサッカーに徹するべき”というのは、日本代表のようなトップレベルから少年サッカーまでそこかしこでよく聞く話だが、岡部氏はそんな考え方にも異論を唱える。
「ドリブル、パス、シュート、トラップとサッカーには4つの動作がありますが、どれが大切ということはありません。一つの技術が上達すれば、他の動作も必ず生きてくる。パスしかできない状況でのパスと、ドリブルで抜けるけどあえてパスを選択するという状況では、ぜんぜん質が違いますよね。パス回しが巧みでボールの支配率が高いチームは、個人技にも優れている。だからこそ、個のドリブル技術を磨くことに意味があるんです」
個の能力を磨くことが、すなわちチーム力を磨くことでもある、というわけだ。彼の考えるドリブルとは、必ずしも抜き去ることだけが全てではない。相手が突破力を警戒してディフェンスラインを下げる、あるいはマークに付く人数を増やしたら、それだけで目的が一つ完結する。相手のエネルギーを一カ所に集中させることで他が手薄になれば、新たな攻撃のチャンスが生まれるからだ。
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「ドリブラーは相手選手に警戒させた時点で一つの勝利。勝負は試合の前から始まっている」というのが岡部氏の考えだ
チャレンジを歓迎するムードが大事
ドリブルという個のエネルギーを最大限発揮するためには、指導者・チーム全体の理解も不可欠だと岡部氏は続ける。
「たとえ失敗しても、それがチームのためにした行為ならたたえてあげてほしいですね。あのメッシですら、常に成功するわけではありません。過去の試合で彼が何度ドリブルで突破を試みても失敗し、0対0のままアディショナルタイムに突入してしまったことがありました。監督ですらサジを投げてしまう、そんな局面でも彼は果敢に勝負を挑み、試合終了直前に自分で得点を決めました(2014年のブラジル大会1次リーグ、対イラン戦)。これは苦しい場面でもチャレンジした結果です」
ドリブル力とはすなわち人間力。チームの勝敗・命運を握り、プレッシャーがかかる中でプレーしなければならない。日本人選手の多くは少しのリスクがあるだけでボールを後ろに戻しがちだが、それでは攻撃のチャンスは生まれない。常にエネルギーを絶やさず、仕掛けることが大事だと彼は言う。
「次のステージへの進出が懸かっている試合だったり、ビハインドだったりする苦しい状況でこそ、チームの考え方や選手の個性が顕著になって表れます。例えば、強豪チームは退場者が出るなど数的不利な状況でも、決して攻撃の手を緩めない。その方が戦況が有利になると知っているからです。プレーする側だけでなく試合を見る側としても、そうした苦しい場面に注目すると、お国柄や選手の個性がより理解できて、サッカーをもっと楽しめると思いますよ」
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ドリブルはボールを取られるリスクを伴うプレー。だからこそ精度の高い技術が必要だった
日本サッカーが世界で通用するために必要なこととは?
間もなく開幕するロシア大会。ズバリ日本が世界で勝つために必要なことは?
「日本代表のようなレベルの高い選手たちなら、チーム全体が同じ方向を向いているだけで、どんなプレーも正解になると考えています。例えば、『プロフェッショナルクリア』という言葉を聞いたことがあるでしょうか? 現代のサッカーでは相手にボールが渡ってしまう確率の高いクリアをできるだけ避け、可能な限りパスでつなぐことを目指すのが常套手段です。でもあえて悪い流れを断ち切り、改めて高い位置からディフェンスを始めた方が良い状況だってあります。
そんなときに有効な「プロフェッショナルクリア」は、“目前の危険を回避する”以上の意味を与えるクレバーな戦術といえるでしょう。ただし、仲間の選手がその意図を理解していなければ、せっかくの戦術も水の泡になってしまう。つまり意思の疎通が最も大切、ということ。目的に向かってチーム全体が一つになり、意識を共有することさえできれば、良い結果につながると信じています」
選手自身がサッカーを楽しみ、見る者にエネルギーを与えることが彼にとっての最終目標。勝つことはもちろん大切だが、個々がその時々で最良の選択をし、その結果としてチームに勝ちがもたらされる…という考え方が根底にあることが重要。勝利は、彼の理論にとっては手段にすぎないのだ。
最後に、ドリブルデザイナーとして今後の活動について聞いてみた。
「世界の一流プレイヤーにドリブル理論を広めたいという目標はもちろんですが、極端に身体能力の高い選手でこの理論の正しさを実証してみたいという思いがあります。例えば、陸上競技を引退し、サッカーにチャレンジ中のウサイン・ボルト選手のように。もともと高い能力を持った選手が技術を身に付けたら、それこそ完璧ですからね。体格差を克服するために開発した理論ですが、瞬発力や加速力といったエネルギーが高いほど、より高い効果を発揮するのです」
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text:田端邦彦 photo:大木大輔