2018.11.8
街ナカにも宇宙への技術は眠っている!JAXAが取り組む“リアル下町ロケット”プロジェクト
JAXA(宇宙航空研究開発機構)宇宙探査イノベーションハブ 研究領域主幹 星野健【後編】
アポロ計画の時代には、途方もない話だった月面や火星面での拠点づくり。しかし今回、大林組とJAXAが共同開発した「月や火星の土を原料にしてブロックを作る技術」のような基盤となる技術を一つ一つ積み上げていけば、決して夢物語ではなくなるはず。前編で紹介した“宇宙探査イノベーションハブ(TansaX)”での新たな取り組みはそうした長期間の研究開発を実現するためのものだ。前回に引き続き、JAXA 宇宙探査イノベーションハブの星野健研究領域主幹に話を聞いた。
ブロックという伝統的な建設資材を選んだ理由
現在、地上での住宅やビルの建設には、要件やコストに応じたさまざまな工法が用いられている。だが、それ以前は切り出した石やレンガなどの定型ブロックを積み上げる方法が主流だった。
今回、JAXAと大林組の共同で開発に成功した「月や火星にも適用可能な基地建設材料の製造方法」においても、出来上がるのはブロックだ。
※【前編】の記事はこちら
「月面や火星面に拠点を作る際には、自動自律制御で動く機械が作業にあたります。そのとき、ロボットに土などの原材料だけを渡して作らせるのは、当面の技術では難しいでしょう。そのため、まずは定型のブロックを積み上げる工法が妥当だと考えました。
ブロックは汎用性が高いため、あらゆる建造物に用いることができます。たとえば、月面では常に小さな隕石が降ってきますが、それらから建物内部や人間を守るための遮蔽物として利用します。より強度を高めたブロックなら、ロケット離着陸場の基礎などにも使えるでしょう」
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月や火星で拠点を築くには、いかにシンプルな方法で、いかに少ない資源とエネルギーで作るかがカギとなる
画像提供:JAXA
「一方で、不定型の建設資材を作る方法も研究しています。
ある企業からは走りながら路面を固め、舗装する機械の開発が共同研究課題として提案されました。現場の土を掘り起こさずにそのままの形で固める方法など、現在、さまざまな手段を模索しているところです」
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一つの手段だけではなく、環境や建造物の要件に合わせた最適な製造方法を探ることが大切という
地球、月、火星は、表土の成分はさほど大きく変わらないらしい。ならば、これまで地上の建設産業において、今回のような技術が生まれなかったのはなぜか?
「単純にコストの問題だと思います。今回の製造方法ではマイクロ波の照射や高圧プレスに少なからずエネルギーを消費しますが、当然、使ったエネルギーはコストに反映されます。
地上の場合、セメントからコンクリートを作って現場に運んだ方が、ずっと安く建てられるでしょう。人類が地上で長年かけて築いてきた、鉱物を採掘し、建築資材を生成、運搬する環境があるからこその方法です。
ただし、今回開発した技術も今後は地上で応用できる可能性が十分にあると思います。例えば、山頂や砂漠の真ん中といった僻地に建物を作る場合。遠方から資材を運ぶよりも現場で作った方が低コストなら、その製造方法が採用されていくはずです」
強度を最適化し、限られたエネルギーを有効に使う
宇宙空間で得られるエネルギー源は今のところ、太陽しか考えられない。
太陽光パネルで発電する方法や熱そのものを利用する方法があるが、いずれにしても開拓当初の段階で得られるエネルギー量には限りがある。
そのため、今回のブロック製造方法においても、いかにしてエネルギーを節約するかが開発のポイントとなった。
※人工衛星を使って宇宙で太陽光発電を行い、その電力を無線で地球に送るJAXAの「宇宙太陽光発電システム」に関する記事はこちら
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月の模擬砂をマイクロ波で焼成し、固化体を作る様子。1100度前後(画像中)では砂粒の表面が融着した焼結物に、それ以上の温度(画像右)では全体が溶けて固まった溶融物となる
