2017.9.5
高圧・高所の危険地帯で作業する電線工事の仕事
株式会社スカイテック 埼玉工事センター副長 昆野学
発電所から一般家庭へ、毎日供給されている電力。その道のりにはさまざまな施設や人が関わっている。その多くの仕事のうちの一つ、電線工事の現場で20年以上にわたり活躍する仕事人の哲学について迫る。
高所作業は慣れていても怖い
山間部などでよく目にする鉄塔。発電所から各地へと電気を送るための電線を張るためのもの。株式会社スカイテックは主にこの鉄塔に電線の設置、張り替え工事を行っている会社だ。
埼玉県久喜市にある同社の工事センター。ここは独身寮も兼ねており、ここから資材や道具を持ち出して各地の工事現場へ向かう。そのセンターで副長を務めているのが昆野学さんだ。
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株式会社スカイテックの昆野学さん。電線現場に立ち続けるベテランで、サッカーと釣りが趣味
鉄塔間に張られる電線は架空送電線と呼ばれ、発電所から変電所へ、もしくは変電所間を結んでいる。同社では関東圏を中心に、東北地方、さらに北海道や九州の現場での作業も行う。
「電線は大体30~40年くらいで張り替えをします。1km以上の張り替えをする場合は40日間ほど工期がかかりますね。冬になると張り替えが多くなるので寒さがしんどいです(苦笑)」
この工事に不可欠な「電工」と呼ばれる高所作業員は、日本国内に約5700人ほどいるそう。建設や採掘に従事する技能労働者は、全国で266万人(※2010年度総務省「国勢調査」より)。専門職とはいえ、その数は全体の0.2%に過ぎず、一人一人の存在が貴重だという。
工事は、張り替える電線を鉄塔まで運ぶことから始まる。鉄塔間に張ったワイヤロープと、延線車と呼ばれる大型機械に巻き付けた電線を接続し、逆側から引っ張りながら電線を張り変えていく。
電線自体は大型機械を使って張り替えていくが、張った後にこそ多くの作業が待っている。電線のゆるみの調整、がいしの設置、接触や振動、着雪を防止する機器の取り付けなど、これらは実際に作業員が鉄塔、電線の位置まで上って作業をしなければならない。電線工事の現場は、地上100mを超えるのもザラなのだそう。
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電線を張り替える際、一時的につるしておくための器具、金車。標準的なもので10~15kgもの重量があり、これらも全て作業員が高所まで持っていく
地上での準備が高所作業の質につながる
「100m超の高所は慣れないと怖い…というか、慣れた今でも怖いです。作業員が落下しないようにするのは当然ですが、ボルト一つ落とすことも許されません」
電工は、胴綱と呼ばれる命綱を体に装着しており、さらにボルトやナット、工具類一つ一つにもひもを結び付けて自分につないでいる。
多くの工具を扱う高所作業では、たった一度、手元が滑るだけでも大事故につながる可能性がある。技術の向上を目指すことは当然だが、それ以上に安全配慮を徹底することが重要なのだそう。
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高所作業の際は命綱を装着するほか、工具類にいたるまで全てひもにつないで落下を防止する
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工事現場へ行く前に行う作業の一つ。電線を装着したカムアロングを引っ張る際に使う“セミ組み”。ウインチで引く張力を調整できる
危険なのは高さだけではない。電線工事の現場は高電圧にさらされており、高いところで50万ボルトにもなるのだそう。
「鉄塔上ではビリビリするんですよ。そのため、電気を逃がす回路が組み込まれた作業着や、電気を通しやすい靴を履いて作業をしています」
作業中は体に電荷がたまって感電しないよう、導電性服と呼ばれる電荷を逃がす作業服などを着用する。また、高電圧の電線は空中放電するため、直接触れなくても感電してしまう。現場では区画対策を行って隔離し、近付かないようにしているのだ。
こういった感電対策をはじめ、配電盤のチェック、使用する器具の組み立てなど、事前の準備作業は多い。これらを取り仕切るのも大事な仕事の一つなのだ。
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電線を伝って移動するための器具、「宙乗り機」。電線につるし、木材の部分に座って使用する。電線がたわんでいる部分を通ると結構なスピードが出るとか
高所と高電圧、現場は常に危険と隣り合わせ。昆野さんは工事現場を取りまとめる班長の立場にあり、1回の工事で25~40人の作業員が携わるため、その配置や調整をするのも大切な役割だ。その中で常に配慮しているのが後輩たちとの接し方と人員の配置だという。
「工事現場が危険だという“基本中の基本”を常に自覚させないといけません。命に関わることなので、ときには作業員を徹底的に怒ることもありますよ」
厳しいことを言うのは当然と思われるかもしれないが、そこには人知れぬ苦労も。
「僕らが若いころはかなり厳しい怒られ方をしたものですが、今の若い世代に同じことはできませんから…。同じように厳しくするとついてきてくれないし、かといってただ甘やかすだけでは仕事も覚えられません。そのバランスにはいつも気を使いますし、苦労しますね」
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若手社員に昆野さんの印象を聞いてみたら「優しい」「仕事のときは厳しい」「普通」と人によってさまざま。皆一様に笑顔で語っていたところに、昆野さんの人柄が見える
「自分の仕事ができればいい」という時代ではない
長年この仕事に携わってきた昆野さん。最近では仕事の在り方について、考え方が変わってきたという。
「昔は僕もそうでしたが、この業界では『自分の仕事だけしっかりやればそれでいい』という風潮がありました。でも、今はそれでは現場を回せなくなってきています。上と下、上司と部下、高所と地上それぞれで作業する人、という両方の意味で、双方で活発に意見交換ができるようコミュニケーションをとることが重要になっています。その方が効率的かつ安全に作業が進められるじゃないですか」
電線工事の仕事は、技術以上に優先すべきことが多い。電工たちがそれを厳守しているからこそ、町では何事もなく日々の生活が続いているのである。
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text:高橋ダイスケ photo:野口岳彦