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渋滞解消の切り札になるか!?日本の道路交通問題を救うAI信号機

慶應義塾大学理工学部管理工学科教授・電気通信大学人工知能先端研究センター特任教授 栗原聡【前編】

近年、加速する人工知能(以下、AI)の研究開発と社会浸透。実は、慢性的な渋滞問題を抱える日本の道路事情を改善すべく、交通システムへの応用も活発化し始めている。そこで、人間とAIが共生する社会を模索する研究者、慶應義塾大学理工学部管理工学科の栗原聡教授に、AIを駆使した次世代高度交通システムの可能性について聞いた。

自動車渋滞の芽を摘むAIの能力

「日本の道路交通システムは複雑な道路網や交通量の増大、過密化により渋滞が慢性化しています。そして、その渋滞によりガソリンの消費量やCO2排出量の増加、また労働の停滞による経済への損害など、集約してみると計り知れないほどのロスを生み出しているのです」

そう話すのは、慶應義塾大学理工学部管理工学科の栗原聡教授。少子高齢化に直面する日本社会が抱えるさまざまな問題を解決し、人とうまく共生できるAIの研究開発を行っている。専門はAIを取り巻く多分野にわたるが、そうした研究を実用化させる場面として、社会基盤の安定を図る交通インフラへの応用を、第一義的な課題として挙げている。

外交や政治、産業、サイバーセキュリティ、労働力補填などAIはあらゆる分野で活躍する時代が来ると見据える栗原教授

「交通量が過密化する都市部では、集中信号機制御という交通システムを採用しています。この制御法では、管理するエリアの交通情報を交通管制センターに集約し、エリア内の制御可能な全ての信号機に関して、渋滞緩和やスムーズな交通流を実現するために、個々の信号機をどのように制御するかを計算し、それに基づいて全信号機を集中的に制御しているのです。ですが、実際には集中化に伴う膨大な情報処理に多くの計算コストを要することから、道路状況の細かな変化に瞬発的に対応しにくいのが難点で、結果的に渋滞が発生してしまい、どうする手立てもないのが現状です」

この頭打ちにある状況を打破するためには、処理性能を高めつつあるAIの能力が有効だと栗原教授は考える。

「今、検討しているのは『自律分散型信号機制御』という方式です。従来のように情報をいちいち中央に集めるのではなく、個々の信号機にAIを搭載し、能動的に判断や信号機同士の連携をさせることで、突発的、局所的に起こる渋滞の芽をいち早く摘むことができるようになります」

交通状況に応じて道路上にある信号機それぞれが考え、明滅するタイミングなどの判断を下す。個々の信号機は、自身の近傍の交通状況のみを対象とするから、“現場”で速やかに処理でき、また信号機同士が連携することで変化に即応できるのは、かなり効率的だと言えよう。

自律分散型信号機制御のイメージ。将来的にはインフラがまだ整っていないアジア圏への展開も構想している

画像協力:栗原聡

構想10年、技術革新で見えたAI連携

栗原教授はそもそも、この信号制御方式を含む複数の自律型人工知能を連携させるマルチエージェントシステムの研究を10年以上続けている。近年の技術革新により、思い描いていた構想の実現への道筋がようやく見えてきたと言う。

「特に大きく貢献しているのはディープラーニング(深層学習:AIの機械学習手法)です。加速する人工知能研究の歴史を見てみると、1997年にチェスの世界王者に勝ち、2010年ごろから将棋でもトッププロ棋士に勝ち始め、2015年にはその実力が人を凌駕したことが明白となり、コンピュータ将棋プロジェクトの終結宣言が出されるほど。そして2017年には、あと10年はかかると言われていた囲碁において、ディープラーニングを用いたAIが世界トップ棋士に勝利しました」

ゲームの難易度を強さとしてAIの進化を表したグラフ。AIの能力が指数関数的な伸びを示している

画像協力:栗原聡

AIの性能は、この20年間で飛躍的に向上し、複雑な交通流に対しても十分に対処できる能力を持つことができているそう。

「さらにIoT技術や無線通信技術の向上も忘れてはなりません。例えば、この自律分散型信号機制御の場合、信号機にAIや道路状況を把握するためのセンサーを組み込むため、デバイスは小型化・省電力化されるべきです。これはまさにIoT技術。また離れた機器同士を連携させるには、電波を飛ばさなければならず、しかも大量のデータを素早く飛ばす必要があります。これまでの100倍の速さで情報交換が行え、同時に多くのものと接続できる次世代通信規格5Gの活用も期待されています」