画像提供:大林組
「砂にマイクロ波を照射してブロック化する方法は、製造過程の焼成温度によって強度が変わります。1100度程度なら砂の表面だけが溶けて、粒同士がくっついている状態です。それ以上の温度では、砂全体が溶融し、内部に隙間のないコンクリート状の物質になります。
つまり求められる要件に応じて強度を調整することで、製造エネルギーを最小限に抑えることができるのです。幸いにして月の重力は地球の6分の1、火星は3分の1なので、多くの建造物では地上で求められるほどの強度は必要ないだろうと考えています」
地球だけでなく、宇宙空間においても“省エネ”がキーワードになっているというわけだ。
思いもよらぬ分野からの応用
今回の研究では、マイクロ波による焼成とコールドプレス(常温下での圧縮)によるブロック製造方法を採用したが、「実はもっと簡単に砂を固める方法がある」と言いながら、星野氏はある物を見せてくれた。
それは“JAXA”と“TansaX”のロゴがかたどられた成形物で、見た目や質感は砂そのもの。しかし触ってみると、レンガのように硬い。
「これは鳥取県にあるモルタルマジックという会社が、砂丘の砂を固めて作ったものです。この会社では砂や火山灰などの粉体にごく少量のバインダー(結合剤や連結剤)を混ぜて成形したグッズを製造販売しているのですが、実はものすごい技術が使われているんですよ。
土産物店でこれを見つけたとき、この技術を宇宙探査に応用できるんじゃないか、とピンときました。すぐに”JAXAの者ですが、御社の技術力を宇宙開発に生かしていただけませんか?”と連絡しましたが、最初は冗談か何かだと思われたようで全く取り合ってくれませんでした(苦笑)。現在では信頼関係を築くことができ、成形物の強度や耐候性をより高めるための研究を共同で行っています。
砂は現地で調達できますが、バインダーは地球から運ばなければならないので“ごく少量で作る”ことがポイントです。宇宙で使うことを前提に共同研究を進めるうち、”真空中で成形するとより高い強度が得られる”という新たな事実も分かりました」
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モルタルマジックの技術で作られたJAXAの記念品(非売品)。見た目だけでなく手触りも砂そのものだ
地方の土産物店にまで、応用できる技術がないかと目を光らせるアンテナの広げ方は、TansaXならではのエピソードだろう。
知見を提供した会社にもたらされたメリットも、決して小さくないはずだ。
日本の産業界にとっても夢のある話
TansaXでは、宇宙開発に役立ちそうな未発掘の最先端技術に関する情報提供を民間に広く呼び掛け、潜在的な技術革新が期待される分野を対象とした「アイデア型」と、より具体的な課題に向けた「課題解決型」、両面での研究提案を募集している。
「私どもがまだ出合っていない、でも宇宙開発に応用できる高い技術力を持った会社が日本にはたくさんあるはずです。TansaXでの活動を通じて、より多くの民間企業や研究機関と連携を深めていきたいですね」
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「TansaXにゴールはない。宇宙開発の未来に向けた研究開発を永続的に続けていくことが目的」と熱く語る星野氏
宇宙探査に向けた研究開発は日進月歩で進んでいるが、人類が他の惑星や小惑星に居住の拠点を築くのはまだ遠い未来の話だ。その日まで公的財源だけを資金に研究を続けていくことは到底不可能。民間の力を借りながら共に開発を進め、そこで得られたイノベーションを地上での経済活動に還元していく方法は、一つの目標に向けて長期間、研究を続けるための手段でもある。
大企業はもちろん、中小企業や町工場であっても未来の宇宙開発に携わり、同時に自社の技術を発展させるチャンスがあるというのは、何と希望に満ちたストーリーだろう。
リアル「下町ロケット」の世界で生まれた技術が夢のような宇宙開発ニュースを提供してくれる日も近いかもしれない。
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text:田端邦彦 photo:安藤康之