このように、ディープラーニングによる情報処理の能力アップだけでなく、IoT技術による小型化や普及に伴う低コスト化、また大量のデータや多くのエージェントがつながってもパンクしない無線規格の登場で必要なピースがそろい、ようやく実現への下地が整いつつあるのだ。

しかし課題はまだある。日本の道路交通網に実装するためには、管轄する警察や信号機制御システム開発企業、また交通工学の専門家などと深い連携を取らなければならない。

「実現に向けた連携はなかなか難しいですが、それでも幸運だったのは、そういった分野の方たちにも同じように問題を解決しようと挑戦している人がいらっしゃったことでした。というのも、あるAIの展示会でこの自律分散型信号機制御の話をしたら、警察の方が興味を持って話しかけてくれたんです」

そうして交通システム関係者との接点が一つできると事態は好転。そこから信号機制御システム開発企業など同分野に関わるさまざまな専門家とつながり、2018年中には自律分散型信号機制御のチームを始動できるという。かつてない大プロジェクトに大きな期待を寄せていると、栗原教授は笑顔を見せた。

AI信号機が道路を制御する日

では実際にわれわれの前に“AI信号機”が登場するのはいつごろになるのだろうか。

「日本が世界から注目される2020年。まずはそこでコンセプトを分かりやすく説明するための実験を検討しています。これは一つの案ですが、自律分散型信号機制御を実装したミニチュアの街を作り、VR技術を使って実際にラジコンカーなどで走行テストを行おうと考えています。

現行の信号機ですと、この信号が青だから次の信号も青といったように、運転者はあるパターンに慣れてしまい、惰性で運転しているきらいがあります。もしそのパターンが急に変化してしまうと、悪影響を及ぼして急ブレーキや急加速をして、事故につながる懸念があります。そこでAIが搭載された信号機制御でも、ドライバーが混乱せずに運転できるかどうかなど、入念な検討が必要なのです」

システムが進歩したとしても、利用するのはあくまでも人間だ。人が制御しているのか、AIが制御しているのかは見た目では分からないだろうが、急にシステムが切り替われば混乱をきたすことは想像に難くない。

個人情報保護の壁はあるが、交差点の交通流に加えて、車に搭載されたカーナビや位置データなどを通信するプローブのデータも得られれば、より円滑な交通制御が可能となるそう

技術の進歩だけがニュースになり関心を集めるが、人間が利用する以上、こうした人間の“不出来な側面”を考慮する必要はある。そうした段階を経て、5年後には小規模であっても実際の現場で試したいと栗原教授は意気込む。

「まだ具体的な場所は決まっていませんが、2~3拠点ほどエリアを限定して2023年に実証実験を行うことを目標としています。現行のシステムより20%は渋滞を減らせるのではないかと考えています」

国土交通省が試算する、渋滞を原因とした経済損失は年間約12兆円(出典:2006年、国土交通省「効果的な渋滞対策の推進」)。栗原教授によると損失額が、4~5兆円程度削減できる可能性はあるという。また通勤時間も短縮されるとなれば、自動車通勤者にとって大きなメリットになるだろう。そして、これは都市部だけに言えるものではない。

「車が全く走っていないのに、赤信号で何分も待つことってよくありますよね。そういった信号機は、単独で一定の周期によって表示を切り替える地点制御という方式が採用されています。それも交通量を判断するAIによって制御できれば、ドライバーのちょっとしたイライラも取り除き、事故の減少につながるのではないでしょうか」

幹線道路から街の交差点まで、全国に広がる道路交通網をAIによる制御で、止まることのない血流にしようとする試み。栗原教授からあふれ出るアイデアは、AIの進歩によって、決して夢物語ではなくなってきている。

後編では交通システムだけにとどまらず、さまざまな分野で活用されるAIに対して、私たちが、どのように付き合っていくべきか聞いた。


<2018年8月29日(水)配信の【後編】に続く>
人に愛されるAIのあるべき姿とは?日本がカギとなる人工知能が選ぶべき進路

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